第五十八話 強襲
「……何者なんだ、貴様は?」
心底不思議そうにそう訊ねたのは、ミクラーシュの方だった。
「え……?」
「この国の政治家、軍人、貴族……主だった地位にいる人間達の行動傾向は概ね把握し続けていた……ここ数年、予測された傾向から大きく外れた動きを行った者は一人もいない……ただ一人の例外を除いてはだ……」
ミクラーシュがぼそぼそと言葉を続ける。
「……ハーゲンベック侯爵領での降伏勧告と略奪に対する厳しい態度……功績への褒美として叛乱を起こした者達への寛大な処置の嘆願……フレンツェン大佐が接近した時の反応……下級貴族であり叛乱に加担した将であるクルト・フォン・クライストや、予備役に編入されていたエウフェミア・フロイトの抜擢……シュテファン星系会戦における連盟軍艦隊の人材損耗を恐れたとしか思えない消極的な指揮……そして何より勢力的に不倶戴天の敵であったはずのクレメンティーネ・フォン・エーベルスとの関係改善……貴様だけだ……貴様だけがある時を境に……我々の人格分析による予測を悉く外れた行動を取り始めた……」
ミクラーシュは両手をポケットに突っこんだままゆっくりと歩いて来る。
「……貴様をしばらく監視していたが……気になる所が一つあった……貴様はある時から初対面の人間と会う時……その人間の頭上を少しの間、凝視するようになったな……貴様には……何か人間には本来見えない物が見えている……そして今の話……混乱していて十分に意味が掴めない部分も多くあったが……貴様、未来を知っているな……いや……体験して来たのか……」
「うっ……うううっ……」
ミクラーシュが凄まじい眼光を放った。私でもはっきり分かるほどの殺気。間にエアハルトが立っていてくれていなかったら、それだけで気を失っていたかもしれない。
「まだこの国の要人を暗殺する段階ではないが……貴様は別だ……我々の脅威となる存在と見なし……ここで始末させてもらう……」
「止まって下さい。両手をゆっくりポケットから出し、頭の後ろで組んで」
エアハルトがブラスターを抜いた。
大貴族を始めとした帝国の一部の要人は、帝国内のどこであろうとも護衛にブラスターを携帯させる権利を持っている。
「あなたが何者かは知りませんが、その言葉だけでヒルト様に対する害意を持った存在だと判断しました。それ以上進めば問答無用で射殺します」
「エアハルト!撃って!そいつは普通じゃない!」
私が叫んだのとミクラーシュが明らかに人間離れした速度で走り始めたのはほぼ同時だった。
口ではああ言ってもエアハルトは素手で向かってくる相手に対していきなりブラスターを撃てる人間ではない。その事が一瞬の判断の迷いを生んだのか、エアハルトが撃つよりも早く、間合いに入ったミクラーシュはエアハルトのブラスターを叩き落としていた。
「なっ……」
「咄嗟にかわしたか……ブラスターだけでなく右手も、と思っていたが……」
エアハルトが怯んだのは一瞬だった。ミクラーシュにハイキックを放つ。
小柄なエアハルトとミクラーシュでは20cm近い身長差があったが、それでも全身のばねを生かして放たれた蹴りは、的確にミクラーシュの顎にしたたかに叩き付けられる。
首の骨が折れるまでは行かないにせよ、顎が砕け、そのまま脳震盪で昏倒してもおかしくない衝撃だったはずだが、ミクラーシュは平然とエアハルトを見下ろし、そのまま両手を組んでエアハルトの頭へと振り下ろした。
「……っ!」
何とか頭への一撃をかわしたものの、左肩に痛打を受け、鈍い音と共にエアハルトはうめき声を上げる。
態勢を立て直す間も与えず、ミクラーシュは蹴りを放った。まるでボールのような勢いで蹴り飛ばされたエアハルトが地面をはね、転がる。
「エアハルト!」
立ち上がり、必死に駆け寄った。
「来ない……で。逃げて、下さい……!」
エアハルトが片手を衝きながら叫んだ。立ち上がれないようだ。
ミクラーシュは表情を変えないまま、ゆっくりこちらへと歩いて来る。
私は咄嗟にエアハルトの前で、両手を広げて立ち塞がった。
とんでもなくバカな行動。
この男が狙っているのはエアハルトではなく最初から私なのだから、ここで戦えない私が自分から前に出た所で何の意味も無いのに。
エアハルトを助けるつもりなら、いっそこの場から出来る限りの速さで逃げた方がまだ賢明だろうに。
それでも、私はそうしてしまっていた。
ミクラーシュは無表情のまま私に迫ってくる。
そしてエアハルトが絶叫を上げ、私が目を閉じようとした時。
救いの手は意外過ぎる形で差し伸べられた。
一台のエアカーが限界ギリギリまで浮上し公園のフェンスを乗り越えると。
そのまま全く減速する事無くミクラーシュを盛大に跳ね飛ばし。
勢いよくスピン気味にターンすると私達の横で止まる。
「尋常でない様子だった、と聞き、念の為皆で手分けして探す事になりましたが……どうやら正解だったようだ」
あまりの出来事にそれまでの感情も吹き飛び、私がポカンとしていると、エアカーのドアを開け、カシーク提督が降りて来る。
「咄嗟に暗殺者の類と判断して轢いてしまいましたが、あれで良かったかな」
……それで良くなかったらどうするつもりなのだろうか。
と言うか、飲酒運転……
「運転はもちろん完全に自動運転に任せていましたよ」
私の疑問を読み取ったようにカシーク提督が言った。
……いや、完全自動運転で公園に乗り上げて人を轢くのは絶対に出来ないと思う。
「あ、ありがとうございます……いや、そうじゃなくてエアハルトが……」
そう言ってエアハルトの方を向こうとして私は悲鳴を上げた。
全速力のエアカーに跳ね飛ばされたはずのミクラーシュの姿が消えている。
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