第六十七話 エウフェミア先生の戦略講座(第四回)

「君の目的がこの戦争を終わらせる事だと聞かされた時、私が想像していたのはひとまずの戦争の終結だった。とにもかくにも帝国と連盟の間で和平が結ばれ、数百年もの間人類が二つの勢力に分かれて殺し合うような異常な現状が一時的にでも解消され、ひとまず帝国と連盟との間に平和があり得ると言う証明を最低限の犠牲で出来るのならそれで十分なんじゃないか、とね」


「つまり、いずれは崩れる平和と言う前提なんですね」


「必ず、と断言はしないが、まあ何百年も長続きするような類の平和じゃないだろうな。いずれどちらかがまた戦端を開くか、あるいはどちらかで大きな政変が起きて銀河の勢力図が大きく変わるか、それとも想像だにしていなかったような事が起こるか……それでも、このどうにもならないような戦争を一度終わらせるだけでもやる価値はある、と私は思っていたし、その考えは今でも概ね変わっていない」


「でも、ティーネは多分……いいえ、確実に」


「直接話してみて分かったがね。彼女はそんな結果では満足しない。自分の命令で人を殺し、人に死ねと命じる以上、とことんまでやるのが責務……いや、当然の事だと思っている。例えそれがどれほど困難な道であろうと銀河統一を成し遂げ、人類に永遠とは行かないまでも、望みうる限り最高の安定と繁栄をもたらすのが自分の役割だと信じている。そこまでにどれだけの犠牲を積み重ねようと、妥協する事自体が罪だとね。他の人間がそう考えているのならただの誇大妄想と片付けられたが、しかし彼女は恐らく本物の英雄だ」


「先生にはティーネにならそれが出来ると思いますか?」


「前にも少しだけ話したが、究極的には『分からない』が答えになるだろうな。基本的に我々は『天才的な戦略家』と言うものに期待し過ぎるべきではない。歴史を追っていくとある作戦や戦闘における軍事面での成功をすぐ優れた戦略に結び付けたがる著述家にぶつかる物だが、実際には上手く行った戦争と言う物はそれ以外の数えきれない多くの要素によって支えられている物だ。つまり逆に言えばどれだけ優れた戦略能力を持った人間であっても、そもそも常識的に不可能な事は不可能なんだ。しかし歴史上には稀に『ほとんど不可能であった事柄』を成し遂げてしまった英雄達がいる。そして後から見てみれば不可能に見えていたのはただの錯覚だった、と言う事になる……まあ直近では大帝アルフォンスがその例だけどね」


「……ティーネには、無理ですよ。少なくとも、今のままでは」


「まただ」


 私の返答を聞き、先生は傾けていたカップを音を立てて机の上に置いた。少し険しい顔をしている。


「えっ」


「君は私の教えを乞いながら、そんな風に時々まるで私以上に先の事を見通しているような事を言う。ただの推測ではなく、ほとんど確信を込めてね。そして今の所、それが外れた事はほとんど無い。一体君には、何が見えているんだ?」


 ……まあ、そりゃあなあ。


 私だってここまでの自分の言動に数々の不自然さがあったのは自覚している。

 ましてや相手はこの先生だ。本当はもっと前から私が未来を知っているという事を勘づいていたのかも知れない。


「えーっと……」


 先生にまでこれ以上隠しても仕方ないか。

 エアハルトはまだしも、すでにカシーク提督にまで話してしまった内容だし。


「簡単に信じられないかも知れませんが、聞いて下さい」


 そう前置きした上で、私は先生にゆっくりと私が今まで体験して来た事と、これから起こるはずの事を話した。


 先生は表情を変えずに私の話を聞き、時折私の説明の足りない部分を補うように簡単な質問を挟むだけで、後はほぼ黙って私の話を聞いている。


「……なるほどなあ」


 二〇分ほどの時間を掛けて説明を聞き終えた先生はコップに少しだけブランデーを注いだ。


「今まで黙っていてごめんなさい。簡単には信じてもらえない、と思って」


「まあ実際いきなり打ち明けられても信じられたかどうかは怪しい物だし、それはもういいさ。君が女神の力で転生したとか、いずれこの宇宙に大規模に侵略してくる予定で今現在も暗躍している『敵』の存在とかは取り敢えず置いておこう。それは私の能力じゃどうしようもない事だ」


「私が前世で先生を処刑した事とかは」


「私の事だ、どうせそうなると分かり切っていて君に悪態を付きに行ったんだろう。半分自業自得さ。それに私自身が知らない事なんだから、気にするなとは言わないが謝られても困る……それよりも私の領分の話をしよう。君の話だとエーベルス伯の連盟侵攻は結局行き詰まるんだな?」


