第六十五話 『分からない事が分かった』

 帝都で中将昇進の辞令を受けてマールバッハ公爵領に戻った後、私はハンスパパあらためハンスお父様から第四戦略機動艦隊司令官職引継ぎの業務に忙殺されていた。


 エアハルトとエウフェミア先生は無事揃って大佐に昇進できたけど、クライスト提督は残念ながら今回は准将に据え置きのままで、一個艦隊を立て直すには私が直接やらなくてはいけない仕事が多過ぎる。


 分艦隊の掌握と訓練すら十分に出来てない内に、一個艦隊の司令官になろうなんて無謀な試みの気もするけど、今の私には時間が無い。


 こう言っては悪いけど、お父様に任せたままじゃいつまで経っても第四艦隊は役立たずのままだろう。


 不幸中の幸いと言うべきか、指揮官が戦死し半壊状態になった第三艦隊と第七艦隊から補充が受けられたため、そこからそこそこ優秀な能力を持つ将官も集められた。


 第三艦隊からはゲーアノート・フォン・シュトランツ少将。下級貴族出身で目立つ所も大きな失敗も無いまま堅実に任務をこなした四五歳のベテラン軍人だった。


 統率75 戦略71 政治50

 運営51 情報34 機動72

 攻撃71 防御75 陸戦38

 空戦64 白兵62 魅力69


 能力はこんな感じ。


 提督としてはエアハルトにはもちろん、クライスト提督にもちょっと見劣りするけど、それでも提督として必要な能力はどれも一定の水準にある。

 と言うか前の上司だったシャーンバリ提督よりも多分強い。

 見た目は何と言うか、かなり目立たない感じの普通のおじさんだ。


 第七艦隊からは色々な意味で対照的な二三歳の子爵令嬢であるシビラ・フォン・マイヤーハイム准将。


 マイヤーハイム子爵家はアルブレヒト伯爵家とも縁戚関係にある門閥貴族だけど、彼女はその割に極めて真面目に軍務をこなしていたみたいだった。


 統率60 戦略80 政治83

 運営89 情報87 機動71

 攻撃58 防御63 陸戦48

 空戦34 白兵61 魅力82


 実戦は厳しそうだけど幕僚としては相当に優秀だった。

 見た目は凛とした私やティーネとはまた違った貴族らしい美女だ。


 こんな感じで二人とも能力は問題無いのだけど、性格の方はまだ良く分からない。

 実質准将一人と大佐二人がほぼ意思決定してるウチの艦隊で上手くやってもらうには能力よりも性格の方が大事な気がするけど……私の目で見れるのはステータスだけだからなあ……


 義理とか野心とか冷静とか勇猛とかも見られれば良かったんだけど。


 シュトランツ少将にはクライスト提督に替わって副司令官を、マイヤーハイム准将には艦隊参謀長を務めてもらう事にした。

 エアハルトと先生には取り敢えず今の職を続けてもらえばいいとして、階級が准将のまま据え置きだったクライスト提督には旗艦部隊である第一任務部隊の司令官としてこのままメーヴェに乗艦してもらう。


 シュトランツ少将はエアハルトやクライスト提督と折り合いが良ければ良し、悪ければ暫く飾り物の副司令官になってもらって、マイヤーハイム准将には取り敢えずデスクワークに没頭してもらおう。

 今のままだと先生が事務仕事だけで過労死しかねないからな……


 先生はデスクワークに関しても一流と言っていい人だけど、それでも本質は広い視野を持った戦略家だ。出来ればそっちの方に労力を集中して欲しい。他の幕僚に関してはエアハルト、クライスト提督、先生の三人に一任する事にした。


