第十四話 そう、私は歴史オタクなんです
……と言うような内容を私は丸二日ほど掛けて本から学んでいた。
「行けない、この世界の歴史が面白過ぎて危うくトリップしてしまう所だったわ」
私はそう言ってやたら豪華で寝心地のいいベッドの上に寝転がった。
今私は、神聖ルッジイタ帝国の首都星である惑星ルッジイタ、その中心である帝都レクタにあるマールバッハ公爵家の貴族屋敷にいた。
叛乱討伐後、皇帝陛下に対する戦勝の報告のために、艦隊は帝都へと帰還したのである。
何でも今回の功績で私は少将に昇進できるらしい。前世のヒルトはここでは准将に据え置きだったのだが、奇襲を迎え撃った甲斐があったようだ。
私は戦勝式までの間、帝都で本を漁っていた。
部屋には今帝国図書館から借りて来た大量の本が積まれている。
その気になれば本はいくらでも電子書籍の形で読めるが、やはり歴史書は紙でなければしっくり来ない。
現在の帝国は貴族達の自治権が強まっており、言論の自由の度合いも星系によって異なる。
そんな中で首都星系は未だに初代皇帝の気風を受け継いでいるのか、かなり高いレベルで言論の自由が認められている。
特に帝国図書館は帝都の言論の自由の象徴と言われ、帝国の体制に批判的な物や連盟側の本を含んだ膨大な数の蔵書が収められていた。
正直、帝国の歴史や現状に関するヒルトの知識と認識はかなり偏っていたので、こうして大量の質の高い資料からそれを学び直せたのはかなりプラスになった。
宇宙統一の戦略を建てるにしても(まずこれが笑い出したくなるような言葉だけど)、その前に前提となる世界の仕組みと人の在り様を知らなければどうしようもない。
戦略の前に政治があり、そして政治の前に人がいる。
古代ギリシアの歴史家トゥキディデスは戦争を起こすのは恐怖、名誉、利益の三つだと言ったし、それは多分この宇宙の時代においても正しいけれど、だからと言って帝国と連盟と言う今戦争中の二つの国が、互いに同じ理由で戦っているとは限らない。
国家を始めとする社会集団がそこに住んでいる人間を恐怖から守り、名誉と利益を与えるために存在していると言うのが仮に共通している概念だとしても、人間にとって何が恐怖で、何が名誉で、何が利益かは、時代ごと地域ごと文化ごとに違うのだ。
そしてそれを理解するには、歴史を学ぶのが恐らくは一番いい。
後、純粋に歴史や戦争の記録を本で読むのが楽しかった(本音)。
何故初代皇帝アルフォンスはこんな一見不合理とも思える統治体制を敢えて作ったのか。それを学んで考えるだけでも、無限に時間を潰せそうだ。
「最盛期には二〇〇〇億を超えたと言われていた人類の総人口は、最新の統計によると連盟が四〇〇億、帝国が三五〇億の合計七五〇億人にまで減少……有人惑星の開拓も銀河歴二〇〇年頃からほぼ進まず、か。初代皇帝アルフォンスはこんな歴史を望んだのかな」
そして図書館で歴史を勉強している内にもう一つ気付いた事がある。
この世界はどうやら少なくとも私が前世で死んだ西暦二〇二〇年代までは、私が知っている世界とそっくりそのまま同じ歴史を歩んだらしい。
帝国図書館には西暦時代の地球の本も多数あり、そこには前世で私が読んだ事がある本達も、同じ内容のまま含まれていたのだ。
ひょっとしたらこの世界は異世界ではなく、ただ遠い未来なだけで私が生きていた世界と同じ世界なのかもしれない。
さて、次はどの本を読もうかな、と積んだ本を物色しようとした時、部屋がノックされた。
この屋敷は敢えて中世時代の貴族屋敷の様式を再現した、古風な物だ。ドアは自動ではなく、他の部屋から呼び出すためのコンソールなども設置されていない。召使を呼び出す時は、何とベルを使う。
何をやるのも召使い任せでいい、と言うのは私のような本当は平凡な庶民の家庭に生まれてそこそこに躾けられてきた私には居心地が悪いだけだった。
「入っていいわよ」
扉を開き、エアハルトが入って来た。
エアハルトはベッドの上に寝転がって本に埋もれている私を見て、一度目を覆った。
「戦場では勤勉になられましたが、そこ以外の所では急にだらしなくなられましたね、ヒルト様」
「逆よりずっとマシじゃないかな?」
「それは、確かに」
エアハルトが軽く笑った。
元々、ヒルトの機嫌がいい時は互いに軽口を叩く事もある程度の関係だったが、ここしばらくはかなり砕けた様子で私に接して来ている。
何しろ以前は何かあれば怒鳴り散らす人間だったのが、見違えるほど温和になったのだ。屋敷の召使い達もヒルトの代わりように驚いていた。
……いや、別に私は特別に温厚でも優しい人間でも無くて普通にしているんだけなんだけど、元があまりに酷すぎたからさ……
「それで、何の用?」
「そろそろ、戦勝式のために宮廷に出向く時間です」
「あ、もうそんな時間ね。パパは?」
「公爵閣下は一足先に出発されております。宮廷で色々な方に挨拶をされるようですね」
さすがに公爵ともなると帝都での仕事も多いようだ。ここ数日、屋敷にいる間もハンスパパは連日訪ねて来る客の相手をしていた。
初の実戦後で疲れているから、と言う理由で私はほとんど部屋に閉じこもっていたが、本当は親子並んで出迎える事を期待されていたのだろう。
何しろ今の私は見た目だけなら完全無欠の社交界の華だ。
「ちょっと着替えるから出てて」
「はい」
エアハルトが出て行くのを待って私は軍服に着替えた。黒を基調としていて袖と肩に銀色の刺繍がしてあって、胸元の階級章だけでなく、そのデザインでも階級が分かるようになっている。
軍服は少し堅苦しく、まだ慣れなかった。これを着て長時間仕事をするのだと思うと、少しうんざりする。
さらに格式ばった礼服も制度上はあるらしいが、帝国軍は恒常的に連盟と戦争状態にあるため、式典に出席する時でも皆この戦闘用軍服だ。
着替え終え、エアハルトが運転する
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