第五十九話 ”助けて”

 私の悲鳴に反応したカシーク提督が私を突き飛ばした。ほとんど同時にさっきまで私がいた空間にミクラーシュの蹴りが飛び、カシーク提督がそれを受ける事になる。


「ぬっ……!」


 カシーク提督は咄嗟に左手で防御したようだが、私にもはっきり分かるほど骨の折れる音がした。そのまま手を抑えてうずくまる。


 ミクラーシュの方は平然とした姿で首を鳴らしている。

 エアカーにぶつかられたと言うのに、ダメージが全く無いようにすら見えた。


「あ、ああっ……」


 私はしりもちをついてしまった。


 ぺたんと座り込んだ私に、ミクラーシュが相変わらず感情の見えない目を向けながら、一歩ずつ近付いて来る。


 そこで、ブラスターの発射音がした。ミクラーシュが赤い閃光に貫かれ、のけぞる。

 エアハルトがぼろぼろの体で、それでも一度落とした自分のブラスターを拾い、私の後ろに立っていた。


「まだだ」


 カシーク提督も片手でブラスターを抜くと、まだ立っているミクラーシュに対して立て続けに撃つ。


 二人から放たれた十数条の光が、ミクラーシュの頭や胸などを的確に何度も貫いた。

 その光景の生々しさに、私は思わず目を背けてしまう。


 やがて二人のブラスターがエネルギー切れを起こし、ブラスターに貫かれるまま、まるでボロ人形のように踊っていたミクラーシュは———

 しっかりと自分の足で地面を踏みしめると、やはり平然とした表情でこちらを向いた。


 その頭部を含めた全身にはいくつもブラスターによる傷が残っているが、まるでそれを意に介していないように見える。


「どういう事だ」


 さしものカシーク提督の声にも困惑と戦慄が混ざった。


「これだけ撃たれて、何故倒れん」


 逆に私は、その様子を見て、ある意味で納得していた。


 白兵120と言う人間の限界を超えた能力。

 そしてこのあり得ないような異常な耐久。


 彼は、単純に人間では無いのだ。


 五年後にこの世界へと侵攻してくる人では無い物。

 その尖兵が、人間の姿をして今私の前にいる。


「何者なんだ、お前は」


 エアハルトが呻いた。


 その質問に、意外にもミクラーシュが一度足を止め、口を開く。


「我らはフレイラム。虚空より来たりて貪り食うもの」


 その回答の意味を辛うじてとは言え理解出来たのは、恐らく私だけだっただろう。


 ミクラーシュはもうエアハルトの事もカシーク提督の事も意に介していないように、私だけを見て進んでくる。


「……お逃げ下さい、ヒルト様。逃げて、憲兵に連絡を」


 エアハルトが私の前に立った。


「……見上げた忠誠心だな。クソ、銀河を手にする歴史の過程に名を残すはずの俺が、こんな所で命を捨てるか」


 カシーク提督も自嘲気味にそう吐き捨てると立ち上がり、エアハルトの横に立つ。

 座り込んだままの私は、その二人の背中を見ながら。


「……けて」


 最初は、かすれた声しか出なかった。


「助けて!助けてよ!」


 突然大声でそう叫び出した私に、エアハルトやカシーク提督だけでなく、ミクラーシュも怪訝そうな表情をする。


「ねえ!?見てるんでしょ!?見守ってるって言ってたじゃない!困った事があったら呼び掛けろって言ってたじゃない!こんなのもう人間じゃどうしようもないよ!私、思い出したから……!自分が犯した罪が何だったのか分かったから……!もう今度は間違えないから……!自分の罪をちゃんと償うから……!だから、お願いだから、もう一度だけでいいから、私にエアハルトとやり直させる機会を頂戴……!もうあなたしかいないから……!」


 ひとしきり、恥も外聞もなく叫んだあと、私は一度言葉を切り、息を吸って、それからもう一度力の限り叫んだ。


「助けてロスヴァイゼ!」


 一陣の風が吹いた。


「……こういう時は、『呼ばれて飛び出て』、と言うのだったかな」


 その声は、当然のように聞こえてくる。


「……何?」


 ミクラーシュが視線を私から外し、上を見上げた。

 その方向にはこの公園の中で一際高い木が立っている。


「相談に乗ってやる、とは言ったが、助けてやる、とまで言った覚えはないのだがの」


 声は、その木のてっぺんから聞こえて来ていた。


「しかしまあ確かに普通ではない相手のようであるし、今回ばかりはやむを得んか。あそこまで悲痛に救いを求められれば無視するのも妾の沽券に関わるしの」


 木の上にいつの間にか立っていたのは、金髪で白い肌をして、その肌よりもさらに白い、一体どうやって体に繋ぎとめているのか分からない不思議な服でグラマラスな体を隠した、人間離れした美貌と気品を持つ女性。


 女神ロスヴァイゼが、相変わらず尊大でふてぶてしい表情で、私達を見下ろしていた。

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