第五十四話 食事の時の話題選びは案外難しい

 クレメンティーネ・フォン・エーベルス、コルネリア・デーメル、ヴァーツラフ・フォン・カシーク、ラダ・ジウナー。

 この四人と和やかに会食するなんて、前世のヒルトでは考えられない事だっただろう。


 話題の内容はやはりほとんど初顔合わせになるエウフェミア先生の紹介と、前回の戦いの事が主になった。


「士官学校時代、後輩に戦略理論で異常な評価を得ている子がいるとは聞いたけど、なるほど、噂通りだったわ」


「ただの高評価ではなく異常な評価、と言う辺りが何ともですね」


 ジウナー提督の言葉に先生は肩を竦める。

 さすがの先生もいきなりティーネ達を相手にため口で話すほど傍若無人ではなかった。


「俺もそろそろ自分の幕僚をもう少し固めたいと思っている所だが、それなりに仕事が出来る人間はいても、知略の点で俺を支え得る人間は見付からん。公爵令嬢が羨ましい物だ」


「カシーク提督やジウナー提督、それにエーベルス伯を知略面で支えるなど私もごめん被りたいですね。人間は10に10を足して20になる訳ではないのですから。その点ヒルト閣下は良い上司です。好き勝手に物を言いやすい」


 それは褒められているのだろうか。


「ところで前回の戦いだが、貴官らはどう見た?特に、途中から出て来た代理の指揮官についてだが」


 ある程度話が弾んだ所で、カシーク提督がそう切り出してきた。


 私は咄嗟にティーネの顔を伺ってみた。彼女は表向き目立った反応は見せず、いつもの柔らかい表情だ。

 当然、この場でその話題が出る事は予測していたのだろう。


「ショウ・カズサワ准将と言いましたか。中々興味深い……いや、率直に言えば面白い戦いを見せて頂きましたよ」


 そう応じたのは先生だった。


「面白い……フッ、確かにそうだな。実戦の最中にあれほど心が躍ったのは初めての事だった」


 先生のインモラルな感想にカシーク提督も笑う。


「私には戦術レベルの戦いについて分析する能力はありませんが、あっさりとシュテファン星系を切り捨てると言う戦略レベルでの合理的な選択をあそこまで見事に戦術レベルにも適合させるとは正直戦慄を憶えましたね」


 そのまま先生とカシーク提督(二人合わせて戦略189!)が中心になって活発な軍事議論が始まった。


 ……ご飯食べながらする話だろうか?


 結構話は盛り上がっているけど、ショウ・カズサワとどういう関係なのかティーネに聞ける空気じゃないなあ。

 ティーネはあまり積極的に意見を出さず他の人の議論を見守っている。

 また別の機会を見付けた方がいいか。


「いや、失礼。話し過ぎましたね」


 議論がひと段落した所で先生がビールを開けた。


「いや、大変な参謀だな貴官は。俺の分艦隊の幕僚達にも一度話を聞かせたい物だ」


 カシーク提督も機嫌が良さそうに応じる。

 本当に機嫌良く会話しているのか、会話しながらお互いに腹の探り合いをしているのかはちょっと私には分からない。

 少なくともここまでの議論でティーネ達が銀河統一に関してどんなビジョンを持っているのかは、浮かび上がっては来ない。


「私もそろそろ一個艦隊の司令になるし、もう少し視野の広い参謀を持ちたい物ねえ」


 ジウナー提督は美味しそうにソーセージを頬張っている。

 こう見ているとただの優しそうなお姉さんにしか見えないんだけどなあ……


「二人も中将への昇進は確実でしたっけ」


「正式な辞令はまだだけどね。ティーネ様が大将になられた後で司令官に就任される方面艦隊の麾下になる予定よ」


 方面艦隊は数個の戦略機動艦隊で構成される戦闘単位だった。常設の艦隊としては最大単位で、これ以上の規模になると勅命によって臨時に編成され、戦略機動艦隊司令長官か副司令長官が直接指揮を執る帝国統合艦隊しかない。


 三個艦隊……戦略機動艦隊全体の六分の一を率いる事になるであろうティーネは戦略機動艦隊のNo.3に近い所にいる。


 そして私も中将への昇進は決まっていた。パパにねだって第四艦隊司令官の椅子を譲ってもらうのもほぼ決定事項だ(それでいいのか)。

 エアハルトと先生も一階級飛ばして大佐への昇進が決まっているが、クライスト提督だけはさすがに叛乱で降格になった手前、すぐさま元の階級へ復帰とは行かなかった。


「ヒルトも次は中将で一個艦隊の司令官ですね。せっかくだから正式に私の麾下へ、とも考えていたのですけど、さすがにそれは難しいみたいです」


 ティーネがあっけらかんとした口調で言った。


「そりゃあねえ……」


 第四艦隊が軍の編成上でティーネの下に付けば、政治的にはマールバッハ公爵家がティーネの傘下に加わった事になる。

 軍内、そして帝国全体の政治的なパワーバランスを考えても今の時点でそれは実現しがたいだろう。そんな事したら次期皇帝はティーネだと軍部が認めたような物だ。

 仮にティーネが私の艦隊も麾下に欲しい、なんて公の場で言ったら色んな所を敵に回す事になる。


 と言うかほとんど門閥貴族に対する宣戦布告だ。


「フフッ、政治的なあれこれはさておき、あなたとあなたが指揮する艦隊は、是非とも戦力として私の下に来て欲しかったのですけどね」


 これはリップサービス……と言う訳では無いだろう。

 私本人の能力はさておき、私の幕僚達と、それを率いる私の事をそれだけ軍事的には評価してくれているんだろうなあ。


「ティーネの下でなら楽は出来そう、なんだけどね。この先の事を考えると私も楽ばかりしてる訳には行かないから」


「あまりこうやって親しく食事をする時間も取れなくなってしまうかもしれませんね。残念です」


「私のパパはさておき、他の門閥貴族達が私に期待しているのは、こんな風にあなたと私が仲良くする事じゃないからね。しばらくはその期待に応えて上げようと思うわ」


 私の言葉に、ティーネは頷いた。


 ヒルトの前世ではヒルト自身が牽引する形で帝国を二分する内乱が起きてしまうが、当然ヒルト一人の意思で内乱を起こせた訳ではない。

 すでに帝国門閥貴族達の中でティーネに対する反感は相当強まっていて、このままだと私が何もしなくてもそれはいずれ暴発するだろう。


 それが大規模な内乱になるのは絶対に阻止しなくてはいけない。内乱が引き起こす被害は単純な対外戦争による物を往々にして上回るのだ。

ただでさえ疲弊している帝国がこれ以上弱体化すれば、連盟との戦いの趨勢に関わりなく、人類は「真の敵」に対抗する力を大きく失う。


 私はこの先、上手く貴族側でも立ち回りながら彼らの暴発を抑え、出来る限り切り崩して行かなければならないだろう。

 そしてティーネも、いずれ門閥貴族達が暴発するのは予想しているようだった。

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