第四十六話 取り敢えず見なかった事にしよう、と彼女は言った-シュテファン星系会戦⑪

 連盟第三艦隊からオープン回線の通信が流れて来た。

 二十代半ばに見えるあまり特徴のない東洋系の男性が、これから艦隊司令に変わって自分が指揮を執る旨を語っている。


 ああ、遂に出て来たな、と私は思った。


 何となくそんな気はしていたけど、やっぱり第三艦隊の方にいたようだ。


 ショウ・カズサワ。

 後に連盟史上最高と言われるようになる用兵家にしてティーネの最大の宿敵。


 本人の能力はもちろんとして、カシーク提督やジウナー提督を始めとした綺羅星の如き配下を揃えるようになるティーネが、ついに明確に勝利する事が敵わなかったと言う卓越した戦略家にして戦術家。


 基本連盟側の人材には興味が薄かったヒルトでもはっきりその存在を意識している程の、この時代のもう一人の英雄。


 ティーネが銀河に現れた軍神だとしたら、彼はそれを唯一翻弄し得る銀河のトリックスターだった。


 私は怯え半分、期待半分でモニター越しに彼の能力を確認する。


 統率100 戦略100 政治75

 運営65 情報80 機動93

 攻撃98 防御99 陸戦50

 空戦74 白兵15 魅力81


 ……こまった、ちょっとかてない。


 統率100戦略100。

 艦隊指揮能力も僅差でティーネを超える。

 連盟最高どころか銀河最強の用兵家はここにいた。


 健康な成人男性でしかも正規の教育を受けたプロの軍人だろうに、白兵能力がティーネに負けてるどころか私と大差無いのはどう言う事なんだ、とも思ったけどまあそれは置いておこう。


 少なくとも当分はこれを敵にして戦わなくちゃいけないのか……と思うと背筋が寒くなる思いだ。

 取り敢えずこの戦場ではティーネとカシーク提督とジウナー提督に相手をしてもらおうそうしよう。


 神々の争いに人間は関わるべきでないのだ(現実逃避)。


 ヒルトの前世の通り、双方有力な提督に死者が出ないまま終わればいいのだけど……とにかくティーネの意見を聞いておくか、と思い彼女に通信を繋ぐ。


 てっきり突然姿を現した新たな敵将にさぞ興味津々の表情をしているのだろうな、と思っていたけど、ティーネは彼女らしくもなく何だかぼんやりとした、戸惑ったような、驚きと嬉しさと怒りが入り混じったような複雑な表情で、私との通信が繋がった事も気付いていないような様子で別のモニターを見詰めていた。


 何だろう、この顔は。


 例えるならまるで死んだと思っていた大切な友人が実は生きていてしかも戦場で敵として思わぬ再会をしたような……いや、これ例えになってないな多分。


 ティーネより十歳近く年上の男性。

 ティーネに軍事的思考の基礎を教え込んだ彼女の師匠で彼女が今でも勝てる気がしない相手。


 ……前世のヒルトが知る由も無かった大変な真実に気付いてしまった気がする。


 ……って、いやいやいや。

 そんな事ある?

 何で帝国出身のティーネの死んだはずの幼馴染が連盟で将官になってるの?

 帝国と連盟の間では公的には人の往来はほぼ無いはずなんだけど……


 ……良し。

 しばらく考え、私は決断を下した。


 取り敢えず今は忘れておこう、ティーネのこの顔は。特に具体的な証拠がある訳じゃないし。

 今下手に突っついたら藪蛇になりそうだ、うん。


「ティーネ」


 私はティーネに声を掛けた。それで初めてティーネは私との通信が繋がった事に気付いたようにこちらを見る。


「あ、ヒルト。失礼しました、少し考え込んでいまして」


「うん、突然の敵の指揮官の交代だものね。私もびっくりしたわ」


「何か敵に異変があったのでしょうか。敵旗艦に命中弾を与えたと言う報告は入っていませんが」


「第三艦隊参謀長を名乗っていたわね。もし今までの作戦を立案したのがあのカズサワって言う男だとしたら、少し面白い事になるかもね」


「ええ。随分と自信があるように見えますが、手腕の程を見せてもらいましょうか」


 ティーネは落ち着きを取り戻した様子でそう言うと、飲み物を手に取る。

 カップの蓋が開いていないまま飲もうとし、歯にぶつけている。


 ……あのー、ティーネさーん?大丈夫ですか?


 そんな事をしている間に前線の様子は変化を見せていた。

 今までカシーク提督とジウナー提督の動きに翻弄されるがままだった連盟の各任務部隊がそれぞれ明確な意思を持ったように動き出し、分断された陣形を逆用して二人の分艦隊を包囲するように動く。


 それを警戒した二人が一度合流してわずかに下がる動きを見せた隙に、連盟艦隊は瞬く間に陣形を整え直した。


 それだけでなく、その味方の陣形の中を縫うようにして後方に下がったアンブリス任務部隊とクウォーク任務部隊が連盟第五艦隊の残存艦を迅速にまとめて数百隻の艦隊を構成している!


「閣下、あの連盟艦隊の代理指揮官と言うのは尋常ではないようです」


 ただ事では無いのを見て取ったのか、クライスト提督が緊張した声で言った。


「指揮官が代わるだけであそこまで艦隊の動きも変わるとはね……エアハルトはどう見る?」


「本隊の方はこのままエーベルス伯の第七艦隊に任せるべきかと思います。ただ恐らく、あの再編された二つの任務部隊は我々の方に向けられるでしょう」


「でしょうね……逃げ出したい所だけど、さすがにあれを全部ティーネに任せる訳にも行かないか」


 ここまで正面をティーネ達に任せ、比較的安全な側面攻撃に徹していたけど、どうやらまともに戦わざるを得ないようだ。

 ショウ・カズサワの相手をしなくて済みそうなのは良さそうだけど……代わりに敵はあの攻撃100と防御100か……


 連盟軍ステカンスト多いな!?


 ティーネも一度仕切り直しと考えたのか、カシーク提督とジウナー提督をそのまま少し下げている。

 今度はティーネ自身も前面に出るようだ……ほんと大丈夫かな?


 そしてアンブリス任務部隊とクウォーク任務部隊は予想通り私達の方へと向かって来た。


「来るぞ、全艦隊隊列を整えろ。今までの敵とは違うぞ!」


 クライスト提督の命令が走る。

 数は合わせて約千隻。


「敵艦隊、間もなく射程!」


 オペレーターが叫ぶ。


「閣下」


 クライスト提督が私の方を見た。


 士気の面も考えて、ここは私が直接号令を掛けるべき、と判断したらしい。

 私が頷く。


「全艦隊砲門開け……目標、敵先頭集団!」


 こんな状況でどんな号令を掛ければいいかは、しっかり勉強し直していたのだ。


「敵艦隊、射程!」


「砲戦開始!」


 私の命令と共に、味方の艦が一斉にビームを発射する。

 同時に敵艦からも閃光が起こり、そして数百、数千とも思える数の光が宇宙空間で交差した。

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