第八十二話 臆病と積極性は戦場では時に両立する

 やはり最初に不満を漏らし始めたのは、ツェルナー子爵を始めとした貴族艦隊の高級軍人達だった。


 遠征開始から二か月が経過している。

ゼベディオス星系の掌握と策源地の建設を一通り完了し、その先のダーニエール星系とフィリップス星系へと侵攻している最中だった。


 伝統的に帝国への支持が強いゼベディオス星系とは逆に、連盟本国に近いダーニエール星系とフィリップス星系は連盟支持派が多い。

 占領や慰撫もより慎重かつ丁寧におこなわざるを得なくなり、その分だけ帝国軍の侵攻速度は遅くなる。

 占領地での略奪や暴行、破壊活動が厳しく禁じられている事もあり、前線の貴族達はかなりフラストレーションを貯めているらしい。


「占領地の確保など後回しにし、一刻も早く連盟艦隊との決戦に挑むべきではないですか!?これ以上徒労を重ね、進軍を滞らせていては艦隊の士気は下がる一方です!一戦して勝てば、自然と三星系の民達も帝国へと靡きましょう!」


 ツェルナー子爵は概ねそんな感じの主張をし、他の貴族艦隊の提督達も多くがそれに同調している。

 ティーネと総参謀長のアクス大将がそれに反対し、統合艦隊総司令官のパッツドルフ上級大将は両者の板挟みになっておろおろしている、と言う状況だった。


 アクス大将は派閥としては決してティーネの味方ではないけれど、今の所は軍人としての良識を優先して作戦においてはティーネの消極的な支持者となっている。

 後は私が何か言えばそれでパッツドルフ上級大将はどちらかに傾くだろうけど、今の所私は沈黙を保っていた。

 ツェルナー子爵はもちろん個人的にも私に接触して来ているけど、私はその都度適当にはぐらかしている。


「いつもの事ながら、長く睨み合っているだけの状態が続くと、臆病者ほど威勢よく動きたがる物ですな」


 ツェルナー子爵からの通信が終わった後、クライスト提督が意地の悪い口調で呟いた。

 戦場で門閥貴族に振り回されるのはとても馴れている人だ。


「気持ちは、分かるんですけどね。私だってこうして大軍で守りを固めている相手を前にしていると、それだけで不安になってきます」


 前世では私も暴走する側だったしね。


 今だってエアハルトを始めとする周りの平静を保っている人間と言葉を交わしていなれば、大軍のじりじりとした重圧に押しつぶされそうになる。

 エアハルトやエウフェミア先生は無論、クライスト提督も能力や性格はどう見ても攻勢向けの割に、その腰の据え方は大したものだった。


 シュトランツ少将もさすがに歴戦だけあってかなり落ち着いているけど、主な幕僚の中ではマイヤーハイム准将だけが少し浮つき始めていた……まあそれでも一般的な門閥貴族の士官達と比べればずっとマシだろうけど。


「ですが現実として時間は敵に味方します。後方の確保は確かに重要ですが、敵地である以上限界はあり、そこに割けるリソースも有限です。いつまでも睨み合っている訳にもいかないのでは?」


 そのマイヤーハイム准将が口を開いた。彼女が自分から作戦について口を出すのは珍しい。実務こそが自分の仕事と思い定めているような人なのだ。

 内心かなり重圧を感じているのかも知れない。


「そうね。時間の経過は敵に有利。それは間違いの無い事よ。だけど、それは戦いの一側面に過ぎないの」


 ここはそろそろ私も指揮官として何か言った方がいいか、と思い私は口を開いた。


「どういう意味でしょうか?」


「連盟も時間の経過が自分達に有利な事を知っているわ。だから当然、帝国の方が堪え切れなくなって膠着を破ってくると思っている。でもだからこそ、今回はそこにこちらの有利が生まれるのよ」


 私は自信満々に言い切った。


「えーっと……?」


 マイヤーハイム准将が首をひねる。


「そろそろ、私とエーベルス伯のプランをあなた達には話しておきましょうか」


 私は半分演技で作った不敵な表情のまま、この戦いにおけるプラン———それは実際の所、ほぼ完全にティーネとその幕僚達のプランである———を披露する。

 マイヤーハイム准将だけでなくシュトランツ少将もプランの内容を聞き終えると、軽く驚きの声を立てた。

 他人が考えた計画であっても、この反応はちょっと気持ちいい。


「しかし、かなり複雑なプランですな」


 恐らくは驚愕を持ち前の豪胆さで完璧に覆ったクライスト提督が控えめに疑問を差し挟む。


「プラン……そう、これはプランとしか言いようがありませんな。作戦や戦術と言った言葉の範疇を越えている。敵だけなく味方すら勝手に動く事を想定して戦うとは。いや、そもそも帝国艦隊が一致団結して戦う事が不可能な軍隊である、と言う前提をまず率直に認めなければ、我々はいつまで経っても無駄な犠牲を三星系に重ねるだけか」


「さすがだな、クライスト提督。このプランの本質的な部分に一瞬で気付いたかい」


 苦さのこもったクライスト提督の呟きに対し、エウフェミア先生は生徒が補習で想定以上の合格点を取ったのを目にした教師のような笑顔を見せた。


「君も立案には関わったのか?フロイト大佐」


「いいや。随分早くから大まかな事は聞かされてはいたから多少意見は出したがね」


 エアハルトと先生にはかなり早い段階からティーネに持ちかけられたプランを共有していたが、二人とも基本的な部分では支持してくれている。

 立案がティーネ達でさらにこの二人が太鼓判を押してくれたのなら、凡人の私としては異論を挟む余地はなかった。


「俺は自分ではかなり戦争の才能がある方だと思っていたが、この所それが自惚れであったと思い知らされてばかりだよ。俺などとは根本的に視野が違う人間がいる物だ」


「万事を見通せる人間などいない物だよ。クライスト提督に見えていない物が見える人間がいるなら、多分それだけその人間にはクライスト提督が見える物が見えていない」


 先生の口調は慰め半分自戒半分と言った様子だった。


 エアハルトがさらに具体的な計画について説明しようとした所で、意外な所から通信が入った。


 ツェルナー子爵の第十四艦隊。その最奥でさらに多数の護衛艦に守られ、まるで玉座のように鎮座しているフライリヒート公爵家私設艦隊の旗艦、デルフィーンからだった。

 クレスツェンナ・フライリヒート公爵令嬢からの私信である。

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