第三十一話 合流

 帝国歴三四〇年四月一二日。


 私が指揮する帝国戦略機動艦隊第四艦隊第一分艦隊五百隻は一時的に第七艦隊の指揮下に置かれる事になり、娘だけが出撃する事にうろたえまくるハンスパパを残してまずは帝都への途にのぼった。


 道中の航行計画は完全にクライスト提督に丸投げしてあり、私はそれを後方で見学しながらクライスト提督の進言を承認するだけの役割に徹している。


 まず五日の航行で帝都に到着し、相変わらずニコニコしている皇帝陛下と、多分今回の人選に納得していないのに承認しなくては行けなかっただろう仏頂面のザウアー元帥に出撃を報告すると、それからさらに十日でちょうどキルギス星系とシュテファン星系の中間にある宙域に達し、ティーネ率いる第七艦隊千五百隻と合流する事になる。


 ティーネの旗艦「アルシオン」にエアハルトを連れこちらから出向くと、艦内の司令部にはティーネ、コルネリア、カシーク提督、ジウナー提督と言う見知った四人の他に、准将の階級章を付けた二人の若い男性がいた。


 二人は敬礼し、それぞれエクムント・フィデッサー、テオフィル・マイと名乗る。


 ヒルトの記憶の中にある名前だった。ティーネ配下としてカシーク提督とジウナー提督に継ぐ地位と声望を得る事になる提督だ。


 ステータスはフィデッサー提督が……


 統率82 戦略71 政治35

 運営30 情報64 機動80

 攻撃84 防御87 陸戦77

 空戦88 白兵77 魅力73


 マイ提督の方は……


 統率81 戦略78 政治45

 運営23 情報48 機動79

 攻撃85 防御82 陸戦80

 空戦90 白兵74 魅力75


 どっちも高水準でバランスの取れた名将だった。

 現役の戦略機動艦隊の司令官にもここまでの能力の持ち主はそうはいない。ホントどうやって見付けて来るんだろう。

 年齢はどちらもクライスト提督と同年代だろうか。


 両提督が私に向けて来る視線は中立的な物だった。世間の噂と違い、友好的にティーネ一達と接する私の事を興味深そうに見ている。


 私もエアハルトと共に敬礼を返し二人に自己紹介した後、ティーネに向き直った。


「久しぶりね、ティーネ」


「ええ、ヒルト。次は一緒に戦う、と言う約束をいきなり果たす事になりましたね」


「あなたの指揮の下で思い切り戦う、と言う訳には行かなさそうだけどね」


 今回は他に中央艦隊の第三艦隊と貴族艦隊の第六艦隊それぞれ二千隻が参加していて、第三艦隊の提督であるクヌート・シャーンバリ大将が全体の指揮官も兼ねている。


 第六艦隊の司令官も伯爵の階級を持つヴィリ・フォン・アルブレヒト大将で、三人の艦隊司令官の中ではティーネの階級が最も低い。

 ティーネと言えど作戦面では中々自分の意見を通しにくいだろう……どっちにも嫌われている立場だし。


「今回の戦い、どう思います?ヒルト」


「水物、かな」


「水物、ですか」


 ティーネは私の返答を面白そうに繰り返した。


「指揮官に同格の大将が二人。それも中央艦隊と貴族艦隊の出身。この時点で人の和を欠くのは目に見えているわ。どうしてもこちらの艦隊行動は鈍くなる。そうなったら後は敵の質次第でしょう。敵がこっちより優秀なら私達はそれに対応出来ず引き回される事になるわ」


 私は航行中に主にエウフェミア先生と話し合った内容を思い返しながら話していた。


 中央艦隊と貴族艦隊、どちらかだけに功績を立てさせれば角が立つ、と言う物凄く政治的な理由で戦略機動艦隊は時折こんな風に人事バランスしか見てないような艦隊投入をする。


 艦隊作戦行動の最終的な責任者であるザウアー戦略機動艦隊司令長官はかなりそれに反発しているようだが、軍務省や統合参謀総監部の意向を完全に無視する事は出来ないようだった。


 こんな事をしているからツェトデーエフ三星系を取り返す事も出来ないんだ、と言うのが先生の弁である。


 私の返答にカシーク提督は「ほう」と声を上げ、ジウナー提督も少し微笑んだ。


「情報によると敵は約二個艦隊で戦力はこちらが有利との予想ですが、それが覆るかもしれない、と思われますか?」


「こちらの艦隊の統率が取れていなければ二対一を三回繰り返す事になるだけよ。もっとも敵がそこまで優秀だと仮定した上での極論だけどね」


 多分そんな感じでこっちの二個艦隊は撃破されるんだろうなあ、と言うのは何となく予想が着いた。


「難しい所ですね。仮にそうだとしても私達に事前に出来る事は限界があります」


「せめて私とあなたの間だけでも十分に意思疎通をして艦隊を動かしたい物だけど、残念ながら私の艦隊にはまだ練度に難があるわ。あまり多くを期待しないでちょうだい」


 出来れば敵味方双方の被害を抑えたいけど、それよりも私とティーネが生き残る事の方が優先だった。


「そう言ってもらえる味方がいるだけでだいぶ気が楽ですよ」


 ティーネが微笑む。

 どうやら彼女もこの次の戦いを楽観はしていないようだった。


「シャーンバリ提督は基本から外れない事だけが軍人としての取り柄の石頭、アルブレヒト提督に至っては足手まといにしかならない。確かにこの状況ではマールバッハ提督が話が通じる相手なのがありがたいですな」


 カシーク提督が凄い事を言った。


 上官批判ってレベルじゃないよ。


 ティーネとコルネリアは苦笑いを浮かべ、ジウナー提督はおかしそうに声に出して笑う。フィデッサー提督とマイ提督は一瞬、唖然とした表情を浮かべ息を呑んだ。


 カシーク提督がくちさが無いだけで、どうやら現状認識としてはティーネ達三人も同じのようだった。


「カシーク提督、控えなさい。フィデッサー提督とマイ提督が驚いていますし、ヒルトとベルガー少佐もおられるんですよ」


 苦笑したままたしなめる様にティーネが言い、カシーク提督は肩をすくめて口を閉じる。


「訊かなかったことにした方がいいのかしら?それとも慣れるべきかしら?」


「そこはお任せするわ、ヒルト」


 ティーネがやはり笑ったまま答えた。

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