第十三話 SFの時間です(2)

 彼はペルセウス腕のキルギス星系有人惑星ルッジイタの開拓三世として銀河歴一八〇年に生まれた。

 父はルッジイタ自治政府の地味な下級官僚であり、彼自身も当然のように役人の道を進んだ。


 当時のルッジイタは近隣の他の惑星系との長い代理戦争の最中であり、住民には戦争の負担と地球圏との不平等貿易と言う二重苦がのしかかっていた。


 アルフォンスは二二歳でルッジイタ中央自治政府の税務官となり、三〇歳まで全く無個性にその役目を果たし続けた。


 彼が三〇回目の誕生日を迎えてから一五日後、彼の勤務先にこれ以上の税金負担に抗議する半ば暴徒化した民衆が現れた時、彼はそれまでの職務に忠実な役人の顔をあっさりと捨て、民衆の暴動を扇動し、誘導し、それを独立運動へと変える立場へと驚くほどの勢いで転向した。


 彼は八年の職務の間に惑星ルッジイタの住民達の負担が限界に達していると言う事を、最も分かりやすい立場で感じていたのかもしれない。

 アルフォンスの勢力は膨れ上がり、武装化し、当の昔に民衆の支持を失っていた自治政府の首脳陣達を追い出すと、銀河歴二二二年に惑星ルッジイタの完全なる独立を宣言した。


 アルフォンスは革命家としても独立戦争指導者としても卓越した手腕を発揮した。彼は同じような状況に置かれたキルギス星系の他の開拓惑星にも独立を呼びかけ、それらの勢力を糾合すると、自ら司令官となって太陽系から派遣されたかつてない規模の討伐艦隊とそれまでの人類史上で最大の会戦を行い、戦力差三倍と言われた敵を徹底的に打ち破った。


 彼は銀河歴二二五年に住民投票によって独立ルッジイタ政府の首相になり、同年には周辺の四つの惑星を統合したキルギス星系連邦政府の大統領となった。

 翌年、再び派遣された前回を上回る規模の討伐艦隊をアルフォンスが前回と同じように打ち破り、逆にさらに複数の恒星系を取り込む事に成功した時、彼を終身制の元首に任命すべき、と考える人間はキルギス星系連邦の住人の過半数に上っていた。


 彼らは政治支配者としての独裁者を望んだのでは無かった。ただ、この先も無尽蔵と思われる国力を背景に繰り返し襲来するであろう地球統一政府からの討伐軍を独立間もない脆弱な国家が退けるには、たった一人の天才的英雄に全てを託すしかない、と多くの人間が感じていたのだ。


「ま、他に任せられる人間もいないしな」


 自身が終身執政官に任じられると決まった時、アルフォンスは肩を竦めながらそう答えたと言われているが、彼を古くから知る人間の言葉によれば、その様子はかつて役所で働いていて辞令を受けた時とさほどの違いも無かったと言う。


 キルギス星系政府の勢力が増すに従って、地球統一政府は焦燥を募らせていった。

 比較するのも馬鹿馬鹿しいまでに圧倒的であったはずの軍事的優位はアルフォンスと言う一人の天才の存在によって覆された。


 同じような不満を抱えている開拓惑星は無数に存在する。地球統一政府の軍事能力に疑問が付けば、彼らは討伐を恐れる事無く独立するだろう。それらに討伐艦隊を送れば、間違いなくキルギスと同盟を結び、キルギスの勢力はさらに増強される事になる。


 銀河歴二三〇年―――帝国歴元年にアルフォンスが神聖ルッジイタ帝国―――彼自身に言わせれば「神聖でも無ければ今の所帝国と言うほどでもないが取り敢えずルッジイタではある何か」―――の初代皇帝として戴冠した事は、地球統一政府にとって行幸だった。


 地球統一政府はここに来て政策を大幅変更し、開拓惑星の独立を認めると、新たに「宇宙における自由と民主主義の守護」を標榜とした星系連盟を設立し、独立した惑星達に加盟を求めた。

 最早道義的にも政治的にも困難になった植民地政策の維持を諦め、戦いを専制政治対民主政治に置き換える事によって、銀河の盟主としての立場を保とうとしたのである。


 ……あるいはそれによってこれ以上の戦争に依らず全ての惑星を植民地的支配から解放する事が、皇帝となったアルフォンスの真の狙いであったのかもしれない。

 少なくとも帝国と言う巨大な外敵がいなければ、地球統一政府がこれほどたやすく開拓惑星の独立を認める事は無かっただろう。


 かくして人類の生存圏は、帝国と連盟と言う二大勢力に分けられた。


 戴冠後のアルフォンスはそれ以上の勢力拡大は目指さず、国内統治と勢力圏の防備に徹した。また連盟側も帝国との徹底抗戦の意思は崩さなかったが、アルフォンスの個人的才能を恐れ、大規模な軍事的冒険には踏み出さなかった。


 アルフォンスは戴冠後、功臣達を貴族として各星系に封じて行った。

 独立を掲げて帝国陣営に加わったのに貴族の封土にされてしまう事に、意外なほど住民達からの反発は起こらなかった。それだけ地球からの植民地的支配が劣悪であったことと、アルフォンス個人への最早崇拝じみた信頼があった事が理由であろう。


 少なくとも建国当時の貴族達は帝国憲法によってかなりの部分権力が制限されており、領民達には皇帝への直訴を始めとした圧制への対抗手段があった。

 何故彼が時代遅れと思われていた貴族制を導入したのか正確な所は分からない。一つには彼が民主政治と言う物に絶望していたから、とも言われている。


 太陽系から外宇宙への搾取と弾圧は、制度的には完全な非の打ちどころの無い民主的選挙によって選ばれた政治指導者達によって行われていたのだ。

 太陽系に住まう人間の大部分は、遠く離れた外宇宙でどれほど悲惨な事が行われていてもさほど興味は持たない———この冷厳たる大して高尚でも意外でも無い事実に、ルッジイタの多くの人間は当の昔に気付いていた。


「個人であろうと集団であろうとどうせ人は間違える。だったら個人の間違いの方がまだ修正しやすいじゃないか」


 明確な時期は分からないが、アルフォンスがいつか側近に対して漏らした言葉だと言われている。


 アルフォンスは皇帝になった後も、彼の独裁体制に反対していた一部の人間の危惧に反し、最後まで民衆達に圧制を行う事は無かった。言論や思想の自由は概ね保障され、叛乱や暴動はそれが計画され実際に準備される段階まで罪になる事は無かった。


 不敬罪は制定されず、皇帝は自分に対する批判も大抵の場合は聞き流した。度を越えた誹謗中傷に対してはアルフォンスは皇帝としてではなく一個人として対処した———すなわち裁判所に訴え出て、中傷者の情報開示と賠償や懲罰を求めた。


 その生涯の終わり近くになって彼は帝国中から自身に関する書籍を集め、それを読みふけった。

 そしてそれらの中から肯定的な物否定的な物を問わず、彼が残す価値があると思った本を三百冊ほど選び、それを紙と電子双方の形で帝国図書館に保存し、将来に渡って決してこれらの本の出版や閲覧を制限してはならない、と命じた。


 その初代皇帝の崩御から三二〇年。


 帝国と連盟はどちらも決め手を欠き、小競り合いを繰り返しながら互いに少しずつ衰退して行っている。

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