第二十一話 二人目

「それで、今日は俺に何の用だろうか。まさか今の質問をするためだけに訪ねて来たわけではないだろう?」


 クライスト少将はそう訊ねて来た。


「せっかく皇帝陛下からご寛恕を賜ったのに、少将はすんなり生き延びる事は選んでくれなさそうだな、と思いまして」


 私がそう言うとクライスト少将はにこりと笑った。


「陛下のご温情と君の好意を無駄にしてしまうようで申し訳ないが、やはり俺は侯爵閣下に殉ずる事にするよ。止めようと思えばどんな手を使ってでも止められる立場にあったのに止めきれなかった。その責任は取らねばなるまい」


「ダメです、それは」


 私はいきなりそう言い切った。


「ほう、何故かな」


「理由は五つあります。まず叛乱に加わった兵達には赦免の機会を与えられただけでまだ本当に許された訳ではありません。兵達の事を考えるのであれば少将は自ら範となって陛下に帰順する姿勢を示すべきです。少将が殉死を選ばれれば、またそれに殉ずる兵達も生まれてしまうでしょう。二つ目に叛乱に加わらず生き延びたハーゲンベック一族の今後の苦難の事を考えれば、少将にはこの先恥を忍んでも陛下の元で再び功績を立て、彼らの助けになろうと努めるのが真の忠節のはずです。三つ目、少将ほどの才覚の持ち主がここで兵を率いる事をやめてしまわれるのは、この先も連盟と戦う事になる兵達への罪です。そして四つ目」


 そこで私は一度言葉を切った。


「四つ目は?」


「少将に助けて下さらないと私が困ります」


 クライスト少将が小首を傾げた。


「一つ目から三つ目まではなるほどと思わされたが、その四つ目は何だ」


「このエアハルト以外、本当にロクな人材がいないんです、私の艦隊。少将、先輩でしょう、助けて」


「理由になっていない」


「少将が軍務に復帰される理由は思い付いたんですけどね。敢えて私の下で戦っていただく理由はどうしても思い付かなかったので、助けて、としか言いようが無くて」


「君の立場なら無理に艦隊指揮を続ける事も無いだろうに」


「それも考えないではなかったのですけど、私の目的を考えると今の立場を捨てるのは遠回りかな、と思えて」


「君の目的とは?」


「銀河の統一です」


 クライスト少将が吹き出した。そりゃそうだ。言っている本人の私だって、まるで実感は無いのだ。

 エアハルトは表情を動かさなかった。意外でも無かったのかもしれない。


「笑いましたね」


 私はちょっと顔を赤くしながらクライスト少将を軽く睨んだ。


「いや、失礼した。いきなり、途方もない話をされたのでな」


「途方もない話でしょうか」


 私は居住まいを正し、今度は睨むのではなく真剣にクライスト少将を見詰めた。


「そう思えるな」


「ですがいつか誰かがやらなくてはいけない事です。そしてそれは、早ければ早いほどいいでしょう。少なくとも、この泥沼の戦争を止める、と言う所までは」


「ふむ」


 クライスト少将が少し考え込むような顔をした。


「銀河が二つに分かれている事で、人が死に過ぎています。そしてそれは、本当は誰もが真剣に考えなくてはいけない問題のはずです」


「確かに。途方もない話、と言ったのは取り消そう。だがそれを君がやると言うのか?」


「直接私がやらなくてもいいかもしれません。例えば、エーベルス伯にやっていただき、そのお手伝いをする、と言うだけでも十分かも。けどどちらにせよ、私自身、軍内での力は必要です」


「私にも、そのための力になれと?」


「はい」


 クライスト少将も真っ直ぐに私の方を見詰めて来た。しばらく視線をかわし合う。


「敗軍の将をそこまで高く評価してくれるのは正直嬉しいが……そう言えば五つ目の理由を聞いていなかったな。返事の前に訊かせてもらおうか」


「五つ目。見たくありません?この先エーベルス伯と言う戦争の天才と、ついでにその周りをうろちょろする私が、どんな風に戦って、どんな銀河の歴史を作るのか。ここで死んでしまっては、それが見られませんよ」


 フッ、とクライスト少将が笑った。


「なるほど。実感はまるで湧かないが、君が多くの人の事を考え、とても大きな物を目指して進もうとしているのだけは伝わった。それをバカにするのは、自分の小ささを晒すような物だな」


「では」


「どうせ君に救われた命だ。私に出来る限り力になろう」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「君は大貴族の一員だと言うのに、下級貴族の私に頭を下げるのだな。礼を言うのは、むしろ私の方だろうに。変わった御令嬢だ」


「最近、そう言われるようになりました」


「皇帝陛下のご寛恕があったとはいえ私は叛乱軍の中核にいた人間だ。重用すれば君にも色々と迷惑が掛かるかもしれないが」


「それこそ実家の力ではねのけますよ」


「降格は免れないだろうが、昇進した君の部下になるならちょうど良いか。よろしく頼む」


「それも一階級降格程度で済むよう、実家に頑張ってもらいますよ」


 クライスト少将がまた吹き出した。堂々と公爵家の権力を利用する事を宣言する私が面白かったのかもしれない。

 そしてどうやら、エアハルトに続く味方を手に入れる事に成功したらしかった。


 あらためてクライスト少将の能力を確認して思わずじっくり眺めてしまう。


 うーん、この能力、実に私好みだ。

 信長の×望とか三×志でも万能型の完璧な武将よりどこか尖った能力の武将の方が好きなんだよな……


「どうかしたか?」


 私の視線に気付いたのか、クライスト少将が戸惑ったような顔をする。


「い、いえ。何でもありません。ではまた、近い内に」


「ああ」


 クライスト少将が力強く頷くのを確認して、私達は面会室を出た。


 このまま、バルドの顔も見に行ってあげるか、と私は思った。

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