第四十九話 終幕-シュテファン星系会戦⑭

「ティーネ達の方は……」


 ようやく他所に目を向ける余裕を取り戻した私は戦況図を拡大した。


 私達の艦隊の右翼方面で、二つの艦隊が交戦している。

 それは、素人目に見ても異様な戦闘だった。


 双方の艦隊が一時も止まる事無く、複雑に陣形を変え続けながら、時にいくつにも分かれ、入り乱れて、また一つにまとまり、ぶつかり、離れると言う事を繰り返している。


 互いに相手の死角を衝く、あるいは分断し包囲するために、そして相手からのそれを避けるために、最適の動きを続けている結果だ、と言うのは私にも分かった。

 だが、数十万人と言う数の人間によって運用される、一千隻を超える艦隊をあそこまで緻密に、そして有機的に動かし続ける事が出来るのか。


 私は戦況図をリアル映像へと切り替えた。


 漆黒の宇宙と星々を背景にして、それとは別の無数の光点が縦横無尽に踊っている。

一見すると、まるでコンピューターによって計算し尽くされ演出された、一つの映像作品のような美しさだった。

 しかし実際には幾人かの天才が互いの動きを読み合いながら、全てを瞬時に判断して、一つ一つの動きをその場で生み出しているのだ。


 帝国側はカシーク提督とジウナー提督の分艦隊、そしてティーネ自身が率いる艦隊が互いに援護しながら激しい動きを続けているのに対し、連盟側は十個近い任務部隊が縦横無尽に動いてその攻撃を凌ぎ続け、時に反撃を試みている……だめだ、動きが複雑な上に激し過ぎて、私の理解力が及ばない。


「形容する言葉が浮かばないほどの戦いだな、双方」


 先生がぽつりと呟く。


「今まで自分の事を帝国軍の中でもそれなりに艦隊を動かす方だと思っていましたが……自惚れだったようです」


 クライスト提督もうめくような声を上げた。


 いや、あなた帝国軍の中でもかなり上位の方だとは思うんだけど。

 ただここに今揃ってる提督達がちょっとおかしいだけで。


「エアハルト」


「はい」


「あんたなら、あの戦いに加われる?」


「この艦隊では、無理です」


「はっきり言うわね」


 逆に率いる艦隊の練度が十分であればエアハルトにもあの域で戦う自信があると言う事だ。


 戦いはどちらが優勢なのかははっきりしない。恐らく艦隊全てをほとんどショウ・カズサワ一人が指揮している連盟艦隊の方が明らかに動きでは鈍い。しかしその鈍さをティーネが上手く衝いた、と思った時にはすでにそれをフォローしている任務部隊がいる。

 全体として動きの速さと鋭さで優るティーネ達を、先読みでショウ・カズサワがどうにか凌いでいるように思えた。


 代理として指揮を引き継いだばかりで決して艦隊の掌握も十分では無いだろうに、ティーネ達の艦隊と互角に戦うその読みの深さは戦慄するしかなかった。


 結果として、動きの激しさに比べて双方はまだ大きな損害を出していない。


「潮時ですな、そろそろ」


 カシーク提督が通信で呟いた。


「潮時?」


「ここまでで互いに結構なエネルギーも弾も消費している。相手からの追撃を防ぐ、と言う双方の最低限の目的は果たしたと言えるでしょう」


「あらぁ、舞踏会の時間はもう終わりぃ?今までで一番楽しかったのにぃ」


「連盟にこれほどの用兵家が埋もれていたとはな。全くこれだから戦乱の世と言う物は面白い」


 ジウナー提督とカシーク提督は強敵との戦いから生まれる高揚感を隠そうともしていなかった。

 ティーネとも通信は繋がっていたが、彼女は一人、一心不乱と言う様子で指揮をし続けている。ジウナー提督やカシーク提督と違って、この戦いを楽しんでいるような様子はあまり見えない。


