第三十六話 才能の起原-シュテファン星系会戦①

 三個艦隊と一個分艦隊、そして揚陸部隊がシュテファン星系内に入り、それぞれ命令に応じて艦隊行動を始めた。


 第三、第六艦隊はシュテファン・アイゼンを中心にして同心円を描くように動きながら無人偵察機を散布する事で索敵を始め、第七艦隊と第四艦隊第一は揚陸艦隊を護衛して降下準備に入る。


「直接偵察が完了し、惑星上の敵兵力が完全に把握出来るまで降下は行えません」


 完璧な降下準備を終えた後、ティーネはそう主張し、惑星付近で不動の構えを取った。


「何を言っているか!偵察も何も惑星上の敵艦隊の所在は明らかであろう!」


「ですがまだ直接偵察で確認された訳ではありません。大規模な偽装の可能性も……」


「そんな事まで疑っていて戦いが出来るか!」


 激しい口調で批判するシャーンバリ提督に対し、それを取りなすようにアルブレヒト提督が間に入る。


「まあいいではないか、シャーンバリ提督。エーベルス伯もマールバッハ公爵令嬢も降下作戦には馴れておらぬ事だし、万全を期して慎重になるのは悪い事ではない。あまり早くに惑星制圧を終えてしまうと、宙域にいる残りの一個艦隊が逃げてしまうかもしれぬしな」


 もちろんアルブレヒト提督がティーネの味方をしてくれた訳ではなく、私が事前にさりげなく根回しをしておいたのだ。

 私の名前まで出されて同格の提督にやんわりと説かれてはシャーンバリ提督も決まりの悪い物があったのか、「ならば急いで偵察を終えろ」と吐き捨てると通信を切った。


「どうなる事でしょうね」


 アルブレヒト提督との通信も切れた後、ティーネが呟いた。


「全艦隊があなたの指揮下にあったら、どう動かしてた?ティーネ」


「敵がこの星系を放棄する意思の時点でこちらの不利……と言うより敵に負けはほぼありませんからね。さっさと惑星だけ占領して残る二個艦隊は動かさず守りを固め、まずはその功績で満足します」


「なるほど」


 こちらにイニシアチブが無い事を悟ったら無理をせず目標を現実的な物に修正する。これも名将の条件って物かしら。


「もちろんその場合でも、敵が向かって来てくれる事を願いますけどね」


 ティーネが微笑んだ。その眼の光に一瞬物凄く猛々しい物が宿る。


 ああ、この子内心、自分にイニシアチブが無い事に凄く苛立ってるな……


 常に冷静で穏やかそうに見えて、この子の本質は凄まじいプライドと覇気と闘争心の塊なのだ。

 そして我こそ銀河の主人公、と思い込んでいる節があるっぽいのは、実はヒルトと同じである……彼女の場合、それに伴った才能と実力を実際に有している所がヒルトとは決定的に違うのだけど。


 もちろんそんな人間でなければ帝国を半ば武力統一する形でまとめ上げて最高権力者になるなんて事は出来なかっただろうけど……私がこの子に銀河の命運を託す事について一抹の不安を感じる理由はそこにもある。


「どうかされました?」


 私の不安を感じ取ったのか、ティーネがそう尋ねて来た。


「ううん、ティーネのその才能の始まりは何なのかな、って少し思っただけ。ほんの数年前までは、言っちゃあ悪いけどただの平民で軍事に関わる機会なんて無かったはずだよね?」


 私は内面の不安を悟られないように咄嗟にそんな話をした。


 私がそう尋ねると、ティーネは一瞬意表を衝かれたような顔をし、それから意外なほど穏やかな顔を見せた。


「私を軍事面で目覚めさせたきっかけがあるとすれば、それは幼少時の一人の友人でしょうね」


「へえ?」


「彼は私より十歳近く年上でしたが、近所に同年代の友人がいなかったので、良く共に遊んでいました。歴史や戦争に深い造詣を持つ人で、共にする遊びと言えば歴史や戦争を題材にしたコンピューターゲームやボードゲームばかり。幼い頃の私にはまだ難しい遊びでしたが、それでも彼との日々は楽しく過ごせませたね」


 それは普通に羨ましい。

 私にもそんなマイノリティな趣味に付き合ってくれる幼友達が欲しかった……


 ティーネの口調も表情も瞳も、まるで自分の子どもの頃の大切な宝物に付いて語っているかのようだった。


「私は幼いながら彼から多くの事を学びましたが、結局軍事に関しては最後まで彼に勝てる気はしませんでした。多分、今の私でも及んでいないでしょう。私の師と言ってもいい人ですよ」


 そんな恐ろしい人間がおったのか……


「その人は、今は?」


「亡くなりましたよ。戦争に巻き込まれて」


 ティーネは穏やかな表情と口調のまま答えた。


「ごめん」


「気にしないで下さい。もう随分前の話です」


 ティーネが首を横に振る。


「私は彼から戦争と言う物を学び、そして彼との別れから戦争と向き合う事を選んだ。少々大仰な言葉になりますが、そう言う事になるでしょうか」


 うーん、重い。

 前世ではほとんど知る由も無かったティーネのプライベートに随分触れられた気がするぜ。


「戦いの前に、変な話をしてしまいましたね、すみません」


 我に返ったような顔をしてティーネが謝った。


「変な話、では無かったと思うよ。驚きはしたけど」


「こんな話は、ジウナー提督やカシーク提督相手にもした事は無かったのですけどね。何故かあなた相手には話したくなってしまいました」


「また戦いが終わったらゆっくり続きを聞かせて欲しいな。私もティーネと話したい事がまだまだたくさんあるし」


「ええ。まずはこの戦いを無事乗り越えましょう」


 それでティーネからの通信は終わった。


「いい子なんだけどなあ……」


 私は司令官シートの上で一人そう呟いた。

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