第四十七話 狂戦士と女神の盾-シュテファン星系会戦⑫

「あーっはっはっはっはっは!突撃!突撃!突撃ぃ!」


 相変わらずオープン通信で元気良く叫びながら、これも予想通り、ロベルティナ・アンブリスの旗艦「アデランテ」が陣頭で突っ込んで来た。


「怯むな!敵先頭集団に攻撃を集中させろ!向こうから当たりに来てくれるぞ!」


 クライスト提督も果敢に指揮を飛ばす。


「進むっス進むっス!敵の指揮官はしょせん家柄だけで提督になった貴族のお嬢様っス!どーせ苦労知らずで甘やかされて育った我儘娘で部下からも嫌われている見た目以外取り柄が無い口っスよ!私らの敵じゃないっス!」


 偏見だ!と言いたいけどヒルトに関してはほとんどあってるのが何とも言えない。

 敵味方に聞こえるオープン通信は、一つ間違えれば低レベルな戦場での罵り合いに発展する事もしばしばだ。

 ここは相手にせず大人な態度で無視しておこう……


「しかもさっきの映像見たっスか!?見た目だけしか取り柄が無いくせにまな板っスよ!完全に雑魚っス!」


「おっぱいの大きさは何も関係無いでしょ!」


 思わず大声で言い返してしまった。


 私だって好きでこんな貧乳になってる訳じゃないやい。


「おっと、恐れず自ら言い返して来る勇気があったっスか。そこは褒めてやるっス。しかし所詮貧乳は貧乳。そんな胸の指揮官の下で死ぬ兵が哀れっスね!」


「だから何も関係無いでしょ!兵士皆が指揮官のおっぱいの大きさを気にする変態じゃないわよ!それに言っとくけど私はこれからも成長するから!あんたなんかこの先ずーっとおっぱいだけ大きくてチビのアンバランスなままじゃない!」


「なっ!?」


「だいたい何なのさ、そのわざとらしい口調!作ってるのがバレバレなのよ!二十四にもなってそのキャラはきっついわよ!」


「い……言ってはならん事を……!」


 ロベルティナ・アンブリスは俯いてプルプルと肩を震わせた。


 フッ、勝った。

 いやそうじゃない。何をやってるんだ私は。


 先生は大爆笑し、クライスト提督は目を覆っている。

 エアハルトは無表情のままだが頬がわずかに震えている……笑いを堪えているのかな?


「者ども掛かるっス!あの生意気な小娘の首を掲げてこの戦いの勝利を飾るっスよ!」


 ユーリイ・ガガーリン以降、人類が宇宙に出てから一三〇〇年以上経った世界の宇宙戦争で発せられる言葉だろうか?これが……

 時代錯誤的な所が多々ある帝国軍にだってここまで古典的な鼓舞の言葉を叫ぶ提督は多分いないんじゃないかな。


 が、とにかくロベルティナ・アンブリスとその艦隊が攻撃力に関して尋常ならざる敵なのは確かだった。口げんかで勝った所で艦隊指揮に関してはとても私が叶う相手では無いだろう。

 引き続き相手はクライスト提督にしてもらうしかない。


「ええいっ、あのような相手に後れを取るな!……いや、敵の勢いに乗せられるな、引き続き突出した敵を叩け!」


 恐らく相手に合わせて思わず自分も時代掛かりそうになったのをどうにか制したクライスト提督は、迎撃の命令を続ける。


 クライスト提督もロベルティナ・アンブリスも、どちらも勇将型の提督だったけど、大胆さでロベルティナ・アンブリスに、柔軟さと巧緻さでクライスト提督に分があるようだった。

 私が見た所、総合してみればややクライスト提督の方が上と言った所か……決してさっきの口げんかを根に持っている訳でない。


 帝国軍に分が無かったのは艦隊の全体的な練度と統率、そして防御面でロベルティナ・アンブリスを補佐する存在である。


 アンブリス任務部隊の攻撃は単体で言えば無謀としか言いようが無い物だったが、それと連携するもう一つの部隊を考慮に入れれば、それは巧妙に計算された戦術指揮になった。

 無謀な攻撃の結果として手痛い反撃を受ければ、それによって生じた穴が致命的になる前にクウォーク任務部隊が前に出てそこを塞ぐ。


「あのクウォーク任務部隊の動きはアンブリス任務部隊とは対照的ですね」


 エアハルトが戦況図を眺めながら言った。事が戦術レベルとなれば、解説役は先生からエアハルトへと引き継がれる。


「最低限必要な時以外は決して前に出ず、攻勢に出ない。それによって徹底して艦船シールドの温存と回復に努めています。消極的に見えますが、あれは尋常ではありませんよ。艦隊が本来持ってしかるべきの攻撃精神を見事に抑え込んだまま士気を維持している」


狂戦士ベルセルガとそれを守る女神の盾エーギス、か。忌々しいまでにお似合いの二人じゃない」


 何にしろ、この二人が合わさった時の戦術能力は残念ながらも私の予想通りクライスト提督を凌ぐようだった。

 ……まあ攻撃100と防御100の組み合わせだものなあ。


 それに加えてやはり同じ残存艦をかき集めて補強した艦隊であっても、千二百隻を一人で統率するとの五百隻ずつを息の合った二人で統率するのでは後者の方が有利なのか、要所要所で味方の艦隊の動きは精彩を欠いた。そしてそのここぞと言う所にアンブリス艦隊は的確に食い付き、出血を強いて来る。


 第四艦隊第一分艦隊は、敵の強烈な攻撃を凌ぎ、逆に幾度も効果的な打撃を与えながらもそれをことごとく致命傷には出来ず、次第に追い詰められていっているように思えた。

 クライスト提督も数少ない自分の命令について行ける精鋭を前面に出して攻守両面で様々な指示を出しどうにか逆転を図っているけど、余裕はなさそうだ。


 どうしような、と私は思った。


 エアハルトに指揮を執らせれば、この窮地から脱せるのかも知れない。

 だけどいくらクライスト提督がエアハルトを評価しているからと言って、ここでいきなり私が「エアハルトに指揮を譲れ」とストレートに言ったら提督の面目を潰すんじゃないだろうか。


 何か上手い言い回しは……


「ベルガー少佐」


 などと私が考えているとクライスト提督がエアハルトに声を掛けた。


「はい」


「どうだ?貴官ならこの局面を打開できるか?」


「絶対に、とは言えませんがやらせて頂けるのなら」


「良し、閣下。一時的にベルガー少佐に艦隊に指揮を任せたいのですがよろしいでしょうか。遺憾ながらこの戦局は自分の手には余ります」


「え、でも」


 いいの?と尋ねかけたが、クライスト提督はそれを制し、頷いた。

 どうやらステータス以上に得難い人材だったらしい、この人は。


「良し、エアハルト。私が命じるわ。ここからクライスト提督に変わって指揮を執り、あの頭の軽そうなイノシシ女に痛い目を見せてやりなさい!」


「お任せを」


 終始控えめなエアハルトだけど、この時は彼らしくもなく力強い言葉で答えた。


 ……あ、ひょっとしてエアハルト、笑いを堪えてたんじゃなくて、ロベルティナ・アンブリス相手に相当怒ってた?


 そしてエアハルトがクライスト提督の代わりに指揮を執り始める。

 一介の少佐が一時的にでも一千を超える艦隊の指揮を直接執るような無茶が普通に通るのが帝国貴族艦隊のいい所……かどうかは分からないが、とにかく今はそれが私にはありがたかった。


「いい部下達を持っているじゃないか」


 先生が二人を見やりながら呟いた。

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