 それは真剣や必死を通り越して、何か悲壮な物にさえ一瞬見えた。


 その様子に気付いたのか、カシーク提督は意外そうな顔をし、ジウナー提督は興味深そうな顔をする。


「ティーネ」


 私は声を掛けた。


「ヒルト。どうしました?」


 我に返ったようにティーネがこちらを見る。


「そろそろ潮時だって、カシーク提督とジウナー提督は言ってるよ。私も、そう思う」


「そう……そう、ですね。もう十分でしょうか。ヒルト、艦隊を前進させてもらえますか」


「うん」


 私が艦隊を前進させると、それに応じるように一度下がったアンブリス、クオゥーク両任務部隊も前進してくる。しかしぶつかり合う事はせず、向き合った。

 それでまるで互いに示し合わせたように、帝国第七艦隊と連盟第三艦隊は呼吸を合わせて戦闘を切り上げ、同時に後ろに下がった。


 ここで追撃を掛ければ、双方の残る味方が参戦して来て泥沼の乱戦になってしまう———ティーネもショウ・カズサワも互いに相手がそれを分かっていて、そしてそれを望んでいない、と知っているかのような動きだった。


「連盟艦隊及び司令官代理ショウ・カズサワ准将に告げます」


 ティーネがここで初めてオープン通信を自ら開いた。


「私は神聖ルッジイタ帝国軍中将クレメンティーネ・フォン・エーベルス伯爵。貴官と貴艦隊の知略と勇戦に敬意を表します。これ以上の戦闘継続は双方戦略的に無意味と判断します。願わくばいずれ再戦での決着を」


 ティーネの口調はどこまでも堂々とした軍人その物で、その言葉の裏にどんな感情が込められていたのか、私には分からなかった。


「連盟艦隊から電文で返答がありました。この戦場での戦闘の終了を了承する内容です」


 エアハルトが報告してくる。


 同じくその報告を受けたティーネがわずかに俯いて唇を噛むような動作をしたのを私は見逃さなかった。


 二人の関係がどう言う物なのか良く知らないし、今のあなたの事情も分からないけど……オープン通信じゃなくて機械的な電文で返答したのは取り敢えず何かダメだったんじゃないかなあ、カズサワさん!?


 そして連盟艦隊ゆっくりと退き始めた。


「ふう」


 私は息を吐いて自分のシートに座り込んだ。

 いつのまに立ち上がっていたのか。それにも気付かないほどに気が昂っていたらしい。


 勝てた……とはとても言えないが、ひとまず生き残る事は出来たらしい。


「気を抜くのはまだ早いぞ、ヒルト」


 エウフェミア先生が少しだけ険しい声で言った。


「え?」


「何しろこれだけの損害を出したんだ、やる事は多い。ひとまず壊滅した第三艦隊と第六艦隊の生存者を探して回らなければいけないとな。連盟艦隊も生存者の救出を始めたようだ」


 ああ、と私は一度気を抜いた自分の愚かさを嘆いた。


 航行能力を失って宙域に漂っている艦の中の生存者や、乗艦が爆発する前に小型艇で脱出した人間、そして艦が爆散した時に運良く宇宙服を着て生きたまま放り出された人間はいくらでもいるだろう。

 そんな風に乗艦を失った時に生き延びた兵士でも、その後、自分から友軍に合流したり、真空空間で長時間生存する事が出来るだけの装備を整えている割合は低い。

 広大な宇宙空間で生存者を見付け、回収するのは大変な作業だ。とても労力に見合っただけの成果を上げられるとは思えない。


 それでも宇宙空間で戦闘が起こった後は、出来る限り生存者を探索し、救出するのがこの世界の慣例だった。その時は、両軍ともに決して攻撃を仕掛けない事が、交戦協定でも堅く定められている。


 自分が宇宙空間をさまよう立場になった時、最後まで救助が現れるかも知れないと言う希望を失いたくない……その思いは帝国連盟問わず、両軍の宇宙で戦う将兵ほとんど全てに共通する物のようだ。


「そう……そう、ね。一人でも多くの生存者を助けましょう」


 真空に一人放り出されてじわじわと追い詰められていく恐怖。頭に昇ったそれをどうにか振り払い、私は声を励ますとそう命じた。

 私の言葉に、先生だけでなくエアハルトとクライスト提督も力強く頷いた。

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