第四十四話 先生の弱点-シュテファン星系会戦⑨
帝国第七艦隊の先鋒としてジウナー提督とカシーク提督が率いる二百五十隻ずつの分艦隊が猛然と突き進んでいく。
「フッ……見物ばかりで鬱憤が溜まっていた所だ。存分に暴れさせてもらおう」
司令官シートに座ったまま顎に手を当てるポーズで静かに指揮を執るカシーク提督は悔しいぐらい様になっていた。
それとは対照的にジウナー提督は立ち上がり、手を振りかざして指揮を執っている。
「ウフフフフ!さあ、遊びましょう!連盟艦隊ちゃん!私を捕まえてごらんなさあい!」
……ああ、そう言えばこの人、普段は温厚で優しいのに、戦闘になるとテンションがおかしくなる事で有名だったな。
良く見ると頬が若干上気していて、目も潤んでいる気がする……
この世にまともな女性提督はおらんのか。ヒルトも含めて。
相対的にティーネがだいぶ普通に見えて来たぞ。
不意を衝かれた連盟第五艦隊はそれでも先頭集団が迎撃しようとしたが、先頭を行くジウナー提督の艦隊が敵の射程に入る直前に進む方向を急速に変えた事で幻惑され、最初の斉射のタイミングを見誤り、後続のカシーク提督との十字砲火に突然晒される事になった。
「なるほど、背後から撃たれていた時はしっかり観察する余裕も無かったが、あの二人の艦隊運動は一線を画しているな……我々も続くぞ!敵の第二集団を右翼から叩く!」
ジウナー提督の奇行は完全に無視し、二人の指揮能力だけを的確に評価すると、クライスト提督は勇ましく命令を下した。
私の分艦隊は全ての指揮をクライスト提督に任せている。クライスト提督は敢えて艦隊をまとめて運用しようとはせず、付いて来られない艦は後続に残し、やや乱雑な陣形のままやや縦に伸びた連盟第五艦隊の右方向に食い付いた。
「正確な斉射などはいらん!とにかく各艦使える砲を迅速に敵に叩き込め!」
クライスト提督のシンプルで果敢な命令の元、私の分艦隊も機先を制して砲撃を開始し、敵の第二集団にも先制攻撃を浴びせる事に成功する。
そして敵が混乱から立ち直る前に後続の遅れていた艦が戦線に辿り着き、拙いまでも第二撃を放ち始める。
とにかく今はもう一つの連盟艦隊が合流してくる前に少しでも敵を減らさなくてはいけない。それを考えればこの状況でクライスト提督の指揮はこれ以上ないほどに的確だろう。
戦いはたちまち一方的な物になった。
連盟第五艦隊のみが相手であればこちらは数の上でずっと優位で、しかも完全に機先を制していた。
その上、ジウナー提督とカシーク提督の分艦隊の動きと連携は私の目から見ても尋常では無く、敵の混乱に乗じて易々とその陣形を切り崩していく。
そしてフィデッサー提督とマイ提督の任務部隊も含むティーネ率いる第七艦隊の本隊は後方からその切り裂かれた陣形の一つ一つを遠距離砲で撃ち抜いて行った。
ジウナー提督とカシーク提督が敵艦隊を分断し、それをティーネの本隊と私の分艦隊で挟み撃つ態勢になった。
この時代の艦隊同士の戦いは、基本的に防御側のシールドの死角を突くか、あるいはシールド能力を上回るだけの負荷を攻撃側がエネルギーと時間の面で与えられるかどうかで決まる。
大雑把に言えば一対一で撃ち合えばシールドが効力を失うのに一時間掛かる艦も、十対一で攻撃を受ければ六分で沈む事になる。
なので敵を分断する事、そして味方の火力は逆に集中する事が艦隊指揮のポイントになる。
ティーネはそれを残酷なまでに的確さで連盟第五艦隊相手に実践していた。
正直私としては連盟艦隊だってあまり沈めるのは本意では無いのだけど……ここは仕方ない。とにかく今は生き残って功績を立てる事だ。
もちろん、反撃も皆無ではない。果敢に陣頭指揮を執る私(と言うかクライスト提督)のメーヴェにも時折敵からの砲火が届く。
連盟戦艦が放った中性子ビームが艦橋へと真っ直ぐに突き進んでくる。
この程度の攻撃で、戦艦のシールドが破られる事は無い。それは分かっているのだけど、思わず悲鳴を上げ、顔を背けてしまいそうになる。
相変わらず私が怯える瞬間を見越したように添えられるエアハルトの手を握り返し、私はそれにどうにか耐えた。いくらお飾りの指揮官でも、あからさまに怯えれば士気に関わるだろう。
「ひゃっ!?」
何だか聞き覚えのある声で、その声に全く似つかわしくない悲鳴が聞こえた。
何事、と思ってそっちを見ると、エウフェミア先生が青ざめた顔をしてちょうど近くにいたクライスト提督にしがみついている。
えー……
そんな雷に怯える女子みたいな……
我に返ったような先生と目が合うとしばし気まずい沈黙が訪れた。
「な、何だい何だい!ちょっとびっくりしただけじゃないか!陣頭での実戦なんて初めての経験なんだから仕方ないだろ!」
顔を赤くした先生が目を逸らしながら言い訳するように叫んだ。
……ああ、そう言えばこの人、統合参謀総監部の後は士官学校教官に行ってたから、ほとんど実戦経験は無いのか。
今までずっと平然としてるように見えたけど、だいぶやせ我慢してたんだな……
いや、私に義理立てして、怖いのを我慢してちゃんと最前線までしっかり付いてきてくれた事に感謝しないと。
「取り合えず離してくれ、フロイト少佐。それと士官がこれぐらいの事でいちいち動揺を見せてはいかん。士気に関わる」
クライスト提督が真面目な顔のまま言った。
この面白い状況で一切顔がにやけないとかこの人凄いな。
「わ、分かっているよ!」
赤い顔のまま先生が自分のシートに戻る。可愛い。
「連盟第五艦隊旗艦チェルノボグ、被弾!後退していきます!」
その報告が入ると同時に、連盟第五艦隊ははっきりと崩れ始めた。
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