第三十四話 不穏な空気

 第七艦隊と合流後、さらに十日。

 私とティーネの艦隊は帝国軍の第三艦隊、第六艦隊とシュテファン星系近辺のエーテル宙域で合流した。


 三個艦隊に一個分艦隊、さらに帝国軍陸戦総監部所属の陸戦隊二十万名と彼らを乗せた揚陸艦その他を加え、合計七千隻と言う大艦隊が一堂に会する事になる。


 私とティーネはシャーンバリ提督の旗艦「ブロッケン」の艦隊司令部を訪れていた。アルブレヒト提督はすでに到着している。

 シャーンバリ提督とアルブレヒト提督はどちらも五〇代の男性だった。シャーンバリ提督は痩せて目が鋭く、アルブレヒト提督は対照的に割腹が良くぼんやりとした目をしている。


 能力はそれぞれ……


 統率72 戦略66 政治55

 運営31 情報24 機動61

 攻撃76 防御75 陸戦48

 空戦75 白兵62 魅力65


 統率64 戦略55 政治65

 運営31 情報48 機動67

 攻撃61 防御54 陸戦61

 空戦73 白兵47 魅力69


 うーんこの。


 シャーンバリ提督はギリギリ及第点レベル。アルブレヒト提督の方は確かに足手まといにしかならないわこりゃ。

 いや、これでもどっちも実戦指揮能力は今の私よりはずっと高いんだからあまり偉そうな事は言えないけどさ。


 私に対してはシャーンバリ提督は非好意的な視線を、アルブレヒト提督は好意的な視線をそれぞれ向けて来る。

 もちろんティーネに対しては、どちらもあからさまに疎ましく思っている様子が態度から伝わって来た。

 そして両提督がそれぞれに対して向ける視線も、何だかとげとげしいものだ。


 これは人間関係終わってますわ……

 戦争で一番大事なのは人の和なんだぞ!


「今回の作戦は極めて単純な物だ」


 等しく全員に非友好的な、ある意味公平で一番問題児で一番可哀そうな立場のシャーンバリ提督が作戦の説明を始めた。


 この星系に存在する敵艦隊は二個艦隊。内、一個艦隊はシュテファン・アイゼンの惑星上に留まっている事がすでにいくつかの索敵手段によって確認されている。


「敵の意図は明白である。惑星上に艦隊を置く事でこちらも艦隊を伴って降下する事を誘引し、我々が降下を開始すれば、宇宙と惑星上の両方から挟み撃ってそれを迎撃するつもりだ。降下中を狙えば、多少の戦力差は覆せるからな」


 シャーンバリ提督の口調には、全くこんな初歩的な軍事知識から説明せねばならぬ門閥貴族や小娘を率いて戦わねばならぬとは、と言う心境がありありと見えていた。


 この時代の宇宙艦隊の機動性はエーテルに依存している。そして惑星周辺にはエーテルは存在しないため、降下中の艦隊は著しく機動性が下がり、戦闘行動が困難になる。

 惑星制圧戦は攻める側は降下準備に入る前に周囲の敵艦隊の戦闘力を削いで安全を確保するか、あるいは十分な数の護衛艦隊を周辺に配置しておく必要があった。


 それぐらい知ってるわい!と抗議したくなるのを我慢して私は黙ってシャーンバリ提督の話を聞いていた。

 今の時点で私のこの世界の軍事知識がまだまだなのは事実である。


「そこで艦隊を三つに分け、一個艦隊を護衛に付けてシュテファン・アイゼンに上陸部隊の降下を行わせながら、二個艦隊で宙域の警戒を行い、まだ位置が知れない残る一個艦隊に対応する。異存はあるか?」


「先に全艦隊で周辺の索敵を行い、敵艦隊を発見して撃退してから降下を行う、と言うのではダメなのか?」


 アルブレヒト提督が尋ねた。


「却下だ。敵に正面から戦う意図が無いのは明白である。発見しても三対一の状況では戦わずに逃げるだけだろう。それで追い払った所で戦力を維持したまま戻って来られては時間を無駄にするだけで意味が無い。皇帝陛下から三個艦隊以上も戦力をお預かりしていると言うのにあまり時間を掛けては面目も立たぬ」


 割ともっともな理由だった。思わず、おお、なるほど、と頷いてしまう。


 それでも自分の意見をあっさり却下されたアルブレヒト提督は不満そうだった。

 ティーネもどこか納得していないような表情をしているが、口に出しては何も言わなかった。


「降下の護衛はエーベルス提督の第七艦隊。残る艦隊は宙域での警戒に当たる」


 シャーンバリ提督は断定口調で言った。


 降下の護衛は危険が多い上に自由に動き辛い。

 一番扱いづらいティーネを惑星上に縛り付けておこう、と言う意図は明白だったが、それに関してもティーネは反論せず同意した。


「マールバッハ公爵令嬢はまだ艦隊の指揮にもなれておられぬであろうし、我が艦隊の後方におられてはどうか?」


 アルブレヒト提督がそう提案してきた。シャーンバリ提督はわずかに不快そうに鼻を鳴らしたが、何も言わない。

 同じ名門貴族故の好意だろうが、私にとっては有難迷惑である。

 この戦いでティーネの艦隊以外が大打撃を受ける事は分かっている。


「いえ、お心遣いには感謝しますが、我が分艦隊は第七艦隊の指揮下に入るように命じられていますので、ここはエーベルス提督に従いたいと思います」


 私の返答にアルブレヒト提督は少し鼻白んだような様子を見せた。


「それで構いませんか、エーベルス提督」


「ええ、お願いします」


 私の確認にティーネは微笑んで頷いた。


「私の第三艦隊とアルブレヒト提督の第六艦隊は敵を発見した場合、先に接敵した側はただちに交戦に入り、足止めを行いながら合流を目指す。多少の犠牲は厭わず戦え。敵に撤退を許すな」


 厳しい口調でシャーンバリ提督がアルブレヒト提督に命じた。当然だ、と言わんばかりの不満そうな表情をアルブレヒト提督が見せたが、口には出さない。


 これで大丈夫かなあ……いや、大丈夫じゃないのは分かってるんだけど。

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