第五十七話 懺悔
どこをどう歩いたのか分からないまま、私は気付いたら公園の中にある大きな木の隅に座り込んでいた。
どれだけ泣いても、涙が枯れる事は無かった。罪悪感と自責と自己嫌悪が、収まる事も無い。
私は、どこまでバカで恥知らずだったのだ。
最初から、違和感はずっとあったのに。
それに気付かず、都合良く歴史を動かす立場になったつもりでいい気になって。
大罪を犯したのだから罪を償え、とはっきり言われたのに。
何の考えもまとまらないまま、私は泣き続ける事しか出来なかった。
……どれほどそうしていたのだろう。
背後から近付いて来る気配があった。
気配だけで、その主は分かる。
十年間、ずっと一番側にいた相手なのだ。
「探しましたよ、ヒルト様」
「……エアハルト」
逃げなくちゃ、と思ったけど、もう立ち上がる気力も湧かない。
この期に及んでも、彼に縋りつきたい、と言う思いに流れてしまう自分が疎ましかった。
「一体、どうされたのですか、ヒルト様」
エアハルトが穏やかな口調で尋ねて来る。
「エアハルト……私、殺したよ。殺しちゃった……」
「え?」
「先生の事も、コルネリアも、他のたくさんの人達の事も……それに、エアハルトも……」
ぼそぼそと、何とか紡ぎ出した辛うじて聞こえるような言葉だった。
「理由なんて何も無く……ただむかつくからとか、自分の見栄とか、気まぐれとか、勘違いで……」
エアハルトは最初困惑したような顔をしていたが、すぐに表情を殺して無言で私の話を聞いている。
「それだけじゃなくて……何の考えも無く、ただティーネに対する対抗心だけで無謀な遠征軍を起こしたり、内乱を起こしたり、連盟との和平を壊そうとしたり、たくさん、たくさん酷い事をして、そのせいで数えきれないぐらい人が死んで……」
ああ。
私は何をしているのだろう。
こんな事をエアハルトに語ったって分かってもらえるはずもないのに。
私が何をしたか、どんな罪を背負っているかをこの世界で理解しているのはあのロスヴァイゼを除けば私一人で、それを裁いてくれる人間すらいないと言うのに。
そう思っても、私の懺悔の言葉は止まらない。
「私は……私は……」
ようやく並べ立てる事が出来る自分の罪が思い浮かばなくなり、意味のある言葉を口に出せなくなった所で、今まで沈黙していたエアハルトが口を開いた。
「私には今ヒルト様がどう言う状況におられるのか、予測もつきませんし、仰っている罪と言うのも何の事なのかまだちゃんと理解出来ませんが、ヒルト様がその罪の事で酷く苦しんでらっしゃる事だけは分かりました」
口調はいつも通り穏やかで、平淡で、だけどいつもより少しだけ力強く、熱い。
「ヒルト様、あなたがどんな罪人だろうと私は最後まであなたの味方です。罪人のあなたの味方をする事が罪だと言うのなら私も罪人になりましょう。あなたが責められると言うのなら私もいっしょに責められて構いません。あなたが恨まれると言うのなら私も一緒に恨まれて構いません。あなたが裁かれるといのなら私も一緒に裁かれましょう。あなたが罪を償うと言うのなら私も一緒に罪を償いましょう。だから、私の事だけは頼って下さい」
「けど、けど私はエアハルト、あんたの事まで……勝手な思い込みで……」
「仮にヒルト様が本当に私を殺したのだとしても、私はあなたを赦します。それで何が変わる訳でも誰が救われる訳でも無いかもしれませんが、それでも、もし私にあなたを赦す資格があるのなら、私はあなたを赦します」
そう言ってエアハルトが優しい笑顔で私に手を出して来る。
もうそれ以上私は何も喋れなかった。
どうして彼は、こうまで私———ヒルトラウト・マールバッハに優しいのか。
ダメだなあ。
自分が本当はどんな人間だったか思い出したのに。
今まで何度も何度も彼の手を振り払って来たのを思い出したのに。
それでも、私は、彼にすがってしまう。
私は手を伸ばし———
「……!」
エアハルトが全身を緊張させると、一瞬で私を庇うように振り向いた。
その視線の先には、大柄な男の姿。
ミクラーシュ・ホトヴィーが立っていた。
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