第三十九話 将帥の資質-シュテファン星系会戦④
「で、何かこう今のこの戦局を一発逆転できるような策とかはないんですか先生」
「無い。と言うかエーベルス伯が提案した物がこの状況では最善だろう。それが却下されてしまった以上、後は多少の小細工と艦隊戦術レベルでどうにか凌ぐしかない。そうなると私が出来る事は無いよ。エアハルトとクライスト提督と後はエーベルス艦隊の実力に祈れ」
期待しながら聞いてみたが先生の返答は無情だった。
「優れた参謀を手に入れられたようですね、ヒルト」
ティーネがモニター越しに先生の方を見ながら言った。先生が肩をすくめる。
「だいぶ問題児だけどね。言っとくけど上げないわよ……それよりこれからどうするの、ティーネ」
「言葉は尽くしました。まずはお手並み拝見と行きましょう」
ティーネの言葉は一種冷淡だった。
ああ、この瞬間、彼女にとってアルブレヒト提督とシャーンバリ提督の艦隊は友軍ではなく観戦対象になったのだな、とはっきり分かり、私はぞくりとしてしまう。
信頼出来ない味方は最早味方と思わず切り捨てる、と言うその姿勢は多分軍人としても乱世の英雄としても正しい物だろうけど、私にはそこまで徹底する事は出来ない。
ひとまず今は私も彼女に切り捨てられないようにしないとな……
「第三艦隊と第六艦隊が敗退するとしても多少の時間は掛かるでしょう。私達はその貴重な時間を無駄にしないようにしたいですね」
ティーネの口調は完全に冷静さを取り戻していた。怖くある一方で、今はその冷静さがとても心強くもある。
「勝算、ありそうね」
「せいぜい負けを多少は取り戻せるか、と言う程度ですけどね。今の内に作戦を説明しておきましょう」
ティーネが簡潔に自分の作戦を説明する。
それを聞いて私は息を呑んだ。大胆過ぎる。失敗したらどうするのだろうか。
「大丈夫、上手く行きますよ。あなたの艦隊も協力してくれれば、ね」
私の内心の怯みを見て取ったように、ティーネが穏やかだけど自信に満ちた笑みを浮かべながら言った。
その圧倒的な魅力に思わず「は、はひ!」と返事して頷いてしまう。
私そんな気は全く無かったはずなんだけど、それでも何かに目覚めてしまいそう。
この魅力とカリスマも名将の素質だろうなあ……
それからいくつか細かい打ち合わせをし、ティーネとの通信は終わった。
「なるほど、確かに名将だよ」
先生が呟いた。
「大胆過ぎる策のように思えるが……行けると思うのか?フロイト少佐」
クライスト提督は肯定的とも否定的とも言えない反応だった。
「さあね。私もアイディアとしてはあったがリスクが高すぎる、と判断してそもそも口にも出さなかった策だった。それをあっさり実行へと踏み出せる決断が出来るのが私と実戦の名将との差なんだろうな」
「エアハルト、どう思う?」
私はエアハルトの方を見た。
「確かに大きなリスクはありますが、現状ではこれが最善の策かと思われます」
「もしティーネが言い出さなかったら、あんたが同じ策を発案した?」
私の質問にエアハルトは少しだけ躊躇った後「はい」と答えた。
「良し、この先は全部終わるまでティーネの作戦についてあれこれ言うのは禁止!何が起こっても私達の艦隊はこの戦いではあの子の手足になって戦うわよ!」
私の言葉に幕僚達が頷いた。
それは半ば私自身に向けた言葉でもある。この戦場でティーネは最後まで生き残って一定の戦果を挙げている、とは知っているのだけど、それでも完全に恐怖や不安を取り除く事は出来ない。
そうしている内に第六艦隊の戦列が崩壊し、敵の砲火はアルブレヒト提督の旗艦「スルーズ」にまで届くようになった。
恐怖に駆られたスルーズが逃走のために転進し、それが周囲の帝国軍艦隊に混乱を引き起こす。スルーズとその周囲の艦隊が背後から連盟軍の砲火に撃ち抜かれ、爆散するまでさほどの時間も掛からなかった。
「第六艦隊旗艦、スルーズ撃沈」
震えた声でオペレーターの報告が届く。
私は一瞬俯いた。吐き気がこみあげて来る。
宇宙空間で閃光がきらめくごとに数百人単位の兵士が死んでいる。でもそれとは別に、名前と顔を知っていて、会話をした人間が今まさに死んだ、と言う衝撃は強く私の心を打って来た。
短い付き合いではあるけれど、それでもティーネと違って私にはアルブレヒト提督やシャーンバリ提督をただの観戦対象と見做す事は出来ない。
「圧倒的ね」
それでも私は動揺を押し殺そうとし、そう呟いた。
第六艦隊が組織的な戦闘力を失ったのは明らかだった。敵の損害はそれと比べれば微々たるものに思える。
「二倍の兵力で、しかも不意を衝かれましたからね」
そう言いながら、エアハルトがシートのひじ掛けに乗せた私の右手にさりげなく自分の手を重ねて来る。
自分でも気付かなかったが、また手が震えていたらしい。
相変わらず気遣いがイケメン過ぎるよ……
「ごめん。司令なのに、情けないよね」
「いえ、ヒルト様らしいと思います」
そうかあ?と思ったけど、思えば元のヒルトも身内や味方と見なした人間に対してはとても情が深い人間ではあったな……敵とみなした相手や下々の人間の命には全く価値を見出さないだけで。
「戦争で人が死ぬ事に対して驚くほど敏感で誠実でそれを『仕方がない事』と割り切る事が出来ない。それでも戦場に立つ事を選び続ける。多分その性格は今の時点で君がほとんど唯一エーベルス伯に勝っている美点だよ。もっとも軍人としては美点どころか欠点になるかも知れないが」
先生も私の動揺に気付いていたようでそう言う。
「それでも私は戦死するならエーベルス伯より君の下での方がいいな。多少は天国に近い所で死ねそうだ」
「たまにはいい事を言う。しかし戦死する前提とは殊勝な事だな」
「もちろん一番いいのはそもそも部下を戦死させない指揮官だがね」
クライスト提督の指摘に対して先生は照れ隠しのようにそう付け足した。
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