第四十三話 逆襲-シュテファン星系会戦⑧-連盟side-
残る帝国の第七艦隊と第四艦隊第一分艦隊は揚陸部隊を伴ってシュテファン・アイゼン付近に展開している。
速度と防御力に乏しい揚陸艦を引き連れたままでの艦隊戦はかなりの不利のはずだが、帝国艦隊は逃げる様子を見せなかった。
もっとも、今から逃げた所で相当数の揚陸艦を犠牲にせざるを得ないだろう。もし撤退する意思があるなら他の連盟艦隊が戦っている間に揚陸部隊だけでも星系外に逃がしているはずだ。
帝国軍側は未だに星系の占領を諦めていない、と言う事だろう。
「かと言って先に揚陸部隊を降ろしてしまうと艦隊が退くに退けない背水の陣になってしまっただろうし……うーん、難しい所だな」
ショウはどこか他人事のような様子で敵艦隊の布陣について考察していた。自分が敵の立場ならどう立ち回るか。
彼の軍事的思考はだいたいにしてまず万全を期す所から大抵始まっていた。取り敢えず逃げる事を一番に考える、と言い換えてもいい。
もし彼が帝国軍の指揮官の立場にあれば、さっさと惑星の占領は諦め、とにもかくにも揚陸部隊だけは逃がして艦隊の機動力を確保していただろう。
だからショウは敵の意図を微妙に測りかねていた。
「これはあの態勢で正面から戦ってなお勝つ自信がある、と言う事かな、単純に」
ショウは近くにいた情報士官に声を掛けた。
「えーっと……ホァン少佐」
「はい」
ショウと同年代であろう生真面目な顔をした東洋系の青年士官が返答する。
「あの艦隊と分艦隊の指揮官、どんな人間だったか分かるかい?」
「お待ちください……」
ホァンはしばらく自身の携帯端末を操作し、それから首を横に振った。
「どちらも年齢や階級以外に大した情報はありません。どちらも女性で十八歳と言う事は共通しております。第七艦隊の側の指揮官はエーベルス中将で帝国皇帝の縁者であるようです。第四艦隊分艦隊の指揮官はマールバッハ少将で帝国の大貴族マールバッハ公爵家の息女と言う事が分かっています」
「十八で中将と少将か、羨ましいね」
本心だった。ショウが帝国で彼女たちのような立場に生まれていれば、絶対に危険な前線などには出ないでのんびりその境遇を楽しむだけのダメ貴族になっただろう。
「戦歴は何かあるかい?」
「どちらも艦隊指揮官になったのはここ最近のようなので把握出来ている物はまだほとんどありません。エーベルス中将の方は以前に任務部隊指揮官として交戦した記録がありますが、詳しい事は分かりません」
「なるほど、ありがとう」
相手が十八歳の少女二人と言う事に対し、侮りも見せずただ分かっている事実だけを正確に報告するホァンにショウは少し好感を持った。彼からもたらされる情報は信用して良さそうだ。
しかし結局の所相手の指揮官の能力も性格も未知数と言う事だった。
帝国艦隊の戦力は第七艦隊が千五百隻、第四艦隊第一分艦隊が先に撃破した艦隊の残存艦も加えて千二百隻と言った所だった。その二つの艦隊が横並びになり、後方の揚陸艦を守ろうとしている。
こちらは二度の戦いで若干数を減らし、両艦隊を合わせて三千四百隻ほど。
「カズサワ、どう見る?」
メローが尋ねて来た。
「敵の第四艦隊第一分艦隊は残存艦の割合が高く、恐らく艦隊運用に支障があるでしょう。ゆっくりと前進して帝国第七艦隊に牽制しつつまず第四艦隊第一分艦隊を叩く事を目指すべきかと」
堅実で平凡な提案だった。メローは一応頷くが、納得はしていないようだ。
「どうだろう、我が艦隊を第七艦隊の側面へと向けて、第五艦隊に正面から攻めさせる事で一気に敵の主力を叩けないか?」
「側面への移動に時間が掛かります。その間に敵に各個撃破の機会を与えてしまうかもしれません」
