第七十九話 ショウ・カズサワの来歴
私の部屋に入ると帰ってきたばかりだと言うのに、エアハルトが私と先生二人分のお茶を用意してくれる。
「それで、首尾はどうだったのかしら?」
三人で机を囲み、私は一口紅茶を口に運んでからそう尋ねた。
「ゼベディオス・アインで分離独立派……ゼベディオス自由運動のリーダーと接触する事が出来ました」
自治権は大きく制限されているが、それでも三星系では一応議会選挙が行われ、政治活動や結社の自由も一通り保証されている。
三星系の政党組織は合法・非合法な物を含めて現状維持派、帝国回帰派、権利向上派の三つに大きく分類されているらしい。
現状維持派は当然連盟政府を支持し、帝国回帰派はその反対。権利向上派は基本的に連盟支持だが帝国へ接近しようとする者もいる。
そして権利向上派の中でも最も強硬路線と言われているのが分離独立派で、連盟、帝国の双方の支配を認めない勢力だ。
実質的には連盟から属領の扱いを受け、さらに数えきれないほどの戦役の舞台となってきた三星系は経済、社会、人口、あらゆる面で疲弊し、民衆の現体制への不満は大きい。
数百年連盟の支配が続いて来たとはいえ……いや、だからこそかもしれないけど、その支配は盤石ではないようだった。
三星系の独立を成し遂げるには、外側からの働き掛けだけでなく、内側の組織からの呼応も絶対に必要だ。
エアハルトが接触した組織に関する資料、そして私があらかじめ頼んでおいたリーダーの動画映像を出してくれる。
初めて足を踏み入れる土地で短時間でここまで調べ上げ、接触に成功するのだからさすがエアハルトと言うほかなかった。
映っていたのは意外と若い……二十代後半ほどのほっそりとした男性だ。
ニアム・ムスター・アヴドゥル・ルトー・アフガーニー。
長い。
名前からしてアラブ系だろうか。
私は動画を通して彼のステータスを確認してみる。
統率88戦略81政治90運営71情報84機動23攻撃31防御34陸戦78空戦34白兵75魅力91
これは傑物。
若くしてリーダーをやっているだけはありそうだった。
ただ、組むべき人間かどうかはステータスだけじゃ判断できないからなあ……だからこそエアハルトに会いに行ってもらったんだけど。
「話してみた感じ、どうだった?」
私は目にしたステータスをメモに取り、二人に渡しながらエアハルトにそう尋ねた。
私がステータスを把握している人間の内、主だった人の物はエアハルトと先生にもすでに共有している。
まあ二人とも、今の所は参考程度に、としか思っていないようだけど。
「ゼベディオス・アインに限らず、ゼベディオス星系では全体的に現状への不満が強く渦巻いているようです。その中でも分離独立派は帝国回帰派と違い、後ろ盾も無ければ明確な展望も立てられず、ともすれば暴発しかねない所をどうにかまとめ、受け皿になっている、と言う印象を受けました。本人はかなり冷静で視野の広い人物ですね」
「連盟に反発してるのは分かるけど、帝国への回帰も拒んでいるのは?」
「彼らの多くは三星系が巻き込まれる果てない戦渦その物を疎み、憎んでいます。三星系の支配者が連盟から帝国に代わったとしても、次は連盟が攻め込む側になるだけで何も変わらない、と考えています。だから双方から独立して自分達の手で自分達の星を守ろう、と」
「一つの道理だが道理が行き過ぎて現実との妥協が出来ていないな。それだけ三星系に住む人間達の怨嗟は深いと言う訳か」
先生が肩を竦めた。
「エアハルト、あんたは彼が組む価値のある人間だと思う?」
「あります」
少しだけ考えた後、エアハルトは頷いた。
「良し、じゃあ組みましょう。折を見て私自身が会ってみるわ」
「根拠とか聞かなくていいのかい?」
即答した私に先生が苦笑気味に訊ねた。
「エアハルトが根拠もなく、私にいい加減な事言う訳ありませんから」
そう信じているからこそわざわざ彼に直接出向いてもらったのだ。
「やれやれ、細かい事を何も聞かず、それだけ言い切れる信頼関係がある相方がいて羨ましいよ」
「そう言う先生はどうなんです?お付き合いしてる人とかいないんですか」
