第八十話 連盟三星系駐留艦隊司令部-連盟side-
フィリップス星系の首都星に置かれた連盟軍ツェトデーエフ三星系駐留艦隊司令部には緊張と高揚が入り混じった喧騒が漂っていた。
侵攻してきた帝国軍の規模が十個艦隊以上である事は後方からの観測と前線における幾度かの接触の両方においてほぼ確実視されている。
三星系駐留艦隊司令であるオティエノ大将は侵攻する帝国艦隊の規模を把握すると、ただちに麾下にある六個宇宙艦隊を全てフィリップス星系にまで後退させ、持久戦の構えを取った。
帝国による大規模な侵攻作戦はこれまで幾度となく繰り返されてきたが、それを迎撃する連盟側の作戦行動は水際防衛を試みた場合と持久策を取った場合の二つに大別される。
そして概ね前者の場合は連盟軍の損害が大きく、後者の場合はその逆になる傾向があると言うのは過去の戦闘データから明らかだった。
艦隊戦の舞台が海から宇宙になったとはいえ、マハンやコーベットを始めとする旧時代の偉大な海洋戦略家達の理論が完全に死に絶えた訳では無かった。むしろ惑星上の戦争と違い、航空機や潜水艦、弾道ミサイルの役割をほぼ完全に宇宙艦隊だけが担う事にあった結果、かつての純粋な海洋戦略の形に戻りつつある部分すら存在する。
つまるところ宇宙時代になっても、艦隊戦では修理や補給、索敵の拠点となる機能を備えた大規模な母港に近い側がより有利である、と言う単純な距離の法則から提督達は抜け出せていないのだった。
もっとも、純粋に軍事的に有利である、と言う理由だけで常にどこで戦うかを決められる訳でもない所に戦争の難しさ———あるいは滑稽さ———があるのだが。
「オティエノ大将の采配は今の所合格点、と言った所だな」
喧騒に包まれた駐留艦隊司令部で最も平静を保っている男の一人、エドワード・ハーディング中将はそんな風にふてぶてしく上官を採点しながら、ショウ・カズサワの向かい側の席に座り、二人分のランチセットを机に置きながらそう言った。
「勝手に私の分を注文しないで下さい」
食堂のメニューから目を降ろし、ショウは抗議の声を上げる。
「どうせ悩んだ挙句面倒くさくなっていつもの定番メニューに落ち着くだろ、お前は」
そんな事は、と反論しようとし、それからここ一週間、自分がこの食堂で食べたメニューを思い出してショウは口を閉じた。
「で、お前さんはこの先の推移をどう見るね」
今の所戦場を感じさせない充実ぶりを保っている内容のランチ見下ろし、まずコーヒーを口に運んだあと、ハーディングはそう切り出した。
「食堂なんかでする話ですか」
ショウは肩を竦める。
帝国軍と違い、連盟では士官と兵士の間に権限や責任の違いはあっても身分差はない、と言う建前になっているため、食堂などの施設は基本的に共用だ。艦隊司令と分艦隊司令が膝を突き合わせて語っていれば、聞き耳を立てようとする好奇心旺盛な兵士もいる。
「兵士共にだって自分がこれからする戦いがどんな物なのか知る権利はあるだろうよ」
ハーディングは自信満々に言い切った。上官や同僚からは問題児と目され、嫌われる事の多い彼だが、部下、とりわけ兵士や下士官からの人気に関しては連盟宇宙艦隊司令官の中でも群を抜いている。
「どう見る、と言われても」
これも人心掌握術の一環か、と解釈したショウは諦めて話に付き合う事にした。
「今の所戦況は連盟、帝国双方に取って想定通りに進んでいると見るべきでしょう。連盟は水際の迎撃を放棄し持久策を取って援軍を待ち、帝国は進撃を急がずゼベディオス・アインの掌握に掛かる。連盟が迎撃の準備を整え、帝国が地歩を固めた所でどちらか、あるいは双方が動く。演習の題材のような模範的な大規模侵攻ですよ」
「援軍は四個艦隊が予定されている。ま、それ以上は今は厳しいだろうな」
「援軍を合わせて敵推定戦力とようやくほぼ同等、ですか。圧倒的な数の不利の上で迎え撃て、と言われるよりはマシですが」
「駐留艦隊を六個艦隊に増強する事すら反対が強かったんだ。尻に火が付くまで本気を出さん事に定評があるウチの国にしては良くやった、と思うべきだろう」
連盟軍宇宙艦隊は帝国の戦略機動艦隊を上回る二〇個艦隊が常設されているが、その戦力の優位を常に万全に生かせている訳では無かった。
連盟側は制度としては統一国家ではなく複数星系の寄り合い所帯である。
戦時体制で連盟最高評議会の権限は大幅に強化されているが、それでも各星系政府とその世論を完全に無視して戦争を遂行する事は出来ない。
そして連盟が三星系を占領している事の正当性に疑問を抱き、連盟が三星系を引き渡せば戦争は終わるのではないか、邪悪な権力者たちが自分達の利益のために不法に占拠している土地を守るために我々が血を流すのか、と言う歴史上幾度となく繰り返されてきた論調で軍事力の行使を否定する市民の声は、今の所多数派にはなってはいないものの、連盟の軍事行動———つまりはそれを最終的に指導する政治家達の決断———に対して少なからぬ影響を与えている。
帝国の侵攻に対しても、実際に帝国軍が星系に侵入し、その刃が喉元に迫って初めて、危機感を覚えた各星系政府が本気で大規模な艦隊の派遣に同意する、と言うのがここ百年ほどの通例になっていた。
帝国は専制君主制国家であるため、皇帝と貴族、民衆の意思がそれぞれ統一できず、挙国一致の体制を作る事が出来ないのが弱点である、とショウは士官学校で教わったが、連盟もまた世論に配慮して軍を動かさなければならないため、軍事的に最適な行動を取れないのは同じだった。
「三〇〇年以上も戦時体制を続けているのに、未だに自由民主主義の建前が守れているのは愚直と思うべきか律義と思うべきか」
「元々、専制君主国家との戦いを名分にして半ば強引に各星系を結束させる事で生まれた組織です。その連盟が自ら民主主義を捨てれば存在意義を失って連盟は崩壊する。その構造的な歯止めが無ければとっくに連盟の民主主義は終わっていたでしょう」
二人の歯に衣着せぬ政治批評に隣で会話を聞いていた兵士がコーヒーを吹き出した。
「それで、互いの準備が整った後は?」
「帝国は進み、連盟は下がれる所まで下がろうとする。どこかでぶつかり合いにはなるでしょうが、どちらにせよ攻勢の限界点に達した所で今度は帝国が逆に下がり始めます。そこに追撃を掛けて占領地を奪還し後は自然消滅、と言うのがまあ定石でしょう」
「月並みな予想はいい。お前は今回もそうなると思っているのか?」
ハーディングの瞳がやや野性的な光をちらつかせた。この若き中将は戦闘に関しては自身の動物的な嗅覚のような物を信じる所があり、その意味では軍人としての性質はショウやジェームズ・クウォークよりも、ロベルティナ・アンブリスの方に近い。
理屈では無い部分でこちらの本音を見抜いてくる事があるのが、ショウがこの先輩を苦手とする理由の一つである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます