第五十六話 暗転

 そのまま食事を続け、合間にティーネの屋敷でお手洗いを借りると、廊下でばったりとコルネリアに出くわした。

 偶然出くわした訳ではなく、私の事を待っていたようだ。


「あら、コルネリア?私に何か用かしら」


「え、えっと……すみません、どうしても二人きりでお話ししたい事が」


 何だろうか。

 まさかエアハルトとすでに内緒で交際してました、とか言い出すんじゃないよね。


「ベルガー少佐の事なのですが」


 え、いやほんとにそれ?ちょっと待って確かに邪魔する気は無いけど、それはまだ色々心の準備が。

 と言うかこの件についてはまだ全然私の考えがまとまってなくて。


「あの方とヒルト様との出会いについて、もう少しだけ詳しく聞かせて頂けませんか?」


「へ?え、ええ。別にいいけど……私もそんなには知らないわよ?」


 何だろう、自分と重なる過去に興味が出たのかな。


 私はヒルトとエアハルトとの出会いに付いて詳細をコルネリアに語った。正確な日付、出会った場所、それ以前にエアハルトがいた場所について。


 エアハルトは元々戦災孤児だったのだが、預けられていた帝都郊外の施設が酷い所で、何人かの仲間達と共に逃げ出して来たらしい。

 ただ、いくらエアハルトと言っても十二歳の子どもでは色々限界があり、仲間は散り散りになり、エアハルト自身も困窮した所でヒルトが拾ったのだった。

 ヒルトはそれほどエアハルトの過去に興味を持っていなかったし、私も敢えて辛い過去の事を訊ね直そうとはしていないから、私が知っているのはそれぐらいの事だ。


 私が話し終えると、コルネリアは目を丸くして固まっている。


「……どうしたの?」


「信じて頂けないかもしれない……いえ、私自身も信じられないのですけど、ベルガー少佐は私の兄かも知れません」


「……えっ?」


 そんな、話。

 私、知らない。


「私がティーネ様に拾われた時、唯一持っていた物です」


 コルネリアは小さなペンダントを出した。中に写真が入っていて、そこに移っているのは小さな男の子と女の子。


 女の子の方にはコルネリアの面影があり、そして男の子の方は———私が知っている子どもの頃のエアハルトにそっくりだ。


「初めて見た時からどこか似ているな、と思っていたのですが、今日の話を聞いてもしかして、と……ヒルト様?」


 コルネリアの声はもうほとんど私の耳には届いていなかった。


 視界が真っ暗になり、世界が歪む。


 どうして、そんな大切な話を前回はしてくれなかったのか。


 いや、当たり前だ。


 前世のヒルトとコルネリアはとてもではないけど、こんな話が出来るような友好的な関係では無かったのだから。

 だからコルネリア本人もエアハルトが兄だと気付くのが遅れ、その時にはもうヒルトとティーネ達は完全に敵対勢力になっていて、二人が接触するのは難しくなってしまっていた。

 エアハルトもコルネリアも、どちらも相手が生き別れの兄妹だからと言って敵対する勢力の人間に軽々しく会いに行くような人間では無いだろう。


 それでも二人は、本格的にヒルトとティーネが戦端を開く前に、一度だけ会う事にしたのか。


 それを、それをヒルトは。


 ミクラーシュを通してフレンツェンが報告してきた二人の交際と密会の情報を単純に信じ込み。

 エアハルト本人に何の事情も確認する事無く、怒り狂ってミクラーシュと共に二人の密会の場に踏み込むと、エアハルトの弁解に聞く耳を持たず。


 ただの勘違いで。ミクラーシュに。


 その瞬間、脳が焼かれるような感覚が走った。



 お も い だ せ



 ヒ/わ/ル/た/ト/し/が何を命じたのか。



「う、ううっ……」


 立っていられなくなり、私はうめき声を上げてその場に座り込んだ。


「ヒルト様!?」


 コルネリアが驚いたように叫んだ。


「ち、違う……わ、わたし……私、私は……知らなかった……知らなかったから……あ、ああああっ……」


「ど、どうされたのですか?ご気分でも……?」


 コルネリアが差し出された手を、私は振り払ってしまう。


 私には、この子の手を握る資格なんて、無い。

 記憶も感情も整理がつかず、全身ががくがくと震え、嗚咽と共に涙があふれ出して来る。


「お、お待ちください。すぐにベルガー少佐を呼んできます」


 私が尋常でない様子だと思ったのか、コルネリアが踵を返すと廊下を掛けて行った。


 嫌だ。


 エアハルトにだって会いたくない。

 私にはエアハルトに助けてもらう資格だって、もう無い。


 私は何の考えもまとまらないまま立ち上がると、よろめきながら歩きだした。

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