そう言えば私この人のプライベートほとんど知らないな、と思って訊ねてみた。
「私みたいな偏屈な女の相手をしようなんて奇特な男もそうはいないさ」
「ちゃんとしていれば見た目はいいのに……」
後偏屈さでは私も人の事は言えない。
「それに貴重なプライベートの時間なら私は他人のために使うよりは、本を読んだりゲームをしたり思索に費やしたりしている方がいいな。人生は短いんだ。孫の顔を見せてやりたいような親もいないしな」
まあその気持ちは結構分かっちゃうけど。
「クライスト提督とかどうです?結構話合ってますし、そこまで身分違いって訳でも無いですし、お似合いじゃ?」
「向こうに迷惑だろうさ」
先生はいつも以上にさばさばした様子ですげなく答えた。
「人の事は散々にからかうのに愛想無いですね」
「それは年上の特権でね……それよりまだ報告があるんじゃないか、エアハルト」
「はい」
エアハルトがもう一つデータを私と先生に見せる。
連盟のショウ・カズサワ提督の経歴だ。
三星系は属領扱いとは言え連盟所属であるのは間違いなく、連盟軍人の情報も当然帝国からよりははるかに手に入れやすい。
「ふうん?」
先生が興味深そうな声を出した。
ティーネとショウ・カズサワの間に、過去何らかの関りがあったのではないか、と言う私の推測と言うか憶測はエアハルトと先生にも伝えてある。
日系植民星系やまと(何かそのうちこっちも独立しそうな名前の星系だな)出身で本人も日系移民八世。
五歳の頃に事故で両親を失い、やまとには親戚もいなかったため、その後は施設で育つ。
十六歳でやまと星系防衛隊に入り、同時に連盟宇宙軍士官学校に入校。二十歳で少尉として任官すると定例通り連盟軍宇宙艦隊に出向。
その後はあのメロー提督の下で七年間働き、現在は少将に昇進して連盟第十艦隊分艦隊の司令を務めているようだ。
軍歴を見てみても、シュテファン星系までの彼はかなりの幸運に恵まれてそこまで出世したように見えるだけの、他は平凡な軍人だ。
「当たり前だけど以前は帝国に住んでいたとか、そんな記録は無さそうね……」
「施設時代の彼の記録までは今回は調査し切れませんでしたが、通常ではそんな事は起こらないでしょう」
「でもそうなると……彼か、あるいはティーネのどちらかが過去に記録に残らない所で国境を越えていた事になる……それもかなり幼い頃に」
「それがカズサワの方なら極論どうでもいい事かも知れないが、エーベルス伯の方だとしたら相当危険な話になるかも知れないな」
わずかに唇を尖らせた先生の言葉に私は頷いた。
もしそうだった場合、先代の皇帝が帝都の酒場の女将とお忍びで交際した上に生まれた御落胤、と言うティーネの経歴のどこかに嘘がある事になる。
ティーネと先帝の遺伝上の繋がりは検査されたはずだし、何より先帝自身が彼女を自分の子どもだと認知したのだけど……
「これでエーベルス伯が君の敵なら調べる価値もあるんだが、現状なら触らぬ神に祟りなし、じゃないか?」
「まあそうなんですけど……」
「何だい?」
「言葉を飾らず言えばティーネがこのカズサワ提督に激重感情を抱いているみたいなので、放っておけばこじれそうで」
「銀河を二分する戦争の天才同士の戦いの原因が痴話喧嘩だったとか、さすがに笑えんな」
実際には笑いながらそう言った後で、先生はふと考え込むような顔をした。
「ん……帝国と連盟の戦争の天才が、子どもの頃出会っていた可能性、か……」
珍しく少し遠い目をしながらそんな事を呟いている。
「どうかしました?」
「いや、何でも無い……ふとある事を思い付いたが、多分ほとんど有り得ない可能性だ。忘れてくれ」
先生が言葉を濁しながらそう言う。
「えー……気になるなあ」
「もし当たっている可能性があると分かったら、その時に話すよ。当たっていた所で、恐らく大した意味は無いはずだ」
らしくもなく思わせぶりなまま、先生はその会話を終えた。
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