死闘編
第六十四話 "お前、何だか変わったか?"-連盟side-
太陽系第三惑星地球。
その唯一の衛星である月の都市ジュール・ヴェルヌに星系連盟軍宇宙艦隊総司令部は置かれている。
ジュール・ヴェルヌは月の表側にある都市であり、この都市を攻撃しようとする動きは地球側からの監視に必ず晒される、と言うのが、総司令部がこの地に置かれた理由だった。
生き残った艦隊を帰還させてヴァレリアン・メローと共に戦後処理を終え、さらに数日掛けて必要とされる様々な儀礼と実務をこなした後、階級章を少将の物へと付け替えたショウ・カズサワがようやく官舎に帰ろうとしていると、声を掛けて来る者がいた。
「よう、最も新しい連盟の英雄。やっとメロー提督の所から独り立ちする気になったか」
快活で、しかし皮肉の色が滲み出た口調で語り掛けて来たのはエドワード・ハーディング中将だった。
彼はこの年三二歳。士官学校時代のショウ指導を一時務めた教官の一人であり、メローと同じく数少ない三十代の連盟軍の中将で第十艦隊の司令官。
現時点で最年少の宇宙艦隊司令官であり、連盟最強の戦術家と目されていた。
「別に望んでそうなった訳ではありませんが」
ショウは肩を竦める動作と共にそっけなく先輩に答えた。
ハーディングの戦術指揮能力はショウの目から見ても確かに卓越した者だったが、それはそれとして彼はこの先輩が少し苦手であった。
彼もロベルティナ・アンブリスやジェームズ・クウォークと同じくショウの才能を高く評価し、期待を掛けて来るのだが、同じ期待でも後輩からと先輩からでは、プレッシャーが段違いである。
そしてハーディングの強敵との戦いを好む勇将的な気質は、どうにもショウには肌が合わない事が多かった。
「メロー提督もしくじったな。中将になった時にさっさと前線から離れて後方勤務に回っていれば、いずれ軍のトップにもなれただろうに、今回の事で出世コースからは脱落か」
いささか過剰に功績を称えられ昇進したショウとは対照的に、メローは戦場での職務放棄と序列を無視した指揮権移譲を問題視され、謹慎処分を下されている。
軍法会議は避けられたし、彼が今までショウの功績を悪く言えば横取りしていた事が公的に糾弾される事も無かったが、それでも彼の軍人としての経歴に大きく傷が付き、上層部の人間を失望させたであろう事は明らかだった。
「あのままメロー提督が指揮を執って残存艦の合流を待って退いても、艦隊が壊滅する事は無かったでしょう。せいぜい判定負けになった程度です。しかし、犠牲は増えた」
「しくじったんじゃなく最後に名将になった、と言う事か」
ハーディングはすぐにショウの言いたい事を悟ったようで、それ以上のメロー批判を避けた。
多少皮肉屋で言動に型破りな所はあっても、それでも公平な目で見れば民主国家の軍人として十分良識的な部類に入る人間である。
有力な競争相手とは言え、その失脚を喜ぶような事は決してしない。
一見すれば粗野に見える所があってもそんな風に一定の節度を常に守っているからこそ、ショウは苦手意識を抱きながらもこの先輩軍人と基本的にずっと友好的な関係を保っていた。
「戦闘記録を一通り見たが、思わずうめき声が漏れたよ。ジェームズとロベルティナの二人を揃って手玉に取った敵にも唸らされたが、それ以上に最後のぶつかり合いは何だあれは。まるで艦隊同士が躍っているようだったじゃないか」
「ハーディング提督にだってその気になればあれぐらいの指揮は出来るでしょう」
「機会があればやって見たくはあるが、やって勝つ自信までは無いな」
「帝国第七艦隊とその二つの分艦隊。あれは指揮官が別物でしたからね」
「クレメンティーネ・フォン・エーベルス、ラダ・ジウナー、ヴァーツラフ・フォン・カシーク、だったか。帝国にあんなのがいる、と分かっただけで儲けものだったな。お前より強いか?」
「やはり最後までやって見なければ、と言いたい所ですが、もうやりたくはありませんね。有力な敵を技巧じみた戦術で凌ごうとするのは結局の所ギャンブルと同じです。いや、戦争にはどのレベルであっても多かれ少なかれギャンブルの要素が含まれる物ですが、その極地と言うべきですか。私としてはあんな相手と互角の条件で戦ってしまっている時点で失敗ですよ」
「お前が強い敵とはなるべく戦場では戦わず勝利する、と言うのを理想だと思っているのは知っているがな。しかし実際の所お前の本質は俺と同じ戦術家だよ、どうしようもなく」
「どうしてですか」
ショウは不本意そうな声を出した。
