第三十三話 連盟の若き才能たち -連盟side-

「ところで今回の戦い、もし勝ったら……いや、君の言うとおりにしていれば今回もまず勝つんだろうが」


 メローは気まずそうに話を切り出した。


「少将に昇進出来る程度の勝利になれば自分は退役しますよ」


 かねてから彼はその旨を上官に伝えていた。


 連盟の軍人が年金を受け取るには最低十五年間以上の勤務が必要だが、少将に昇進すればその規定から外れて退役後すぐに年金を受け取る事が出来る。


 ショウは浪費などするタイプの人間では無かったから、今までの給料の貯えと、退役後の年金で十分にその後の人生は過ごせる計算を立てていた。

 艦隊司令にまで出世したメローが日々こなしている業務と大小さまざまな気苦労の程を知れば、ショウはこれ以上出世したいなどと思わないのである。


「止める権利は私には無いし、止める気も無いが、辞めて欲しくはないな。君に辞められたら私のメッキが剥がれる」


 メローと言う男はここまでの立場に昇っても自分の才能のほどをわきまえている、と言う点において愚かではなかった。


「閣下は自分で思われているほどに能力が無い訳ではありませんよ。私がいなくてもどうにかやっていけるでしょう」


 上官に対してはとても失礼な物言いだったろうが、メローは苦笑するだけだった。


 実際、ショウの言葉は社交辞令半分、本音半分だった。

 メロー自身は自分がやっているのはショウの作戦を承認する事だけだと思っているようだが、歴史を振り返ってみれば賢明な部下の進言を退け、愚かな失敗をした戦争指導者の何と多い事だろうか!


 メローの立場になれば私的公的を問わず様々な助言や献策をしてくる者は数えきれない。そんな中でぶれる事無く自分の献策に耳を傾け続け、それを滞りなく実行に移してきたのは一種の才能では無いか、とショウは思う。


 ショウ自身、いくら適切な策を練り、助言をした所でそれを実行に移してくれる上司に恵まれなければ、出世するどころかここまで生き延びられたかも怪しいのだ。


 しかしショウはそこまでメロー相手に口に出す事はしなかった。

 およそ英雄的気質には程遠いショウだが、それでもメローは自分で華麗な戦略や戦術を編み出す事に憧れているのだろう、と言う事は分かる。それを思えば、ショウのメローに対する評価は慰めにもならないだろう。


「ひとまず私がいなくなった後はアンブリス大佐とクウォーク大佐の二人を使われると良いでしょう」


 ショウはロベルティナともう一人自分が評価している後輩の任務群司令の名を上げた。

 これでも彼としては辞める前に大恩ある上司に対して精一杯の配慮をしているつもりである。


「クウォーク大佐はまだしもアンブリス大佐は使いどころが難しい」


 メローはまた苦笑して答えた。


「それでも適切なタイミングと場所を選んで投入すれば私などよりよほど大きな戦果を挙げられる軍人ですよ、彼女は」


 それを間違えると大惨事になるだろうが、と声に出して続ける事はショウはしなかった。


「なあ、君は何故軍人を志した、カズサワ」


 それ以上その会話を続けず、メローはそう尋ねた。


「それが一番楽に食べて行けそうな仕事に思えたからですよ」


 メローは今度は苦笑しようとして失敗した。


 この言葉は普通に取れば豪語、あるいはジョークと考えるべきであろう。だが、メローは若干の不気味さを感じざるを得なかった。目の前のこの青年士官は軍人として戦い、成功する事に何の難しさも感じてはいないのではないかと。


 この青年に自由に大軍の指揮を任せれば何か恐ろしい事になるのではないか、彼を今まで自分の麾下に留めておけた事、そして彼が遠からず退役する事はひょっとして連盟と帝国双方に取って望ましい事なのでは無いか、と言う所まで思考が一瞬飛躍したのは、もっとも近くでショウ・カズサワと言う男の才能を見続けた事から来る副作用だろう。


