解明編
第五十一話 君らそんなに美少女提督が好きか
新たに派遣された駐留艦隊と交替し、約二十日の航行で私とティーネの艦隊は帝都に帰還した。
私もティーネも今回の戦いを決して戦勝と報告はしなかったけれど、それでも私達は凱旋提督として帝国の民衆の歓喜の声で迎えられた。
まあ相当な損害を出したとは言え当初の作戦目標は達成したんだし、今回の戦いの結果を勝利として喧伝したい帝国軍上層部の気持ちは分からなくはないけれど。
それにしたって二個艦隊がほとんど全滅と言っていいぐらいの損害を出したのにちょっと盛り上がり過ぎじゃないだろうか。
帝国では伝統的に支配層と被支配層に共通して英雄待望論が強い。
何しろ建国からして大帝アルフォンスと言う一人の英雄の力でほとんど成し遂げられたような国なのだ……仮にアルフォンス自身がこの評価を聞けば嫌そうな顔で否定するだろうけど。
帝室の一員とは言え元は平民で、若くカリスマ溢れる完璧美少女なティーネは大衆が求める英雄像としては理想的な存在だった。
これはまあヒルトの前世でもそうだったので意外でも無いのだけど、私が驚いたのは私もセットで英雄として祭り上げられた事だ。
官民問わず新聞やテレビはこぞって私達の活躍を並べて喧伝し、数多の取材の申し込みが殺到した。
君らそんなに美少女提督が好きか……好きなんだろうな。
さすがに伯爵や公爵令嬢に直接無粋な突撃をかまして来る命知らずのジャーナリストはいなかったから取材は全て広報部を通しての物で、そこまで私達の周囲は騒がしい事にはならなかったけれど。
ただ私に関しては報道の過熱ぶりが不自然なように感じる……ちゃんと戦況を追ってみれば私の功績はティーネに追随して行ったおかげだと分かりそうな物だけどな。
「どうも広報部が意図的に君の功績をやや過剰に持ち上げているようだな。もちろん広報部の独断じゃないだろう」
私と同じように感じていたらしいエウフェミア先生が肩を竦めながら言った。
取材対応を終え、メーヴェの艦隊司令部に戻った所である。
「私をティーネの対抗馬にしよう、と言う意図ですか」
今回の戦いで帝国軍は二個艦隊と大将二人を失うと言う大損害を受けた。
その敗北を覆い隠すためには軍首脳部は不本意でも反撃と星系占領を達成したティーネの功績を大々的に宣伝せざるを得ない。
それならせめて門閥貴族とのバランスを保つために私の方も持ち上げよう、という事か。
「今回のような結果を残されればエーベルス伯を大将に昇進させざるを得ない。彼女は皇帝陛下のお気に入りであるし、ひょっとしたら近々爵位も上がるかも知れないな。民衆の人気も目覚ましい物があるし、名実共に帝位継承レースのトップに立つ事になるだろう。君は彼女に反発する陣営の期待の星と言う訳だ」
「期待するのは勝手ですけど、私がそれに応えてあげる義理も無いですね」
「そりゃそうだがね。少なくとも今の所は君が期待に応える振りをしておくのは悪い手じゃないぞ。現状レースの最有力はエーベルス伯で君が対抗馬だが、三番人気やダークホースがいない訳じゃない。君が早々にレースから撤退表明をすればそれだけ他の候補を担ぎ上げるだけの余裕を反エーベルス派に与えてしまう」
「ギリギリまでティーネと八百長レースをやった後で梯子を外そう、って事ですか」
「それもある。もう一つ言えば君自身が皇帝になる可能性もなるべく残しておきたい。これは助言じゃあなく私の個人的な願望だがね」
先生の言葉に私は一瞬黙り込んだ。
「ティーネを次期皇帝として担ぎ上げる事にだけに全力で集中する、と言うのには先生は反対ですか?」
「反対するのならはっきりそう言うさ。今の所その方針に反対するだけの明確な根拠はない。だが私の中の勘が何となくささやいている。帝国……いや、銀河の未来をエーベルス伯一人に丸投げしてはダメだ、とね」
「勘って言われても」
「だからそんなに深刻に受け取るなよ。これは君の幕僚としての意見じゃない。君の先生、あるいは一人の友人としてのいい加減な発言さ。忘れてくれたって構わない」