 後は相変わらず汚職でぼろぼろの補給や整備と言った後方体制の立て直しと艦隊の練度の引き上げだ。

 分艦隊司令になった時もやった事だけど、規模が一個艦隊になると仕事量が指数関数的に増している気がする。


 それともう一人、新しく私の部下……と言うよりは仲間に加わった人間が一人。


「ヒルト様、ホトヴィー中尉からの報告書です」


 エアハルトが自分の端末に表示した報告書を私に見せて来た。


 捕まえたミクラーシュ・ホトヴィーは結局、憑依されていた時の事は何も覚えておらず、検査の結果、身体能力もごく普通の人間の物に戻っていた。


 公的な身分は統合参謀総監部情報部所属の諜報員で、情報戦のスペシャリストであったらしいのだけど、五年前に連盟側に諜報のために潜入して以降の記憶が完全に抜け落ちているのだと言う。


 恐らく連盟領のどこかで憑依されてそれ以降ずっと自分の意識を失っていたのだろうけど、本人は何も覚えていないし、どこかから指示を受けていた痕跡も全く残っていない。


 ミクラーシュは自分が人知を超えた存在に憑依されていた、と言う事実自体は受け入れがたく感じたようだけど、それでも自分に何が起こっていたのかを確かめるために、私達の協力者として自分の所属である統合参謀総監部に付いて調べ始める事にしたのだった。


 突然記憶が消えて孤立無援状態の彼がこのままぼんやりしていると突然口封じや粛清のために消されかねないので、身を守るために情報を集め、味方を得る、と言う意図もあるのだろう。


 正直あの暴れっぷりのせいで怖い印象しかなかったけど、いろいろ尋問した結果、信用出来そうだと判断したので味方に付ける事にした。

 私としてもすでに帝国や連盟の中で暗躍しているらしい「敵」の情報を得るためにはわずかな手がかりでも欲しい所だったのだ。

 さすがに統合参謀総監部の暗部には公爵家の威光もあまり通じないしね。


 と言う訳で送られてきた報告書をざっと読んでみる。


「結論としては『分からない事が分かった』ね」


「ええ。五年前にホトヴィー中尉が行っていた潜入任務は何の成果も無かった事になっています。どこに潜入していたのかも具体的な記録は残っていない」


「五年前、ミクラーシュは連盟領のどこかに潜入して何かを調べていた。その最中にあの『フレイラム』を名乗った『敵』に憑依された。戻って来たミクラーシュは自分の調査記録を改ざんした。そう言う事ね」


 ミクラーシュと言う名前の響きが気に入ったため、私はあの人の事を前世では上の名前で呼んでいた。その癖が今も残っている。


「中尉の調査結果は彼らにとって都合の悪い物であった、と考えるべきでしょうね。今となってはそれが何だったのかは分かりませんが」


「場所が連盟領となると簡単にこっちからは調べられないわね……それと、フレンツェン大佐の動きか……」


「現在統合参謀総監部でツェトデーエフ三星系侵攻作戦を立案しているようですね。フライリヒート公爵家からの働き掛けもあるようです」


「概ね予想通り、ね」


 前世ではこの時期、ティーネに対抗心を燃やした私がフレンツェンに唆されて大規模な連盟領への侵攻作戦を特に深い考えもなく進言していたけど、今度はフライリヒート公爵家の力を利用しているらしい。


 もしフレンツェンも『敵』の一員だとしたら、帝国と連盟の間に大規模な戦役を引き起こして双方を消耗させようと言うのが狙いだろう。

 実際の所前世では大規模な出兵が起こった上にそこに介入した私の色んなやらかしもあって、それはもう大変な事になってしまった。

 安全策を考えれば私も公爵領の影響力を使って止めるべきなんだろうけど、ツェトデーエフ三星系攻略自体は遠からずやらなきゃいけないからなあ……


「ちょっと一度先生とも相談してみるかな」


 最近互いに事務仕事が忙しくて先生とも良く話せていないけど、そろそろどんな戦略に乗っ取って具体的にどう動くかを考えなくてはいけない。


 あのバーベキューの後、色々あり過ぎて忘れてたけど、先生がティーネとはどう向き合うべきと考えているのかもちゃんと聞かないといけないだろう。

 もしティーネを乗り越えるべき敵として考えるのなら……三星系攻略戦は大きな分岐点になる。

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