「しかしあまり時間を掛ければ敵を逃がしてしまうかもしれん。まだ合流してくる敵の残存艦もいるだろうしな。後方の揚陸艦の事を考えれば敵は迅速には動けないだろう」
一見もっともではあるが本当にそうだろうか、とショウは心の中で思った。楽観的過ぎる、と言う以外に、敵の何かが引っ掛かっている。
「何かが引っ掛かっています。何がとは言えませんが」
結局言葉に出来なかったのでショウは素直にそれを口に出した。メローは今度は不快さよりも呆れが勝ったような苦笑気味の顔をする。
「それでは判断理由にはならないぞ、カズサワ。ベロノソフ中将も説得せねばならんし」
もっともだ、と思いカズサワは口を閉じた。
第五艦隊との間で通信がかわされ、第三艦隊は進路を左翼方向へと変えると帝国第七艦隊の側面を目指した。第五艦隊はそのまま前進する。
ショウはその戦況図の中の、帝国艦隊の布陣を注視していた。
自分は確実に何かを見落としている。何かごく当然の可能性を、先入観からあり得ないと思い込んでしまっている。
一つそれに気付けば、今の状況はとても良くない物に変わる気がするのだが……
「あ」
ショウが間の抜けた声を上げたのと、オペレーターが叫んだのはほとんど同時だった。
「敵両艦隊急速前進!後方の揚陸部隊を置き去りにする勢いで第五艦隊に突っ込んで行きます!」
「バカな!敵はあれだけの数の揚陸部隊を見捨てるつもりか!?」
メローが叫ぶ。
「ダミーです」
一度軍帽を取り、髪を掻きむしってからそれを被り直す動作をしながら、ショウは呟いた。
「何だと……」
「こっちがやった事を、そのままやり返されました。恐らく敵はすでに揚陸部隊の降下を終えています。宙域に残っているのは、ダミーバルーンでまるまる揚陸部隊を偽装した物です」
「バカな……」
こちらが仕掛けたトリックを、まさか同じ戦いの中ですぐさまそっくりそのままやり返して来るとは思っていなかった。
いや、その可能性をショウが全く考えていなかった訳では無かった。
そもそもこの状況で身軽さを確保するために揚陸部隊を降下させ、敢えて背水の陣を敷いてまで戦おうとする敵の積極的可能性を、ショウはどこかで真剣には考慮していなかったのだ。
「だからこそ、か」
敵はこれまでの戦いで自分の立てた作戦から立案者の心理的傾向を見抜いていたのかも知れない。
リスクを恐れない積極的で大胆な行動がこちらの意表を衝く事になる、と予想されていたのならそれは大当たりだった。
「とにかく、第五艦隊の援護に……」
メローがそう言い掛けた所でオペレーターが新たな叫び声を上げた。
「シュテファン・アイゼン上の敵揚陸部隊……いえ、これはダミーバルーンか!それが全て我が艦隊に突っ込んできます!」
「何だと!」
「数百個のダミーバルーンをブースターで一度に加速させたんでしょう。恐らく機雷もセットされていますね」
エーテルエンジンを使用しない既存のブースターでも短時間であればエーテル航法を行う事は出来る。この時代の艦隊戦でのミサイルや艦載機が接近戦用なのはそのためだった。
「各艦迎撃及び回避行動!」
メローが叫んだ。
これで艦隊が大きな損害を受ける事は無いだろう、とショウは思った。しかし当然、第五艦隊への救援はその分遅れる。
「やれやれ、本当にやり返されてしまったな」
顔色を変え、必死に命令を出すメローを横目にショウは呟いた。
その口調にはしてやられた事に対する動揺や怒りよりも、むしろそれをやった敵に対する賞賛と興味の色が濃く出ていた。
彼は自分の事を強敵との戦いを楽しむような軍事的ロマン主義とは程遠い人間だと思っていたが、それでも用兵家の常として、自身に戦争のゲーム的側面を楽しむ傾向がある事を否定する事は出来なかった。
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