第三十八話 戦略の形成-シュテファン星系会戦③

「すぐにシャーンバリ提督とアルブレヒト提督に連絡を!この宙域にもう一つ敵艦隊がいる!」


 私の命令はすぐに実行に移された。シャーンバリ提督はすぐに本人が通信に出る。同時にティーネも通信に参加したが、彼女は何も言わなかった。


 今までシャーンバリ提督に進言を退けられてきたティーネがさらに何か言っても反感を買うだけだ、と思ったのかも知れない。

 アルブレヒト提督は通信に出ない。多分戦闘指揮で精一杯なのだろう。


「惑星上に配置されているのはダミーだと……?」


 私の報告を聞き、シャーンバリ提督は一瞬怪訝そうな表情をした後、顔色を変えた。


「ではこの宙域にまだ所在の知れないもう一個艦隊が存在していると言う事では無いか!」


「すぐに第六艦隊に後退命令を出すべきです。いつもう一つの艦隊に後背を衝かれるか分かりません」


 シャーンバリ提督が俯いた。表情に暗い影が落ちている。ティーネの進言を退けた事を思い出しているのかもしれない。


「提督」


 私が声を掛ける。


「アルブレヒト提督を後退させつつ我が艦隊は合流を目指す。エーベルス提督とマールバッハ提督は直ちに降下準備を中止し、揚陸部隊を護衛しながら戦場へ移動せよ」


 了解、と私が頷こうとした時、急報が入った。


「第六艦隊の右側面に新たな敵艦隊!一個艦隊規模と思われます!」


 エアハルトの緊張した報告の声にクライスト提督は小さくうめき声を上げ、エウフェミア先生はポン、と自分の額を軍帽越しに叩いて頭を下げた。


「あの距離まで気付かれないとは。よほど入念にデブリやアステロイドに偽装していたな」


 先生の声には若干の賞賛の色が混ざっている。


 攻撃に躍起になり陣形の乱れていた第六艦隊があっさり崩れていく様子が戦況図に映し出される。連盟第五艦隊もそれを待っていたかのように呼応して反撃に転じていた。


「いかん。全艦最大戦速!第六艦隊を救うぞ!」


 シャーンバリ提督が叫ぶ。


「待ってください、もう間に合いません」


 私が口を開くよりも早く、ティーネが言った。


「何だと!?」


「今、第三艦隊だけで向かっても第六艦隊が戦闘力を失うまでには間に合わないでしょう。逆に敵の各個撃破の対象になる可能性が高いです。それよりもまず我々で合流し、態勢を立て直すべきです」


 シャーンバリ提督は何かを叫び掛け、それを飲み込んだ。


「そうかもしれん。だが今から向かえば間に合うかもしれん。もし間に合わなくてもその時は我が艦隊が後退すればいい」


「敵はこの宙域で我々を迎え撃つために入念な準備をしています。各個撃破のために更なる罠が仕組んであるかも知れません」


「そのような物を恐れて友軍を見捨てられるか!」


 今度はシャーンバリ提督も叫んだ。ティーネが俯く。


「私もエーベルス提督の意見に賛成です。これ以上戦力を分散すれば揚陸部隊も危険に晒されます」


 仕方ないので私もティーネに賛同した。

 正直小娘二人で説得した所で提督が意見を翻すとも思えないけど……


「もういい。貴官らは私の命令に従って貴官らの職務を果たせ」


 シャーンバリ提督は血色を失った顔で私達にそう言い放つと通信を切った。


「あの分からず屋!行っても負けるだけっていうのが分からないの!?」


 私は思わず大声でそう叫ぶと自分の軍帽を放り投げた。ティーネも最初は憮然とした表情をしていたが、私の反応を見て表情を苦笑へと切り替えた。


「シャーンバリ提督も君らの正しさは分かっているだろうさ。あれだけ言われて分からなければただのアホウだ。貴族艦隊ならまだしも中央艦隊の提督にそこまでのアホウはいない」


 相変わらず先生の表現は苛烈だった。


「じゃあどうしてこっちの話を聞いてくれないんですか」


「聞けば自分の過ちを認める事になる。そしてそれ以上の問題としてここで第六艦隊を見捨てれば門閥貴族との軋轢からアルブレヒト提督を見殺しにした、と言う批判を受けかねない。もう今の時点でシャーンバリ提督はほとんど詰んでいるんだよ。それを覆すためには例え可能性が低くても君達が間違っている方に賭けざるを得ない。彼個人の名誉と保身に限れば何とも合理的な決断じゃないか」


 私は絶句した。


 シャーンバリ提督の指揮下にある船は二千隻。総兵力は百二十万人に上る。

 それだけの数の人間を自分一人の名誉と地位を保つための分の悪い賭けに投じようと言うのだろうか。


「別に彼が特別に身勝手で利己的な人間と言う訳じゃない。長く続いた戦争は帝国軍と言う組織をそう言った物に変えてしまった。数百年で積み重なった多過ぎる犠牲は誰の責任も問う事が出来ない人命軽視の風潮を生み、手詰まりの戦況は明確な戦略構想が無いただ組織と個人の功績と名誉のために立案される作戦を生むようになり、肥大化し派閥化した組織は現場でですら戦局ではなく組織間のバランスと自分の保身を考えて行動を決める軍人を生み出す」


 先生が私の放り投げた帽子を拾う。


「いいかい、ヒルト。往々にして戦争での失敗と言うのは正しい戦略や戦術が立案されなかった事ではなく、正しい戦略や戦術が採用されなかった事で起こる。そしてある戦略や戦術が採用されるかどうかを決めるのはやはり多くの場合、個人の知性の問題ではなく、戦争を行う国家が背負う歴史や文化、宗教、信仰、経済、地理、組織構造などなんだ。以前君が言っていた通り、どんな偉大な戦略だってそれが実行されなければ意味が無い。君が今から戦わなければいけないものはそれだよ。私は一度匙を投げた」


 先生は私に帽子を被り直させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る