「はい」


 ティーネは私の足の引っ張りにも負けずツェトデーエフ三星系の占領を成し遂げ、さらに私を中心にした反ティーネ貴族連合と戦いにも勝利して帝国皇帝になる。


 それから連盟に大侵攻を開始して連戦連勝するが、頭角を現して連盟宇宙艦隊の実質的な最高指揮官になったショウ・カズサワ提督相手には勝ち切れず、逆に双璧の一角でもあるジウナー提督を失い、戦線が膠着した所でカシーク提督が私を見捨てた門閥貴族の残党達と組んで叛乱を起こした事で(!?)そこまで順風満帆に見えたティーネ体制は急速な崩壊の兆しを見せる事になる。


 ティーネは連盟への侵攻を一旦諦め、カシーク提督率いる叛乱軍の討伐に集中するために連盟との停戦を試みる事にするが……そこでしぶとく生き延びていた私がティーネを殺すために停戦交渉をぶち壊しにする勢いでテロを仕掛ける事になる。


 残念ながらと言うか幸いにしてと言うか前世の私はそこで結果を見る事無く死んだのでその先の銀河の歴史がどうなったのかは分からないが……その後もロクな事にならなかったのは確かだろう。


「ショウ・カズサワ。並みの用兵家では無いだろうとは思っていたが、連盟にとっては救世主とも言うべき軍人になる訳か。そしてあのカシーク提督が叛乱、とはね。理由は分かるかい?」


「いえ、具体的な理由は全く分かりません。カズサワ提督に勝てないティーネの能力に不満を抱いたからとか、ジウナー提督を戦死させられた恨みだとか色々言われてましたけど」


「逆に言えばその時のエーベルス伯の体制は、腹心中の腹心であるはずのカシーク提督に離反される理由がそれだけあるほど内面ではガタガタだったと言う事か」


「ずっと横でティーネを支えてたコルネリアを私が殺したせいもあったかもしれません。そこからもティーネは戦いでは相変わらずの軍神ぶりでしたけど、そこ以外の所では精彩を欠く事が多かったですから」


 コルネリアとジウナー提督の二人を失い、全幅の信頼を置ける部下がカシーク提督一人だけになり、そのカシーク提督にも裏切られたティーネの心境は私にも知りようがない。


 私はついでにちらとエアハルトの方を見てみたが彼は何も言わない。


 私がいずれティーネと敵対する可能性がある事を分かっているのか、妹である事が分かったコルネリアとはあれ以降まだ連絡を取っていないみたいだが……大丈夫だろうか。


「なるほど……確かに君は相当にやらかしたようだが、それを差し引いてもやはり単純な武力侵攻による連盟の併合は不可能なようだな」


「やっぱり距離があり過ぎますし、あれだけの数の有人惑星を完全に制圧して行くなんて普通の方法では無理ですからね。ティーネも戦力では圧倒しながら後方の確保には終始苦労していました。後、カズサワ提督が強過ぎます」


「なら彼女の方針を転換させるべきだろうが」


「多分、難しいんじゃないでしょうか。あの子からは何としてでも連盟を完全併合しなくては、と言う覇気……いえ、執念のような物を感じます。せめて何か恒久的平和を実現させる代替案でも出さないと」


「やっぱり君が帝国の頂点になるしかない、と言いたいがそれも難しいか」


「まずティーネと皇帝の座を争っても多分勝てませんし、よしんば勝てた所で本気の内乱になったら帝国が弱体化しますし、それ以上にティーネは一度私と敵対して負けたら例え私が許しても私の下に付いて生きるのを良しとする人間じゃありません」


「五年で帝国と連盟の戦争を終わらせろ、両国の国力を消耗させるな、それどころか人材までなるべく死なすな、か。その女神とやら無茶ぶりもいい所だぞ」


「やっぱり無理でしょうか」


 先生に無理ならもう戦略100の連盟のカズサワ提督に頼るしかないぞ(そんな無茶な)。


「策は無くもない……が、銀河の武力統一よりは現実的かも知れない、と言う程度の策だぞ」


 先生がまたしばらく天井を見上げた後、そう言った。


「それは?」


「帝国と連盟の争いの短期的な原因になっている物はツェトデーエフ三星系の帰属、長期的な原因はそもそも銀河に二つの勢力しか存在しないと言う現状その物だ。そしてこの二つを同時に解消する方法が一つある」


「……まさか」


 私だけでなく、エアハルトも驚嘆の息を漏らしていた。


「ツェトデーエフ三星系を独立させて帝国と連盟の緩衝地帯とし、さらに両国の和平交渉の仲介役とする」


 先生は静かな声でそう言った。

 ブランデーを注いだグラスには結局手を付けないままだ。

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