第四十一話 迎撃準備-シュテファン星系会戦⑥

 連盟第三艦隊は全体としては動きは多分平凡なのだろうけど、この二人の指揮する任務部隊がとにかく良い動きして味方を引っ張るので、艦隊全部が精強に見えてしまう。


 アンブリス艦隊に猛追され、その状態のままでは戦闘も逃走も不可能と悟ったのか、シャーンバリ提督は覚悟を決めたように艦隊を二分した。

 艦隊の大部分を極端に細く小さくまとめ機雷源の突破を図り、残りを殿に残して敵を足止めする。


 シャーンバリ提督の旗艦ブロッケンはその殿のさらに最後方に位置していた。


 ……シャーンバリ提督が最後に見せた勇敢さと自己犠牲の精神、そして一度覚悟を決めてからの艦隊運用の手腕は誰にも否定する事は出来ないだろう。


 彼はアンブリス任務部隊を先頭に凄まじい勢いで猛襲してくる連盟第三艦隊を圧倒的寡兵で迎え撃ち、遂にその旗艦は最後まで退かないまま撃沈された。


 私は思わず敬礼しそうになってしまい、それを寸前で思い止まった。


 確かにシャーンバリ提督の最後は潔い物であったし、その戦いぶりでかなりの数の艦が窮地を逃れたのかも知れない。


 でも、あの人がこの作戦の司令官として正しい決断を下せていれば、味方の犠牲は最初からもっと少なく済んだはずなのだ。


 高級指揮官は潔く戦い、華々しく死ぬ事で全ての責任が取れる訳ではないし、ある指揮官が勇敢かどうか、自己犠牲的であったかどうかは、彼が軍事的に正しかったかどうかとは究極的には関係無いのだ。


 死んだ人の事を悪く言うつもりはないけれど、そこを間違えるとうっかり私も軍事ロマン主義に呑み込まれかねない。


 メーヴェの艦橋の中では感極まった様子で敬礼する人間もいたけど、エアハルトとクライスト提督は複雑そうな表情でその様子を眺めていたし、エウフェミア先生に至っては明らかに醒めた表情だった。


「当たっても嬉しくも無い予想の通り、第三艦隊も敗退したな。まあでも艦隊の四割ほどは残ったか」


「第三、第六艦隊の残存艦艇は第四艦隊第一分艦隊に合流するように通達して」


 あらかじめティーネと打ち合わせてそう決めていた。精鋭であるティーネの第七艦隊に統制を取るのが難しい残存戦力を組み込むよりも、私の分艦隊にまとめてしまった方がまだ全体としての動きは悪くならないだろう、と言う判断だ。


「これで敵が満足して退いてくれるのなら勝敗はさておきそれでひとまずは終わるんだけどね……先生、どう思います?」


「相手がこのまま初志貫徹するなら退くだろうな。そもそもこの敵の優位はこっちは星系の占領を目的にしているのに敵はそこから解き放たれていると言う作戦目標上の自由さから始まっている。ここで敵が欲を掻き、あらためて星系の完全確保まで目指そうとすれば敵は自分で作り出した作戦上の優位を放棄する事になる」


「ここまでの敵の動きを見ていて私も一つ気付いた事がありますよ、先生」


「ほう?」


「一連の作戦を考案した敵の司令官なり参謀がいるとして、その敵はとても慎重な、分の悪い賭けはしない人間です。今までの敵の作戦はどれも『当たったら儲けもの。失敗したら逃げればいい』と言う類の物でしたから。それにことごとく味方は引っ掛かってしまったんですけどね」


「中々いい気付きだぞ、それは。私も同意見だ。もし敵が最後までお利口ならこれで勝ち逃げするだろうな。少なくとも敵の作戦を立てている人間は今の所そう言う奴だ」


 あまり出来の良くない生徒が珍しく及第点以上の成績を取った時のような顔を先生はした。

 横で聞いているエアハルトも感心したような顔をしている……何か担任と副担任みたいだな。


「じゃあもし敵がこれで退かなかったら?」


「その場合は何かの理由があって彼だか彼女だかの作戦方針が最後まで貫かれなかった、と言う事になる。それは付け入る隙になるだろうな」


「ティーネはそこまで考えて?」


「さてね。そこまで私には分からんよ。ただ、見た目ほど分の悪くない賭けな気はする。私好みではないけどね」


「好みの問題ですか」


「好みの問題さ……いいかい、ヒルト」


 先生は笑いながらいつもの調子で彼女らしい格言に入る。


「戦争には多くの要素があるし、その中で軽視していい物なんて無いんだが、自分が頭がいいと思い込んでいる何かの専門家ほど、自分の得意分野に傾倒して戦争の中で最も重要である『人間』と言う要素を軽視どころか無視してしまいがちだ。全ての戦争のレベルにおいて実際に戦うのは戦略や戦術やドクトリンでも無ければ兵器でも無く、ましてや食料や医薬品や弾薬でも無く、最後は生きた人間なんだ。だから戦争は最後は不合理なものになるし、戦う兵士達や組織の集団的な傾向や、究極的には個人の性格にそのやり方は左右される。だから敵将がどんな人間か知る事は重要だし、私が実戦の名将になれない理由もそこさ。結局は向いていないんだよ、この理屈好きの性格が」


 私自身は名将になれる性格なのだろうか、と聞いてみたくなったが、それよりも早くティーネから作戦開始の通達が届いた。


「良し……これからティーネの作戦通り、敵艦隊の迎撃準備を始めます」


 私の号令に従い、クライスト提督が艦隊の指揮を始めた。

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