第三十七話 トリック-シュテファン星系会戦②

「そろそろ、我が艦隊と第七艦隊が出した偵察艇がシュテファン・アイゼン大気圏内の偵察行動に入ります」


 ティーネとの通信が終わるのを待っていたかのように、エアハルトが報告してきた。


「敵艦隊を有視界で確認出来るようになるまでの時間は?」


「何事も無ければ五時間ほど後には。もっとも敵の妨害がなければ、ですが」


 大気圏外であればエーテルの力を借りなくても秒速数十キロまで加速できる宇宙艦艇も、一度惑星の大気の中に入ってしまえば昔ながらのマッハの単位で移動しなければならない。宇宙空間であればほんの数分も掛からない距離を何時間も掛けて移動するのを待つのはもどかしかった。


 そして私達が偵察結果を待つ間にも、第三、第六艦隊は少しずつ索敵範囲を広げ、その結果としてそれぞれの艦隊は互いに離れて行っている。


 もちろんシャーンバリ提督もアルブレヒト提督も数の有利を捨てるつもりはないのか、比較的短時間で合流できる距離を保ってはいるけど、それは片方の艦隊が交戦に入った時、ある程度持ちこたえる事が出来る前提だ。


 そしてどちらの提督も、宙域に存在する敵艦隊は未だに一個艦隊だけだと疑っていないだろう。


 私はじっと戦況図を通して二つの艦隊の動きを見守った。


 クライスト提督もエアハルトもさすがに緊張した様子でそれぞれの仕事をしている。エウフェミア先生だけはすでに結果を予測しているのかあるいは単に開き直っているのか、いつもの吞気な表情のまま、自分の席で本を読んでいる。


 いや、あんたも仕事せえ。


 それから最初に入った報告は、第六艦隊からの「我、敵艦隊を発見せり」だった。


 メインスクリーンにリアルタイムで映し出される戦況図に、新たに敵艦隊を示す青色の艦船モデルが現れる。

 想定される規模は正規一個艦隊、約二千隻。


 私は軽く息を呑んだ。


 思えばこれが私にとって……そしてヒルトにとっても、初めてとなる連盟正規軍との戦いだ。

 艦隊の編成、訓練、人材の確保、人脈作り、準備のために使える時間は決して多くは無かったけど……それでも私が今まで準備して得て来た物はこの戦場で通用するのか。


「第六艦隊、敵艦隊と交戦に入りました。敵旗艦、『チェルノボグ』を確認……連盟第五艦隊と思われます」


 エアハルトが冷静な声で報告する。


 アルブレヒト提督は敵艦隊に遭遇した勢いそのままに、いきなり果敢に攻撃を仕掛けていた。陣形が乱れる事など意に介さないように、突撃を仕掛けている。


 犠牲を顧みない、決して洗練されたとは言えない戦い方だったが、それでもその攻撃は敵に乱戦と出血を強いていた。

 そしてシャーンバリ提督の第三艦隊も、進行方向と反対側で発生した戦いを目指し、転身すると猛然と突き進んでいる。


 アルブレヒト提督の第六艦隊はとにもかくにも敵を押してはいる。押し切れないまでも、逆に押される事はしばらくはないだろう。そこに第三艦隊が加われば敵に後退すら許さず、圧倒できるように思える。


 敵の戦力がこのままならば、だ。


「シャーンバリ提督。第六艦隊を少し下げて陣形を整えさせるべきです。あのままでは後退もおぼつきません」


 私よりも早く、ティーネが具申した。


「何を言っているのだ。粗いながらも敵に食らいついて放そうとしない中々あっぱれな戦いぶりでは無いか。今あの勢いを止めれば逆に敵から痛撃を受けるだろう。このまま我が艦隊が戦列に加われば敵を殲滅できる」


 シャーンバリ提督が不快げな声を出した。さすがに口には出さないが、ティーネがアルブレヒト提督の足を引っ張るつもりかと誤解したのかも知れない。


「ですがもし万一……」


 ティーネが内心の危惧を言葉にしようとした時、その危惧を現実化した報告は来た。


「シュテファン・アイゼンを偵察していた部隊より報告です……所定の座標に敵艦隊の姿は見えず……推定一千以上のダミーバルーンが存在するのみ、と」


 エアハルトが半ばそれを予見していたような、しかしそれでも十分に衝撃を受けた事が分かる口調で伝聞を読み上げた。


「一千を超えるダミーバルーンだと……しかも惑星上で……」


 クライスト提督がうめき声を上げた。


 この時代の艦艇の多くは熱やエネルギー、重力波を放つダミーバルーンを標準搭載している。

 しかしそれらはあくまで個艦単位の防御や回避行動のためで、それを使って一千隻を超える艦隊を丸々惑星上に偽造するのはどうやら常識外れらしかった。


「バカバカしい上に準備に相当な手間がかかるが上手くハマれば効果は絶大、か」


 エウフェミア先生が口笛を吹いた。


「歴史上、戦いを決するような奇策やトリックと言う物は概ね、既存の兵器や技術をより大胆に、より徹底的に、時にばかげた形で使用する事により達成される事が多い。事前にその可能性を否定する者達はいつも『そんな事が上手く行くわけがない。前例が無いからだ』と、口を揃えて言う。しかしそれらはまさに少なくとも彼が知る範囲では前例が無いからこそ上手く行くのさ……」


 先生の口調は半ば先生自身に言い聞かせているかのようだった。


「そして奇策やトリックはそれによって敵に生じる心理的動揺や空白を正確に予見し、それを適切に戦略や戦術に組み込んだ時、初めて戦いを決するほどの効力を生む。憶えておけよ、ヒルト」


 途中で我に返ったように私の方を見てそう付け足す。


「これで敵がこの作戦のために入念な準備をしていた事も確定しました……恐らく宙域にも何かあるでしょう」


 エアハルトが冷静さを取り戻した口調で言った。

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