第七十一話 なお勝てる気はしない

「では公爵。これより帝国の繁栄のために両家は手を携えていく、と言う事で良いでしょうか?」


 私は畳みかけるようにそう言った。


「う、うむ。先程の約束を守ってくれるのであれば、この先、我が家はマールバッハ公爵家を支えて行こう」


 良し。


 これで当面、門閥貴族の間では自然とマールバッハ家が中心になれる。

 フライリヒート公爵家が早い内に第三勢力になって、膨れ上がるような事があったら面倒だからね……


「しかし正直安心したぞ、マールバッハ公爵令嬢。貴女がエーベルス伯と親しくしていると聞いた時は、まさかと思ったが、全てあの娘を油断させるための策であったのだな」


「そう言う事です。私は彼女を侮ってはいません。門閥貴族の中には未だに生まれの卑しさに惑わされて認めない人間もいますが、エーベルス伯が軍事的天才である事は否定しがたい事実。出来る限り正面から戦うような事は避け、なるべくその能力は連盟との戦いでは利用し尽くした上で……」


 おっと。


 悪役令嬢の演技(素が出てるだけじゃないか?と言う疑問は私の中にも残る)が興に乗ってしまって、そのまま過激な発言をしそうになってしまった。

 他の人間はさておき、この場にはまだ子どものクレスツェンナもいるのだ。これ以上大人の汚い部分を見せるような会話は良くない。


「……失礼、少し口が滑り過ぎましたね。今日はここまでにしておきましょう」


 私がそう言ったのをどう受け取ったのか、フライリヒート公爵も神妙な顔で頷いた。


「クレスツェンナも、今日は難しい話ばかりでごめんね。次は楽しくお茶会でもしましょう?」


 クレスツェンナは怯えたような表情で、何とか首を小さく縦に動かした。


 うん、当然ながら物凄く怖がられてるな。

 目の前で散々お父さんと悪だくみしている所を見せ付けたんだから当然だけど。


 この子は私の前世だと門閥貴族の勢力が崩壊してフライリヒート公爵も戦死した後、生き残った家臣達に守られて落ち延び、カシーク提督の叛乱軍と合流する事になるはずだけど……その先、どうなったのかは私も知らない。

 出来ればこの子にはなるべく早く政争から離脱して幸せに生きて欲しい所だけど。


 何となくヴェルナー中佐とジークリンデ中佐の二人からもあまり友好的とは言えない視線を向けられてるしな……


 クレスツェンナがこんな貴族同士の謀略に巻き込まれるのをあまり快く思ってないのかもしれない……二人から見れば私は危険な女だろうからなあ。

 私としてはむしろ好きになれそうだし、出来るなら味方に付けたいような人達なんだけどね。


 四人が屋敷から帰った後で私はエアハルトと共に自分の部屋に戻った。


「エアハルトはあの四人の事どう思った?」


「フライリヒート公爵は長年謀略渦巻く門閥貴族の中で権勢を保ってこられた方です。決して油断出来る相手では無いでしょう。ただあの方は、貴族としての栄達こそ人間としての全てだと考えています。今のヒルト様であればそこに生まれる思考の空隙を衝いてあの方を凌ぐのは難しい事では無いかと」


「私自身が実際には帝位どころかマールバッハ家の繁栄すら望んでいない、何て言うのはあの人にとっては想像の埒外でしょうからね。ゲームで例えるなら実は互いに目指してる勝利条件が違うのに、向こうだけそれに気付いてない状況」


「残りの三人は……今の時点では判断出来るだけの材料がありません。ただジークリンデ・フォン・クラフト中佐は恐らく一兵士としては凄まじい力量の持ち主だと言うのは分かります」


「一対一で勝てる?」


「正直な所、難しいでしょう」


 さすが本人も白兵の達人だけあって、ジークリンデの強さだけは一目で正確に見抜いたらしい。


「多分あの二人はあんたと同じね、エアハルト」


「私と同じ、とは?」


「忠誠の対象が公爵家じゃなくてクレスツェンナ個人になってる、って事。ヴェルナー中佐の方はもうちょっと別の意味でもあんたと同じかもしれないけどね」


「ちょっと」


「何よ」


「さっきも思いましたが唐突に恥ずかしい事を口に出さないで下さい」


「私だって恥ずかしいのよ!」


「だったらどうして口に出すんですか?」


「恥ずかしいからって口に出してなかったらロクでも無い事になった経験をしてるんだから仕方ないじゃない!我慢して!」


「はい」


 エアハルトは納得半分諦め半分と言う顔で口を閉じた。


「私がクレスツェンナを利用して危険な目に晒すような事をすれば、あの二人は私を敵にするでしょうね。出来ればそんな事は避けたいけど」


 当面は悪役をやる以上、敵が増えるのは仕方ないのかもしれない、なんて考えながら、私は端末を操作した。


 すぐに画面にティーネが映る。

 フライリヒート公爵と会談する事は、昨日の内にティーネには伝えておいたのだ。


「ティーネ、会談、終わったわ」


「あら、どうなりました?」


 ティーネが柔らかに微笑みながら尋ねる。


「実質私が門閥貴族の盟主になる、って事で話はまとまったわ。まあこっちの事は全然信用してないだろうけど、それでも私があなたを帝位に就けるつもりでいる、って言うのは予想だにしてないだろうし、多分しばらくは御せるんじゃないかな」


 私がそう言うと、ティーネは少しだけ考え込むように俯き、それから珍しく微笑みを消してこちらを向いた。


「ヒルト、あなたが私の事を高く評価して下さっているのは分かっています。あなたが私欲で栄達を求めるような方で無い事も。ですが、私を帝位に就ける事に迷いはないのですか?それはもう同盟ではなく、私に臣従するのに等しい事ですよ」


「あなたが帝位を戦争を終わらせるための手段として使ってくれるのなら。そしてそのためにあの戦略を採用してくれるのなら、私はあなたに全てを賭けるわ」


 先生の示してくれた戦略———三星系の独立については昨日の内にティーネに伝えていた。

 その時のティーネの反応はどちらとも言えないような物だったけど。


「確かに……私も昨夜コルネリアと一緒に検討してみましたけど、三星系を独立させ緩衝地帯にすると同時に両国の仲介役とする、と言うのは現状ではもっとも有効性と実現性のある帝国の連盟の和平案でしょうね」


「それでも、不満?」


 私がそう尋ねるとティーネは彼女らしくもなく自信なさげな顔を作った。


「ティーネ?」


「もし私があくまで軍事的侵攻による連盟の屈服を目指せば、あなたはどうしますか、ヒルト」


「その時は……」


 私は少し返答に窮した。


 ティーネを相手に脅しは無意味だ。例え誰が相手であろうと、一度敵と見做せば、そして勝てるとあればティーネは全力で叩き潰すだろう。

 しかし同時に、無駄に敵を作るような事をする愚かな人間では無い事も良く分かっている。

 そしてティーネに迷いがないなら、こんな質問をしては来ないだろう。


「その時は、残念だけど私はあなたの味方ではいられないわ。私は自分で帝国の頂点に立って、私が正しいと思う方法で銀河を平和にする事を目指す。仮にあなたと争う事になっても、ね」


 一度息を吸い、それからはっきりそう答えた。

 勝てる気はしないけどさ!

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