第二十話 クルト・フォン・クライスト

 帝国軍の軍刑務所は帝都の中心から一〇〇キロほど離れた場所にある。


 少将に昇進し、さらに分艦隊司令の辞令を受け取ってから三日後、皇帝の名の下で正式に今回の叛乱に加わった兵達の条件付き赦免が発表されるのを待って、私はエアハルトと共にそこに向かった。


 私が知る時代の刑務所よりもはるかに重厚で威圧的な建物。ライフルを構えた警備兵達に身分証を見せると鋼鉄製の門をくぐり、受付では面会許可証を見せると私とエアハルトは面会室へと入った。


 私が入ると同時に、監視役の兵は出て行った。この程度の根回しは公爵家の権勢を遣えば簡単な事だった。


 面会室のガラスの向こうには、以前モニター越しで見たのと同じ、獄中でありながら特に憔悴している訳でもない様子で目的の人物がいた。


 クルト・フォン・クライスト少将。三〇歳。

 経歴を調べてみれば代々ハーゲンベック家に軍人として仕える下級貴族の家柄で、幾度も実戦を経験している艦隊戦の専門家だった。


 そしてヒルトの前世ではあの叛乱で死んでしまっている。


「半月ぶりぐらいでしょうか、クライスト少将」


「昇進したそうだな、マールバッハ少将。おめでとう」


 そう挨拶して互いに敬礼した。


「そちらは?」


「私の副官のベルガー少佐です」


 エアハルトも敬礼して名を名乗る。


「まず礼を言うよ、マールバッハ少将。皇帝陛下に今回の叛乱に加わった者達に対する寛大な処分を求めてくれたそうだな。おかげで、降伏した部下達を死なせずに済みそうだ」


「皆まとめて反逆罪で処断では、降伏を勧めた意味がありませんから」


「今思い返しても、あの半包囲は見事だったな。陣形として完璧であっただけでなく、タイミングが絶妙だった。理想的な陣形を作る事は難しくないが、それを機に応じて動かそうとすると突然の難事になる。エーベルス伯と言い、昨今の令嬢には軍才が宿る物なのか」


 軍内では令嬢二人に挟み撃たれて降伏した男、と言ういささか不名誉な評価がクライスト少将には付けられていた。しかし本人は気にした様子も無さそうだ。


「エーベルス伯はさておき、私にはそんな大した才能はありませんよ。あの用兵は、全部こっちのエアハルトがやってくれました」


「ほう」


 クライスト少将が興味深そうにもう一度エアハルトの方を見る。


「少佐に留めておくには惜しい人材、と言う事かな。しかしその才能を存分に生かしてくれる上官を持ったのだから、貴官は幸福だな」


「クライスト少将は、上官には恵まれませんでしたか?」


「蜂起と言う暴挙を止める事は出来なかった。しかし侯爵閣下はいざ実践の場では俺が発案した奇襲作戦自体は認可し、最強の二百隻を預けて下さった。主に恵まれなかった、と言う事は出来んだろうな。俺が負けたのは、俺の力が至らなかったからだ」


 クライスト少将がそう言って束の間、目を閉じた。普段はその瞳に宿る溌溂とした強い光が覆い隠されると、やはり突然に薄幸そうな外見に変わる。


「一つ聞きたかったのですが」


「何だろうかな」


 クライスト少将が目を開く。


「後詰としてエーベルス艦隊がいた事は分かっていましたよね?彼女が動けば奇襲部隊が逆に窮地に陥る可能性が高いのは分かっていたはずです。それでも敢えて奇襲を掛けられたのは何故ですか?」


「それでも敢えて奇襲を掛けなければ他に勝ち目はなかった、と思う。全艦隊で正面から撃ち合ってもいずれは押し潰されるだけだっただろう。こう言っては何だが君のご実家とエーベルス伯との間の不和は有名だったし、伯の艦隊はあからさまに後方に配置されていた。あの時点で得られる限りの情報から私は奇襲が成功する公算は決して低くないと踏んだ。だからそれに賭けたのさ。結果は知っての通りだが」


 そう言ってからクライスト少将は私とエアハルトを順番に見た。


「敗軍の将が何を言っても負け惜しみにしか聞こえないかもしれないが、これは若い君達に先達からのアドバイスとして聞いて欲しい」


「はい」


「大抵の戦場では情報も状況も完全になる事はない。我々軍人は相手がいる中、常に不完全な物を使って戦っていかなくてはならない。そんな中では必ず、賭けに出なければいけない時、と言うのが来る。その賭けの結果が出た後で、当事者がその時は知る術も無かった情報を元にあれこれ批評するのは、少なくとも君達がこの次に戦う実戦では、役に立つ事はないだろう。次には次の不完全な情報と状況が君達を待っているからだ」


「憶えておきます」


 やっぱりクライスト少将は単なる局地戦の猛将ではなさそうだった。自分が把握できる限りの情報から戦局を分析し、その結果として必要であれば大胆さや勇猛さを発揮する勇将だ。

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