第四十話 狂戦士-シュテファン星系会戦⑤

「第三艦隊が転進を始めました。第六艦隊の救援は不可能と悟ったようです」


 二人のやり取りにエアハルトが少し笑い、それからその体勢のまま報告する。


「かなり近付いているわね。逃げ切れるかな」


「今のままであれば少し難しいと言う所ですがあるいは……」


 転進した第三艦隊がその動きを止めた。急に隊列が乱れ始める。


「あれは?」


「機雷のようですね」


「まさか、この広い宙域の中で、艦隊の進路にピンポイントで配置しておくなんて」


「第六艦隊が交戦を始めれば第三艦隊はすぐさま現在位置から転進してその場所を目指す。そして第六艦隊が敗走すれば残る友軍が存在するシュテファン・アイゼンに向けて進路を変える。艦隊が直線の最短経路で移動する、と仮定すれば両艦隊の位置を把握しておいて、後は第六艦隊との交戦開始のタイミングと完全に敗走させるタイミングを計っておけば第三艦隊の航路は誘導できる……言葉にすればこう言う事になるだろうが、恐ろしいほどの読み、だな」


 先生の解説はいつも通り冷静な物だったが、さすがに表情は若干引き攣っていた。


「戦いながら第六艦隊を追い込むタイミングまで計っていたって言うんですか?」


「私だってちょっと驚いてるんだ。そう食い気味になるな」


 機雷で進路を塞がれ、隊列を乱した第三艦隊に背後から連盟の二個艦隊が襲い掛かる。

 シャーンバリ提督はすぐさま反転の命令を下し、果敢に迎え撃とうとしたが、劣勢は最初から明らかだった。


 数で劣るとはいえ、それでも不意を衝かれた状況で無ければ恐らくある程度以上は戦えたであろう第三艦隊が、ほとんど一方的に連盟艦隊に切り裂かれ、ビームやレールキャノンの嵐に呑み込まれて行く。


 もう戦況図を見るのも辛かった。私は司令官席のコンソールを操作し、3Dディスプレイにこの宙域で流れるオープン通信を流す。


 艦隊への命令は当然暗号通信で行われるが、鼓舞や督戦、挑発はオープン通信で行われるのが常だった。それはあるいは無音の宇宙空間で戦い続ける精神的孤独への反抗なのかもしれない。


 連盟側は先に現れたのがイワン・ベロノソフ中将の第五艦隊で後から現れたのがヴァレリアン・メロー中将。

 困った事にヒルデは連盟側の天才がどっちの艦隊に所属してたかすら把握してないんだけど……とにかくライブ映像で相手の提督の顔を見れば能力は把握できる。


 ベロノソフ中将の能力は……


 統率77 戦略74 政治49

 運営35 情報53 機動71

 攻撃80 防御77 陸戦70

 空戦77 白兵72 魅力75


 さすが連盟の一個艦隊を預かるだけあって中々に優秀な戦闘力だった。

 外見は初老のひげを蓄えたいかにもそれっぽい提督である。


 メロー中将の方は……


 統率90 戦略71 政治87

 運営75 情報78 機動55

 攻撃65 防御78 陸戦57

 空戦67 白兵79 魅力89


 ……何か統率と魅力はとても高いけど、あまり艦隊指揮には向いてなさそうな能力だな……

 かと言って何が向いてるんだと言われれば困るけど……

 見た目は物凄くイケメンで堂々とした外見だけど、統率力と人望だけで何とかやっているタイプなのかな。


 とにかくこの両艦隊のどこかに幕僚として連盟側の天才がいるはず、と連盟艦隊から流れて来るオープン通信をチェックしていく。


「ほらほら進むっス進むっス、腰抜けども!敵を殺し!戦に勝って生き残り!帰っては酒を飲んで女を抱く!そんな男になりたくないっスか!?この私がアンタらを本物の男にしてやろうって言ってるんスよ!」


