第五十五話 戦争は最後の手段であるべきだがそれが唯一の手段と言う事もある

「ところで……ティーネは連盟についてはどう思っているの?」


 私は話題を変えてティーネにそう尋ねてみた。


「どう、とは?」


「帝国の中で軍人として位階を進めて行けば、いずれ連盟とどう言う戦略で向き合うかも考えなくちゃ行けないでしょ?帝国軍の最高位に就くつもりなら、なおさらね」


 ティーネは少し考え込むような顔をし、それから首を横に振った。


「下手な誤魔化しをしてはいらぬ疑いを生むだけでしょうね。ヒルト、恐らくあなたは将来的には連盟との和平が望ましいと思っているのではないですか?」


「そうね。望ましいと言うよりはほとんどそれしかないと思ってるかな。距離一つだけ考えても連盟を軍事的に完全敗北させて全土を併合する、何て事は不可能だと思う。そうであればどこかで外交によって折り合いを付けるしかないわ」


 だいたい先生からの受け売りだけど、私が自分で考えてみても反論の余地がない理屈だと思う。


「……私は逆に、外交によって帝国と連盟の紛争を解決する事は不可能だと考えています」


「……どうして?」


 ティーネがそう考える理由は分からないけど、それでもその彼女の答えは私にとってさほど意外でも無かった。


 どこかで折り合いを付ける。どこかで妥協する。不完全な勝利で満足する。

 そう言った決着の仕方は、クレメンティーネ・フォン・エーベルスと言う覇者に、どうしようもなく似合っていない。


「ヒルト、外交によって平和が維持される条件は何だと思いますか?」


「えーっと、それは……相互の信頼、とか?」


「そうですね。信頼も重要でしょう。両国の政治指導部……連盟であれば連盟最高評議会のメンバー達、そして帝国であれば帝国宰相を始めとした御前会議のメンバーと究極的には皇帝陛下。それらの人物の間に信頼があれば平和が維持できるかもしれません。けど、それは必ず短期間で崩れる物です」


「どうしてそう言い切れるの?」


「連盟は民主主義国家です。選挙の結果で政治指導部は変わり、その政治方針も変わります。例えどれだけ善良で優秀な信頼に足る人物が政治のトップについても、いつ気まぐれな民意によって帝国に敵対的な指導者に交代するか分からない」


「それは……」


「残念ながらそれは連盟から見た帝国に関しても同じです。もし仮に玉座に開明的で穏健な人物が就き、和平がなったとしても、次に玉座を得る人物がそれとは真逆の人物でないとどうして言い切れるでしょうか?いえ、少なくとも双方の歴史を見てみれば、残念ながら互いにそうでなかった人間がトップに就いていた期間の方が長いでしょう」


「でもこう、そこは条約とか色々結んで……」


「条約と言う物の価値があるのは、第三国が存在する時だけだ」


 エウフェミア先生が口を挟んだ。表情には苦さが混ざっている。


「実際の所、人類の歴史の中では平和と言う物は大部分が信頼よりも複数の国による勢力均衡によって成り立って来ていた。条約を守らなければ第三国に非難され、信頼を失う。次の戦争では敵が増える。その損得勘定が本来は敵対関係にあって然るべき国同士の外交の土台にあったんだ。そして今銀河は二分されてしまっている」


「どれだけ必死に積み重ねた外交の成果でも、そこに力ある第三者による監視が伴わなければ、ほんのささいな人間の気まぐれから一瞬で崩れてしまう物です。ですが戦場で流された血によって得られた勝利、あるいは敗北の結果は、外交文書などよりも遥かにしっかりと現実に存在します。そしてそれが、他の手段では解決不可能な問題を戦争でなら解決可能な場合がある理由です」


「戦争は効く、ですか」


 先生が苦笑した。まるで生徒が自分が想定していた以外の解答を出してきて、その採点に困っているかのような表情だ。


「けど、仮にそうだとしても連盟の主要な有人惑星を全て占領して連盟を無条件降伏させる、なんて非現実的よ。首都星系の地球一つにしたって八〇億人の人口がいるのに、そこを数千光年離れた帝国から統治するなんて不可能だわ」


 天然資源をほぼ使い果たし、人口も減少傾向にあるとはいえ、数千年の歴史で積み重ねられたその圧倒的工業力と資本力、そして政治的影響力は未だに健在だった。


 考えてみれば銀河の人口の一〇分の一近くが住んでるとか凄いな地球。

 帝国なんて首都星系であるルッジイタすら人口は一〇億人を少し超える程度なのだ。


「確かに今の帝国軍では困難を通り越して不可能なかもしれません。ですが抜本的な改革を成し遂げ、銀河統一のための軍を作る事が出来れば。そしてそれを私達が指揮すれば」


「どれだけ天才的な指揮官が率いる、どれだけ完全に構築された軍隊であっても、軍事的手段で直接解決出来るのは軍事的な問題だけですよ、エーベルス伯」


 先生の口調には皮肉の色はこもっていなかった。それよりもむしろ、何かさらに冷たいような、どこか諦めたような、乾いた響きがある。

 先生は今のやり取りだけでティーネの何かを見切ったようだ。


「良い警句ですね。憶えておきますよ」


 ティーネがにこりと微笑む。

 先生はそれ以上何かを言うつもりは無いようだった。


 軍事的手段でしか解決出来ない問題がある、と言う事に関して、先生とティーネの認識は一致しているはずだ。

 そしてティーネが、単純な軍事的手段で連盟を屈服させる事がほとんど不可能だと言う現実を理解していないとも思えない。


 それでも、同じ戦略98の二人が真逆の結論に達してしまっているのはどうしてなのだろう。


「……せっかくの食事の場なのに難しい話をし過ぎましたね。この話はまたの機会にしましょうか」


 私がさらに質問を重ねる前に、ティーネはその会話を終えた。

 もう少し突っ込みたかった所だけど、一度先生の意見を詳しく聞いてからにしようかな。

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