第五十二話 人間、嫌な予感ほどよく当たる物だ
「今の話で何か分かりました?先生」
「私を諸葛亮か何かだと思っているのか、ヒルト。こんな曖昧な話だけで何か分かる訳ないだろう」
「龐統か郭嘉ぐらいには思ってますが……」
「どっちも早くに死ぬだろそれ!」
「確信は無いが何か嫌な可能性に思い当たった、と言う顔だな」
クライスト提督もだいぶ先生の事を良く分かって来たようだ。
「あくまで可能性だが……フレンツェン大佐が何らかの形でハーゲンベックでの叛乱を扇動していたとして、そこにどんな合理的な目的があるのだろうと考えてしまってな」
「えーっと……」
「君が今言ってたな。何故フレンツェンが飛ぶ鳥落とす勢いのエーベルス伯じゃなく自分に接近してきたのだろう、と。今ならまだしもあの時点ではさほど見るべき所も無い君の方にな」
「御しやすそうに見えたから、とか?」
「そうなるとフレンツェンの目的は軍人として栄達する事じゃなく、上官を操って何かをさせる事になる……さてこの二つを考慮した場合、導き出される最悪の結論は?」
「……大貴族を唆して帝国で叛乱を起こすために動いているって言うんですか?」
「最悪の想定だがね」
「フロイト少佐の最悪の想定は嫌になるぐらい当たるからな」
「それは褒めているのか皮肉なのかどっちだいクライスト提督」
先生が肩を竦めた。
「もしフレンツェンがハーゲンベックで反乱を扇動していたと言う証拠が見付かれば逮捕する事も出来るかも知れないが……クライスト提督、どう思う?」
「難しいだろう。本当にそう言う意図があったとしても、『思わぬ機会が来たので少し試してみれば上手く行きすぎた』、と言う程度の物だと思う。入念な準備などしていたとは考えにくいし、あの男は迂闊な証拠など残していないだろう」
「結局結論は同じ。今と同じように動きを注意して監視するしかない、か。だから口に出したくも無かったんだ」
「あるいはエーベルス伯にだけは懸念を伝えても良いかも知れませんね。真意はどうあれフレンツェン大佐がフライリヒート公爵家に付いたのであれば、潜在的にエーベルス伯にとっては政敵でしょう」
「そうね……曖昧な話だけど、ティーネになら話してもいいか」
エアハルトの提案に私は頷いた。
「ちょうどティーネから食事に誘われていたし、その事も軽く話してみようかな」
「ほう、次は彼女の方から君に接近して来たか」
先生が興味深そうな声を出した。
「そんな大層なもんじゃない……と思いたいんですけどね。食事と言ってもティーネの自宅の庭でのバーベキューですし。向こうはティーネ以外にコルネリア、カシーク提督とジウナー提督が来るみたいですけど、二人も来ます?」
もちろんエアハルトは来る前提だ。
「少し興味があるな、酒も出るだろうし行ってみようか」
先生が頷き、
「いや、自分は遠慮させて頂こう。何しろ本来は処刑の所を猶予されている身だ。あまり他の艦隊の人間の前で羽目を外す訳には行きますまい」
クライスト提督は首を横に振った。
そう言えばすっかり忘れてたけどこの人そう言う立場だった。
監視役の人間はとっくの昔に公爵家の威光で取り込んだし、多分前回の戦いの功績で正式に赦免される事になると思うけど……確かにもう少しは大人しくしていた方が無難かも知れない。
「じゃあ申し訳ないですが留守は任せますね、クライスト提督」
「ええ、有意義な会食に……いえ、楽しいバーベキューになる事を願っておりますよ」
敢えて言い直すとクライスト提督は微笑んだ。
翌日、私はエアハルトとエウフェミア先生を連れて、帝都にあるティーネの貴族屋敷に向かった。
ティーネは本人が望めば黒鷲宮に住んだり、自分の離宮を持つ事も出来るけれど、帝都では敢えて小さな屋敷で生活している。
使用人もおらず、同居しているコルネリアと二人で家事の一切を行っているらしい。
エアハルトの運転する
大柄で青白い顔をした軍人。遠巻きにティーネの屋敷を伺っているように見える。
その顔を見て私は思わず自分の身が竦むのが分かった。
知っている人間、である。
ミクラーシュ・ホトヴィー。
ヒルトの前世ではフレンツェンの部下として引き合わされ、主に諜報や暗殺などの仕事を行う事になる人間だ。
……ヒルトの命令で様々な汚れ仕事を行い、エアハルトとコルネリアの密会現場を抑え、最終的には激発したヒルトの意思で二人を直接殺す事にもなる、ある意味でヒルトの破滅を決定付ける事になる人間の一人だった。
自分の意見を表に出す事はほとんど無かったけれど、前世の傲慢不遜なヒルトすら時に気圧される事があるほどの冷徹な人間だ。
「ヒルト様、どうかされましたか?」
私が緊張したのが分かったのか、エアハルトが私の視線の先を追い、警戒したような様子を見せる。
「大丈夫……大丈夫よ」
「あの男が何か?」
「何でもないわ。気にしないで」
私はどうにか取り繕って首を横に振った。
別に私がやった事ではないとは言え、エアハルトの死に関するヒルトの記憶は特に生々しく、それが呼び起こされるだけで少し気が参ってしまう。
大丈夫、ここにいる理由は分からないけれど、今の時点では私とあの男は直接は何も関係が無いし、あの男がエアハルトに敵意を向ける理由も無いはずだ……
でも取り敢えずステは抜いておこう。
統率57 戦略24 政治19
運営25 情報83 機動5
攻撃7 防御17 陸戦80
空戦7 白兵120 魅力15
ん、んんん?
白兵120……?
確か人間の上限は100ってロスヴァイゼが言ってなかったっけ?
装備とかで限界突破するんだろうか?
けどそれならエアハルトとかだって武器の有無でステータスが変わらないとおかしいんだけど。
何かの見間違いかな、ともう一度確認しようとしたが、私の視線に気付いたのかミクラーシュは素早くその場を立ち去ってしまった。
「異常に隙の無い動きですね」
エアハルトはそれ以上私に対して詮索しようとはしなかったが、ミクラーシュに対しては警戒すべき対象として認識したようだった。
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