「例えばお前が数個艦隊を動かせる立場になったとしよう。麾下の艦隊達を万全の状態にし、数でも質でも相手を上回った、戦う前から優勢が決まった戦場を用意してやって、後は後ろから見ているのがお前の理想とする戦いと言う訳だ」
「まあ、理想の形の一つではありますね」
「それでも実際に戦いが始まれば、お前は麾下の艦隊の戦いに内心不満を抱くよ。『自分が直接指揮をしていればもっと上手くやれるのに』とな」
「……」
咄嗟に反論出来ずショウは沈黙した。
「誰よりも戦術指揮が上手い奴は戦略家には向いてないのさ」
「連盟最強の戦術家の看板を下ろすつもりですか、ハーディング提督」
すました顔のハーディングにショウはささやかな反撃を試みた。
「喜んで下ろすつもりは無いが、お前が艦隊指揮官になるのなら潔く譲るさ」
特にプライドを刺激された様子もなく、ハーディングは肩を竦める。
「私を買いかぶり過ぎではないですか。それに私の次の仕事はまだ決まっていませんよ」
「生憎だがほとんど決まっている。さっき、ジャンメール元帥に呼ばれてな。お前の事を分艦隊司令として使うかどうか聞かれたよ。もちろん快諾した。次のお前の仕事は第十艦隊の下に新たに編成される第一分艦隊司令だ」
「人のいない所で勝手に……」
アポリーヌ・ジャンメール元帥は現在の連盟軍宇宙艦隊司令長官だった。
六十歳になる女性で、堅実な仕事ぶりと温厚な人柄ゆえ派手な実績は無いが、人望は高級将官の中で随一だった。
「宇宙艦隊のおばあちゃん」といささか威厳の無いあだ名で世間からも親しまれている。
「メロー提督以外でお前を扱えそうなのが俺しかいない、と言う判断だろう。婆さんも口には出さなかったが内心でメロー提督よりもお前の方を評価していたらしいな」
「私としてはあの人の下で参謀やっているのが一番合っていたんですが」
「軍人は自分でやりたい仕事だけやってる訳には行かん」
似合いもしない正論をハーディングは後輩にぶつけた。
「第一分艦隊の規模は六百隻。第五艦隊の残存艦が第三艦隊に編入される事になったんで、主にその余りから作る予定だな。幕僚としては取り敢えずロベルティナとジェームズの二人も引っ張って来る。あの二人もその辺の人間じゃ扱い切れんからな」
「ありがとうございます」
苦手意識は別として、上官としてはハーディングもまたショウにとって最善に近い人間なのは否定できなかった。
「他に人事で希望は?」
「取り敢えず副官と参謀長になるべく事務仕事が出来る人間を。後、第三艦隊の情報士官だったホァン少佐を出来れば引っ張って来てください」
「分かった。まあ少佐ぐらいならまず通るだろ……分かってると思うがこの人事はいずれお前に一個艦隊を指揮させるための繋ぎ人事だ。それを踏まえて部下の掌握や育成をしろよ」
「期待が重すぎて泣けてきますね」
「それと第十艦隊の配備先だがツェトデーエフ三星系方面に決まっている。上は三星系に駐留する艦隊を現在の三個艦隊から倍に増やす予定らしい。この先、連盟の戦略は帝国への嫌がらせから、三星系の絶対防衛にシフトするだろうな」
「ヴィルシェーズ議長を始めとして今の連盟最高評議会は比較的穏健派ですからね。無駄な出兵が避けられるのなら良い事です」
ショウが起案したシュテファン星系の放棄も、連盟上層部の守勢重視の方針が無ければ実現しなかっただろう。
もっとも穏健派が政権を取ったからと言ってそれが帝国との和平に繋がる訳では無い所にこの戦争のどうにも出来なさがあるのだが。
「帝国領の無人の星で戦争してる間は平和だった、とも言えるがな」
ハーディングがふてぶてしい顔で言った。
「しかし連盟と帝国の現状を考えるに、そんな小競り合いを繰り返しているだけでは永遠に戦争に終わりは……いや、これ以上は一介の少将が考える事ではありませんね」
ショウが我に返ったように口を閉じる。
「……お前、何だか変わったか?」
ハーディングが怪訝そうな顔で尋ねて来た。
「変わった?何がです?」
「以前のお前は才能だけで戦争と言う物に向き合っていけると思っているような、はっきり言ってどこか舐めた部分があったが……少し真剣な顔をするようになったような気がしてな」
「……気のせいでしょう」
ショウは目を逸らした。
実際の所、ハーディングの指摘は正鵠を射ていたが……何故ショウがこの戦争と言う物と真剣かつ全力で向き合わざるを得なくなったのか、それを話す事はこの一応は信頼できる先輩が相手でも出来なかった。
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