第七十七話 新副司令官と新参謀長

 帝国艦隊の侵入に対し、大方の予想通り連盟艦隊からの大規模な反撃は当初無かった。

 連盟は三星系に駐留する艦隊を三個から六個に倍増していたと言うが、それでも正面から抵抗するのは無理な戦力差だ。


 帝国は当初の予定通り、ゼベディオス星系の占領に掛かり、そこでの策源地の作成、住民の慰撫、各種物資の調達体制を整えて行っている。


 基本的に帝国と連盟の戦いでは、大気圏内での大規模な戦闘が起こる事は珍しい。


 惑星上にどれだけ大規模な兵力を配置しても、制宙圏を失った状態で宇宙艦隊からの地上攻撃に正面から耐える事は難しいし、惑星住人や都市が犠牲になるゲリラ戦などで抵抗する事は、帝国、連盟共に戦争目的の上から好まないからだ。


 もちろんそれは全般としてそうである、と言うだけで、長い戦いの歴史の中では惑星住人を巻き込んでの血で血を洗う泥沼の地上戦が起きた事もあるのだけど、とにかく今の所、連盟はゼベディオス星系の惑星で徹底抗戦する気は無さそうだった。


 私にとっても、ここで戦いに三星系の住人を巻き込まないのは後々の計画を考えればかなり重要な事だ。


 占領地での略奪その他の犯罪行為に関しては、私とティーネが率先して身分を問わず軍規に従って厳罰に処す方針を表明し、帝国高級軍人の中では十分に常識的で堅実な部類に入るらしいアクス大将もそれを支持してくれた事で、遠征軍の規模の割にはかなり抑える事が出来ている。


 私の第四艦隊は今、ゼベディオス星系最大の有人惑星であるゼベディオス・アインの占領の支援と惑星宙域の警戒を行っている。

 偵察目的と思われる小規模な敵艦隊との接触はあるが、今の所、戦場全体は静かな物だ。


「しかしまさかこれほどの作戦に一個艦隊の副司令官として参加する事になるとは、軍人としては光栄の極みですが、同時に重圧に身が縮みそうですな」


 第四艦隊新副司令官のゲーアノート・フォン・シュトランツ少将は口調とは裏腹にさほど緊張した様子もなく、戦場に出ても変わらず無難に仕事をこなしていた。


「少将は前回の大侵攻には参加してたのだっけ」


 出陣前に閲覧した、二十年前、第十五代皇帝ラファエル二世統治時代に行われた大侵攻作戦の記録を私は思い返していた。


 当時皇太子に立てられていたラファエル二世の長男であるオスヴァルト大公が総司令官となって三星系の奪回を目指した十二個艦隊を投入する大規模な作戦だったが……最終的にはオスヴァルト大公の偶発的な戦死を始めとした様々な要因が重なり、帝国軍の全面的撤退で決着を見ている。


 この戦いで帝国が消耗した兵力と国力は相当な物であり、回復には十年単位の時間を必要としている。

 また、オスヴァルト大公の戦死により、ラファエル二世の次男であり、ティーネの父親である後の第十六代皇帝エーリッヒ一世が代わりに皇太子に立つ事になる、と言う中々大きな影響も出ていた。


「そうですな。当時の私はまだやっと大尉に昇進したばかりで、駆逐艦の航海長として戦いに参加しておりました」


「少将は前回の大遠征がどうして失敗したのだと思う?」


 私がそう尋ねるとシュトランツ少将は少し考え込むような顔をした。


「そうですなあ……これはあくまで緻密な検証の結果などではなく、当時一士官として戦いに携わっていた者の感想に過ぎませんが、やはり帝国軍が一致団結出来ていなかったのが大きかったかと」


「それは、やっぱり貴族と職業軍人の間の不和かしら」


「戦いが長引き、犠牲が増えれば増えるほど、貴族艦隊と中央艦隊、どちらの犠牲の方が多いのか、と言う事ばかり皆気にするようになっておりましたからな。他にも色々問題点はありましたが、私にはそれが一番目立って見えましたよ」


「けど、帝国軍が貴族と職業軍人の混成で戦うのはいつもの事だったんじゃないの?」


「防衛戦であれば良いのですよ。攻められたのが直轄領なら中央艦隊が自分達の誇りを掛けて必死に戦い、貴族領であれば貴族達が自分の領土を守るために率先して血を流す。そんな役割分担が自然と出来ておりますからな。しかし大規模な侵攻戦となると、どちらも自分達が何のために戦うのか曖昧になってしまうようで」


「帝国軍は根本的な構造からして侵攻戦に向いていない」


 私達の話が耳に入ったのか、横でエウフェミア先生がぽつりと呟いた。


「もし帝国と連盟が基本的に冷戦状態のままだとしたらその構造はむしろ望ましかったし、三星系の事さえ無ければそうなっていたのかも知れないのだけどな」


「大帝アルフォンスはそこまで考えて敢えて帝国軍の半分を貴族達に任せるような国を作った、と?」


 私の質問にエウフェミア先生は笑って首を振った。


「さあね。結果的にそうなった、と言うだけかもしれない。あまりに大帝を過大評価し過ぎてはかの御仁は迷惑がるだろうし、何より仮にそうだとしてもその目論見は失敗してしまっているからな」


 シュトランツ少将は曖昧な表情で沈黙を保った。不敬罪が制定されている訳ではないとはいえ、とりわけ大貴族の前での大帝批評は火種になりかねない。


「フロイト大佐。無駄口を叩いている暇があったら仕事をして下さい」


 第四艦隊新参謀長のシビラ・フォン・マイヤーハイム准将が自分の席で凄まじい速度のタイピングをしながらぼそりと呟いた。


 エウフェミア先生が肩を竦める。


 マイヤーハイム准将は貴族の令嬢とは思えないほど生真面目で仕事熱心な軍人だった。


 高級貴族に求められる兵役期間はすでに終えているけど、自分から望んでその後も職に留まり続けていると言う珍しいタイプの人間だ。

 経歴は参謀一筋で、軍務省の輸送局や統合参謀総監部兵站局での勤務経験を持つ兵站のスペシャリストだった。


 そんな彼女が何故艦隊勤務をしているかと言うと「後方で立てたはずの完璧な補給計画が何故戦場では機能しない事があるのか知りたいから」だそうだ。


 エウフェミア先生に言わせれば「実際の戦争は生きた人間がやる物だからだ」の一言で恐らく済むのだろうけど、マイヤーハイム准将はそんな言葉では納得せず、まるでどこかに決して狂わない完璧な兵站計画を導き出す数式があるかのように、日々変動する物資の帳簿と睨めっこしている。


 艦隊参謀長ではあるのだけど本人は自分が独創的な作戦立案などにはあまり向いていない事は良く分かっているようで、その辺りはエウフェミア先生に委ねる柔軟さも持っていた。

 先生が怠けていると口うるさく指摘し、働かせようとするが、それでも以前は先生がやっていた参謀業務の大半をマイヤーハイム准将が引き受けてくれるようになったので、実際には先生の負担は大きく軽減しているはずだった。


 そして全体的に割と無法状態だったウチの艦隊司令部の治安も、この人一人のおかげで随分マシになっている。

 先生は論外だし、クライスト提督も軍規とかに関しては一線超えない限りだいぶ大らかだからな……

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