第四十八話 孫子曰く、囲師必闕…と言う訳でもない何か-シュテファン星系会戦⑬

「クライスト提督、恐縮ですが空戦隊の指揮をお願い出来ますか。空戦隊の大部分を統一した指揮の元に運用します」


「良かろう」


 空戦指揮能力に関してはエアハルトはクライスト提督に劣る。と言うかクライスト提督が空戦に関して達人レベル過ぎるのだが、エアハルトはそれをちゃんと把握しているようだった。


 そこからのエアハルトの艦隊指揮は巧緻を極めた。


 エアハルトは精鋭で連盟艦隊の攻撃に対抗する事をせず、むしろ脆弱な部隊を前面に配置する事で、敢えてアンブリス任務部隊に隊列を突破させた。

 それは方向も深さもタイミングも完全にエアハルトが意図していた通りの突破だった。


 敵の強力な攻撃を防ぐのではなく、味方の配置に敢えて脆弱な部分を作る事でその攻撃の方向を誘導する……ロベルティナ・アンブリスが極端な攻撃型の猛将である事は間違いないけれど、彼女以外の提督であっても大半はこの罠に引き込まれたかもしれない。


 そして連盟艦隊が突破した先にエアハルトは一度下げた精鋭を再配置し、十字砲火の構えを取って待ち構えていたのである。


「全艦隊、斉射!」


 エアハルトの短い命令が飛び、徹底的に集中された猛烈な砲火が突撃の勢いによって縦に伸びたアンブリス任務部隊を分断するように切り裂いた。


 そこにさらにクライスト提督の元で統率された合計数千機の空戦隊が襲い掛る。


 エーテルを推進力とするエーテルエンジンは一定の大きさを必要とするため、小型の戦闘艇やミサイルは従来通り推進剤の残量によって航続距離を縛られる事になる。

 そのため宇宙戦闘では地上の空母戦と逆に、砲火を潜り抜けてシールドの死角から攻撃を敵艦に叩き付ける空戦隊は、近距離戦で有用な攻撃手段だった。


 軽装備で機動力に優れる小型制空用戦闘艇シュテルンシュヌッペとやや鈍重ながら重装備を誇る小型対艦攻撃艇コメート―――軍事専門家以外からはだいたい分かりやすく宇宙戦闘機と宇宙爆撃機と呼ばれる———が連携しながら砲撃で崩された連盟艦隊の陣形を侵食していく。


 無論、連盟側ではシュテルンシュヌッペとほぼ同等の性能を誇る宇宙戦闘機コスモヴァイパーが制空に当たっているが、数はやや少ない。


 制空戦闘機は艦隊機動に随伴しなくてはいけないが、推進剤の限界で定期的に補給に戻らなくはいけない。そしてアンブリス任務部隊は艦隊機動が激し過ぎるため、制空戦闘機の展開が追い付き切っていない———それによって生じた隙をエアハルトは的確に付いている。


 連盟艦隊の大型艦にビームやレールガンが降り注ぎ、短時間で限界を迎えたシールドが突破されその装甲を砕いて無力化した所に、トドメとばかりに生き残った小型艦に対しては空戦隊が襲い掛かり、弱体化した対空砲火をかいくぐって存分にそれを蹂躙する。


 クウォーク任務部隊が掩護に入ろうとするが、エアハルトが緻密な戦術指揮の元に敵に集中した攻撃力の質と量は、それを許さないほどの短期間でアンブリス任務部隊の隊列を崩壊させて、大打撃を与えていた。


 私はぶるりと震えた。

 それは戦闘の恐怖からだけではなかった。


 爆発の度に生じる死者を痛ましいと思う一方で、戦術のゲーム的な面での駆け引きに勝利し、目の前で多大な戦果が挙がっている事に興奮している自分が確かにそこにいた。


 ロベルティナ・アンブリスは後退する時も勇敢だった。


 陣形を整え直す事も逆進して後退する事もせず、そのまま艦隊の大部分の進行方向を変え、敵の目前に艦隊の側面をさらけ出しながら激しい反撃を加えつつ艦隊をUターンさせる———しかも一度分断された自身がいる先頭集団はその場に留まったまま!


 そしてクウォーク任務部隊は防空陣形を作り、戦闘機でアンブリス任務部隊の制空を守りながら、穴を塞ぐのではなく、アンブリス任務部隊と帝国艦隊との間に割り込もうとしていた。


「大した指揮官だ」


 クライスト提督が短く呟いた。ジェームズ・クウォークもここぞと言う時は自身が死地に立つ事を全く恐れていない。その上でそれを最大限に生かしながら崩壊しかけた友軍のために的確な戦術指揮を執り続けている。

 そしてそのまま殿を務める態勢だった。


「完全包囲を試みますか?アンブリス任務部隊の方は無理でも、クウォーク任務部隊の方であれば逃がさず捕らえられるかも知れませんが」


 エアハルトが尋ねて来た。

 一度突破された前衛の艦隊達を再配置して残った敵の退路を塞ぐ。恐らくエアハルトの指揮ならそれを無慈悲なまでの完璧さでやってのけるだろう。


 私はしばらく戦況図を見やったまま首を横に振った。


「やめときましょ。どうせ敵はもう連戦で限界に近いだろうし、ここで仕切り直せば多分これ以上は仕掛けて来ないでしょう。うっかり友軍を包囲なんてしたらあの狂戦士がどんな勢いで反撃してくるか分からないしね。このまま敵に合わせて少しずつ後退しましょう」


「はい」


 エアハルトは反論せず意外そうな顔を見せず、頷いた。クライスト提督は少しだけ拍子抜けと言う感じの顔をしている。


「囲師必闕、かい」


 先生が尋ねて来た。


「まあ、その」


 私は自分でも分かるほど歯切れ悪く呟いた。


 何となく想像が付いたのだ。


 ヒルトは前世ではこの戦いには参加していなかったのだから、この場には本来エアハルトもいない。

 すると恐らく残存艦を率いて代わりにこの二人を相手にしたのはカシーク提督かジウナー提督で、これも恐らくだがその場合彼か彼女だかが最初から指揮を執った関係で、戦いはもう少し帝国側の優勢に進んだのではないか。


 ヒルトの前世の記憶にジェームズ・クウォークの名前が全く残っていないのは、彼がここで同じようにロベルティナ・アンブリスの任務部隊を守って殿を務め、戦死したからだろう、と。


「生き残って階級を上げて来れば次に戦場で会う時はますます厄介な敵になるかも知れないぞ」


 先生が私とエアハルトだけに聞こえるように言った。


 うん、まあ、ばれるよな。

 優秀な人材は敵であってもなるべく死なせたくない、と思って私がこれ以上の攻撃を控えたのは。


 いずれ現れる真の脅威とやらに対抗するためには連盟の人間であってもなるべく優秀な人材は死なせないようにしたいのが辛い所だ……この次にはその生き残った人材が優秀な味方や私自身の死因になるかも知れないと言うのに。


 次に現れる時も厄介な敵かもしれないが、最後は頼りになる味方になっているかも知れない……と言ってもまだ誰にも分かってもらえないだろう。


「ま、あの潔さは一度だけは、とは私も思ったがね」


 私が返答に窮しているのを見て取ったのか、先生はそれ以上問い詰めようとはしなかった。


「覚えてるっスー!」


 そんな私の苦悩など知る由もなく、極めて低レベルな捨て台詞を残してアンブリス任務部隊は後退し、それを見届けるようにしてクウォーク任務部隊も死地を脱した。

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