第七十二話 私はそんな大した人間じゃない
「そうですか」
私の返答にティーネが微笑んだ。やはり表情にはあまり自信が見られない。
「ヒルト、実を言えば私は星系連盟と言う国家を憎んでいます」
「えっ」
「憎んでいると言っても、戦場で連盟の将兵を殺す事で憎しみを晴らしている、とかそう言う事では無いんでけど、でも政体としての連盟と言う国家を崩壊させたい、と思っています」
「……どうして?」
「正確に言えば、私の復讐の対象が連盟の中にあり、そしてそれは連盟と言う国家に守られている存在なのです」
何だか凄く大切な事を聞かされている気がするぞ。
連盟軍人であるカズサワ提督の面識があった事と言い、これひょっとしてティーネの過去にとんでもない秘密が隠されてるんじゃないか……?
「その復讐の相手って?」
「……それは、まだ話せません。あなたを信用していない訳ではないのですけど、知っているのはコルネリア一人、ジウナー提督やカシーク提督にも話していない私の秘密、です」
ティーネが首を横に振った。
「そっか。じゃあ今はその秘密は忘れておくね。取り敢えず、ティーネが星系連盟を滅ぼしたい理由は分かったわ……でも、それだけを目的に戦っていた訳じゃないでしょ?」
「どうしてそう思われるんです?」
「ティーネは自分の復讐のためだけに戦争を利用して人を死なせられるほどの悪人じゃないよ」
ただの諂いの言葉では無かった。
ティーネは一見すれば穏やかな聖女のように見えて内心は気性が激しくある意味尊大で傲慢な戦いを全く恐れない覇王のような人間ではあるけれど、それでもかつての私なんかとは比べればその性質ははるかに善良だ。
無為に人を死なせる事を自分に許すような事は決してしない。
……逆に言えば正しいと信じている大義名分さえあれば、迷いなくどれだけでも人を死なせる人間なのだけど、まあ。
「復讐を成し遂げるために多くの人間を殺す。けどその過程で銀河に平和ももたらす。あなたと出会うまでは、それで迷いは無かったのですけどね」
「じゃあ?」
「ヒルト。私の復讐は極めて身勝手で個人的な物です。そして連盟を打倒する事無く成し遂げるのはとても困難でしょう。だけど友人として私が頼んだら、それを手伝ってくれますか?」
「手伝う、よ」
私は迷う事無く頷いた。
ティーネがここまで内面を明かしてくれたのだ。断ると言う選択肢はない。
「でしたら私もあなたが思い描く形での平和の実現に協力しましょう。友人として」
「本当に!?」
思わず聞き返してしまった。
何とかして説得しないと、とは思っていたけど、そんなにあっさり戦略の方針転換をしてくれるなんて思ってなかった。
「本当です。細かい所はコルネリア達も交えてあらためて話し合わなくてはいけないでしょうが、私、クレメンティーネ・フォン・エーベルスは基本的な方針としてツェトデーエフ三星系の独立とそこからの連盟との和平を支持しましょう」
「……」
私は少しの間放心して、座り込んでしまった。
「随分、私の事で悩ませていたようですね、ヒルト。私があくまで戦争による解決にこだわるのではないか、と不安でしたか?そうなったら、私と戦わざるを得ない、と」
ティーネが悪戯っぽく笑いながら言う。
「うん、まあその。ティーネの性格だとすんなり方針転換はしてくれないかなー、とは思ってたかな」
「コルネリア達には時々呆れられる事はありますが、あなたの前でそこまで頑固な所を見せた覚えはまだないのですけどね」
「いいの?これなら絶対に上手く行くって言う確信が私にだってある訳じゃないんだよ」
「……私は政治の力では銀河に平和はもたらせない、と一度あなた達に説きました。それに対してあなたは政治の力でそれを成し遂げる可能性を示してきた。でしたら、それを受け入れないのは狭量と言う物でしょう……それにね、ヒルト。私だってなるべく人が死なない方法を選びたい、とはいつも思っていますし……出来ればあなたを敵にしたくはない、とも思っているんですよ」
「……ありがとう」
私は俯いた。
ティーネが私に寄せてくれる信頼が痛い。
私は自分で思っていた以上に、ティーネに対して後ろ暗い気持ちを抱えていたらしい。
「そんな顔をしないで下さい。戦争の真の目的が勝利ではなく平和であると考えた時、我々軍人は初めて戦争で人を殺す事をほんの少しだけでも正当化出来るでしょう。そして私はあなたとなら出来ると思ったんです。私だけでやるよりも、より良い平和を作る事が」
「私とあなたでなら、どんな困難にも負けない。そう思える?」
やめて。
私はそんな大した人間じゃない。
そんな風な自分の内面の声を押し殺し、私はそう尋ねた。
「はい。少なくとも帝国内のどんな問題にも。連盟の事まで考えると、まだそう言い切るだけの自信はありませんけど、それでも絶対にどうにもならない事なんてきっと無いはず」
ティーネは、今度は恐らく虚勢なんて微塵も入っていないような自然な自信を取り戻した笑顔でそう言った。
ああ、やっぱり自分は彼女にはどう足掻いたって敵わない、とはっきり思う。
器量も才能も人間としての質も違い過ぎる。
「ティーネ、私は」
私がほとんど感情のままに何かを喋ろうとした時、私の後ろにいたエアハルトがポン、と軽く私の背を叩いた。
それで私は咄嗟に言葉を飲み込む。
「ヒルト?」
ティーネが怪訝そうな顔をする。
「……直に、ツェトデーエフ三星系への遠征が正式に決定されると思う。フリードリヒ公爵は多分あなたを遠征に参加させる事には消極的だろうと思うけど、そこは私が上手く言いくるめてあなたにも出てもらう。もちろん、私の艦隊も出る。それでいい?」
「え、ええ。もちろんです。まずは私達で三星系を奪取しましょう」
突然話を切り替えた私に少し戸惑ったように、それでもティーネはそう答える。
「それじゃあ、次は会議で……出来ればまた皆で直接集まって話したい物ね」
私はそう言って通信を切る。
「差し出がましい真似をしました、ヒルト様」
エアハルトが頭を下げる。
「ううん、いいわ。私がいきなり全部をティーネに打ち明けるかも知れない、と思ったんでしょ。それで正解だし、多分止めてくれたのも正しかったと思う」
あのままだとティーネのカリスマに呑まれて、私は何もかもティーネに話して彼女に委ねる、と言う安易な選択をしていた。
エアハルトは咄嗟にそれを危ういと感じて止めたのだろう。
「敵」がどこに潜んでいて何を企んでいるのか分からない現状、まだこの銀河の歴史について私の知っている事全てを話すのはさすがに時期尚早……な気がする。
まだティーネも私に話してない秘密があるみたいだし、私の事も全部打ち明けるのはもう少し状況がはっきりしてからでいい……よね?
私はそんな風に自分の中であれこれティーネに全てを打ち明けない理由をひねり出していた。
前世で見たティーネの敵対者達に対する徹底した、異常なまでの苛烈さ———それのせいで私はあそこまで言われても、未だに彼女の事をどこか信用し切れないのではないか———そんな不安を押し込めながら。
私の内心をどう見たのか、エアハルトは何も言わず紅茶を用意してくれる。
そして二日後、戦略機動艦隊の司令官達に総司令部での作戦会議への招集が通達された。
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