そう言われてもなあ。
戦略98の人間が真顔で言う事を聞き流せるほど私の神経は太くない。
勘、と言うのは無責任な言葉である一方で、それを発する人間によっては嫌になるほど重みを持つ言葉だった。
実際、私がこの体制で生き残る事を目指すだけだったら、積極的に動かず、ひたすらティーネに媚びを売っていればいいんだろうけど……五年後には「本当の危機」が来る事を聞かされてるからなあ。
「ところでヒルト様」
私と先生の会話が終わるのを待っていたかのように次はエアハルトが口を開いた。
「あのフレンツェン大佐の事ですが、結局、統合参謀総監部作戦課に配属が決まったようです」
「ん?ああ、栄転じゃない。まあいかにも参謀って感じだったし順当な所ね」
そう言えば動向に気を遣っておいて、って頼んでたな。
「それがどうも事前にフライリヒート公爵家に接触していたようで、その人事にも公爵家からの推薦があったようなのです」
「ふうん?」
フライリヒート公爵家は帝国においてはウチと並ぶ名門貴族だ。
当代の公女は私と同列の帝位継承権持ちで、先生が言っていた帝位継承レースの三番手である。
なので本来はマールバッハ家とは政敵なのだけど、ヒルトの前世では躍進するティーネの勢力に危機感を抱き、ちょうど今当たりの時期から手を組み対抗し始める事になる。
今回は私がティーネに食らい付いて行っているように見えるので大貴族達の危機感はそれほどでもないけど……そこにあのフレンツェンが接触した、と言うのは気になるなあ。
「フレンツェン、だと?」
名前が聞こえたのかクライスト提督がこちらを向いた。
「そう言えばクライスト提督はハーゲンベック家ではフレンツェン大佐の同僚でしたね」
「ええ。顧問として艦隊運営に関して助言を行っていましたが、閣下があの男をご存知だったとは」
クライスト提督の口調は友好的な物では無かった。
「私が少将に昇進した頃に自分を売り込みに来たのよ。態度が悪かったから振っちゃったけどね。ハーゲンベックではどんな仕事ぶりだったの?」
「参謀としては相当に優秀でしたな。ハーゲンベック私設艦隊は人材が揃っているとは言い難かったですが、そこを差し引いても群を抜いていました。ただ、陰気な男で部下にも同僚にも嫌われていましたな。たまに見事な巧言を弄するので上官受けは良かったのですが」
「クライスト提督との関係は?」
「ほとんど関わろうとしませんでしたよ、互いに」
絶対にクライスト提督が嫌いなタイプだろうしな……フレンツェン。
「これは確信がある訳ではないのですが」
クライスト提督が険しい顔になった。
「あの叛乱、裏でフレンツェン大佐が扇動していた、と言う噂がありました」
おいおいおいおい。
「そんな重大情報をどうして今更……」
「言われた通り確信が無かったから、でしょう。クライスト提督は確信も無く他者を貶めるような事を軽々と口に出される方ではありません」
思わず詰問するような口調になり掛けた私をやんわりと止めるようにエアハルトが口を挟んだ。
まあそれはそうか。叛乱の扇動なんて冗談でも口に出せるような内容じゃないもんね。
「申し訳ありません。本当にただの噂だけでしたし、例え噂が事実であったとしても実際の所叛乱はほとんど偶発的に起こった物であるのは間違いないと思われます。きっかけがきっかけですし」
「おいおい何だが話が妙な方向に転んだな」
先生も口を挟んで来た。
「私はそのフレンツェンと言う人間の事は知らないが、ちょっと最初から事情を聞かせてくれないか?」
そう言われ、私とクライスト提督はそれぞれフレンツェンに付いて知っている事を改めて話した———もっともヒルトの前世の記憶に関しては説明しようがなかったのでその辺は当然省いたが。
話を聞き終えると先生がらしくもなく深刻な顔をする。
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