「もっとも閣下と出会えなければ、実際には多くの苦労をしたでしょうが」


 メローの気を知ってか知らずか、ショウはそう付け足した。


 司令官室から出ると、ロベルティナに加え、もう一人の青年軍人が廊下で立って待っていた。


 ジェームズ・クウォーク大佐。彼もやはりショウの士官学校時代の後輩であり、ロベルティナと同年の二十四歳である。


 身長はちょうどショウとメローの中間程度でやや長身。顔の作りはごく温和そうな青年、と言った意外に特徴は無いが、取り敢えずショウよりは女性の受けはいい。


 ロベルティナとは対照的に、緻密で堅実で粘り強い作戦行動に定評があり、彼もまたこの年齢で第三艦隊任務群司令を地位に付いている。


「何だジェームズまで。お前達そんなに私と司令の話の内容が気になるか」


 ショウは呆れたように二人を見やった。


「それは、先輩の作戦と、それが承認されるかにこの艦隊の命運は掛かっていますから」


 ジェームズは温和に微笑みながら答えた。

 彼もロベルティナと同じくショウの事を先輩と呼んで慕い、そして軍事的才能の面においてメローよりもショウの方を高く評価する人間であった。


「作戦は承認されたよ。上の方もシュテファン星系の扱いに悩んでいたんだろう。少なくとも三個艦隊を二個艦隊で正面から迎え撃つ愚は避けられそうだ。艦隊がこの星系の担当になってからずっと準備して来たんだから、承認されないと立つ瀬が無いけどな」


「この戦いで勝って昇進したら、やっぱ先輩は軍をやめちゃうっスか?」


 不安そうな表情でロベルティナが尋ねて来た。ジェームズの方も本題はそれだと言わんばかりの表情でショウの顔を見詰め直す。


「戦いが始まる前から勝った気でいるのは良くない」


 ショウは意図的に話を逸らした。


「話をそらさないで欲しいっス!」


 ロベルティナは体当たりせんばかりの勢いで迫って来た。ショウは肩をすくめる。艦隊戦ならまだしも、一対一ではショウはロベルティナの勢いに抗しえない。


「これ以上出世してもあまりいい事は無さそうだしね。私はどうも元々組織の中で働くと言う事があまり向いていない人間らしい。帝国との戦いも大きな所で動く気配は無いし、私一人が退役して故郷に帰っても問題は無いだろう」


「先輩がいなくなったら心細いっス……誰が私の暴走を止めてくれるっスか……」


 ロベルティナが飼い主に見捨てられた小動物のような目でショウを見上げながら言った。


「ジェームズの言う事を良く聞きなさい。ジェームズ、お前はロベルティナの面倒を良く見て、後メロー中将の事を良く補佐して上げるように」


 まるでペットの世話を押し付けるかのような口調にジェームズは苦笑した。


「あまり過大評価されても困りますね、先輩。ロベルティナのお守りはさておき、あの中将閣下の補佐まで自分に務まるでしょうか」


 ジェームズやロベルティナにしてみれば、ショウの功績を横取りしているだけに見えるメローに対して好意的になれないのは当然の事であった。


「あの人はお前達が思っているほどに無能では無いよ。少なくとも部下の意見に耳を貸し、そこから正しい意見を聞き分けるだけの能力は持っている。お前が真面目に補佐してやれば満点とは行かないまでも及第点ぐらいの成績は残せるだろうさ」


「上官に対して不遜な発言のはずですが、先輩が語ると単に事実を語っているだけ、と言う風に聞こえるのは何故でしょうね」


 ジェームズは呆れたように肩を竦めた。彼はショウやロベルティナとは違い、基本的に軍内では常識的で模範的な軍人で通っているのだが、その二人の前では多少砕けた様子を見せる。


「私にとってはただの理想の上司なのだけどな、あの人は」


「自分にとっては先輩が理想の上司ですよ。あなたが艦隊司令になってくれればどんな戦いでも安心して戦えるのに」


「ジェームズが艦隊司令になる時が来たら、私はその参謀としてなら現役復帰してやってもいいな。今以上に楽が出来そうだ」


 それを尊敬する用兵家からの最大級の賛辞と受け取ったジェームズ・クウォークは、一度目を閉じて穏やかに微笑むとそれ以上の慰留を諦め廊下を歩きだし、ショウ・カズサワもまた、「私はダメなんスか!」と言うロベルティナ・アンブリスの抗議の声を無視してラウンジへと戻って行った。


 銀河歴五七〇年初頭、まだ連盟における最高の用兵家は歴史上にほとんどその姿を現していなかった。

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