 何かヤバいのがいた。


 アニメ声優みたいな甘ったるい声での極めて品位に欠ける激励の言葉が私の耳に飛び込んで来る。


「下がるな避けるな目をつぶるなアホ共!飛んでくるのはただのビームとレールキャノンっス!別に汚いもんじゃないっスよ!」


 いや、ナポレオン時代の騎兵将校かよ。


 映像を見ると何かどう見ても私と同い年かそれ以下にしか見えないようなおっぱいだけはやたらでっかい大佐の階級を付けた小さい女の子が、顔を真っ赤にしながら凄い勢いで無茶苦茶な事を叫んでいる。


 何この子こわっ……と思って通信元を辿ると連盟第三艦隊の任務部隊の一つらしい。


 彼女の指揮する任務部隊はわずか五十隻ほどだが、それでも連盟第三艦隊の先頭に立ち、大暴れすると帝国第三艦隊を奥深くまでずたずたに切り裂いて行っている。

 その動きは大胆とか果敢と言うのを通り越し、控えめに言っても頭おかしい物だった。


 ステータスは……


 統率75 戦略69 政治5

 運営22 情報38 機動75

 攻撃100 防御54 陸戦74

 空戦88 白兵82 魅力74


 うわあ。


 クライスト提督をさらに極端にしたような攻撃力全振り。

 これはまともに相手をしちゃダメな奴だ。


 そう言えばこれより少し後で狂戦士ベルゼルガの異名で帝国に恐れられるようになる、ロベルティナ・アンブリスと言う二十代の女性提督が連盟に出て来たはずだけど……多分、いや確実にこの子だな。

 ……いや待ってこれで二十代なの?


 連盟には帝国と違って十代で佐官になれるような制度は無いはずだから当たり前と言えば当たり前だけどね。


「見事な物ですね。特に連盟第三艦隊の先頭に立つあの二つの任務部隊」


 私が再び戦況図に目をやったのを見て、エアハルトが呟く。


「二つ?」


 明らかに異常な動きをしている任務部隊が一個いるのは私にも分かるけど、もう一つあるのだろうか。


「一つの任務部隊が防御を顧みない突撃を繰り返す一方で、側面や後背から巧みにその支援をしている任務部隊がいます。ほら、今も」


 エアハルトが指で3Dディスプレイを指す。


 なるほど、言われてみれば推定アンブリス任務部隊が果敢に突っ込んだ所でそれを後から追い、残った周囲の敵に無防備な横や後ろから反撃を受けないように備えている任務部隊がいる。

 その部隊は派手な攻撃はしていないけど、味方の空隙を埋める艦隊運動の巧みさは見事なものだった。


「ふうん」


 オープン通信を解析し、その任務部隊からの通信を探す。アンブリス任務部隊からの物と比べれば圧倒的に頻度は低いけど、控えめで温和そうな顔をした青年がこれまた控えめに味方を鼓舞する映像が流れて来た。


 統率82 戦略81 政治71

 運営35 情報54 機動68

 攻撃70 防御100 陸戦81

 空戦71 白兵77 魅力79


 今度は防御100。

 最強の矛と最強の盾ですか。


 これは戦うとなったら苦労しそうだなあ……


「何で私の方が魅力が低いんっスか!?」と言う抗議の声がどっかから聞こえた気がしたが多分幻聴だろう。


「あの二つの任務部隊の指揮官、情報探せる?」


「少し待ってください……」


 エアハルトが自分の端末を操作すると、しばらくして二人の連盟軍人の情報を出してきた。


 ロベルティナ・アンブリス大佐とジェームズ・クウォーク大佐。


 どちらも二十四歳の若さで連盟では異例の出世を遂げている連盟軍のホープだった。

 でもクウォーク大佐の名前はヒルトの記憶の中に覚えが全然無いなあ……この能力だったらきっとこの先も目立った活躍をするだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る