登用編

第十二話 SFの時間です(1)

 SFの時間です。


 この世界の歴史を最も大きく区分するのであればそれは「西暦」と「銀河歴」の二つになる。


 太陽系内の資源開発を大方終え、合計数千に及ぶ惑星上居住区と宇宙コロニーを建設し、さらには火星と金星のテラフォーミングを完了しておおよそ自分達の手の届く範囲にある全ての自然物を利用し尽くした人類の貪欲さも、広大な外宇宙がもたらす距離と時間の壁を突破する事は出来ず、西暦二五〇〇年前後の時点でそれまで爆発的に増えていた人口の増殖は止まり、その発展は―――ただ生存圏を広げ、資源を開発して浪費し、数を増やす事を発展と言うのであればだが———一旦、停滞する事になる。


 その人類を太陽系に捕え続けた檻を破る鍵となったのは、西暦二六五二年に地球へと帰還した太陽系外探査船が持ち帰ったデータから存在が確認された新たな粒子だった。


 古典的物理学から取って半ばジョークの如く「エーテル」と名付けられたその眼に見えない粒子は宇宙空間に偏在しており、高濃度のそれで満たされた空間がまるで線路のように宇宙に張り巡らされて恒星系間を繋いでいる事が分かった時、まだその価値を理解している者は人類にはいなかった。


 人類が真の衝撃を受けたのは、エーテルの発見から二〇年後、エーテルが満たされた空間において一定以上の速度に達した物質はエーテルを伝播してその物質が存在している空間ごと移動する性質を持つようになる、と言う事が判明した時である。


 物質の移動ではなく空間自体の移動であれば、相対性理論に縛られる事無く、光の速度を超える事が出来る。さらにエーテルそれ自体を推進エネルギーとするエンジンも開発され、エーテル空間の中であれば一定の大きさのエンジンを詰める宇宙船は推進剤の残量を気にする事無く自在な加速や機動が可能となった。


 かくして二七〇〇年代の初頭には既存の宇宙船は全て時代遅れとなり、人類は新たに手に入れたエーテル航法と言う航海技術を手に、さらなる資源と居住地を求め、広大な外宇宙の海へとかつてないほどの勢いで乗り出して行ったのである。


 ……何故このような特性を持つ粒子が、都合よく恒星系同士を繋ぐように宇宙に偏在していたのかは、現在に至るまで分かっていない。

 ある学者は宇宙誕生から恒星達が誕生するまでの間の特殊な状況でのみ生成された粒子であると唱え、また別のもう少し突飛な学者ははるか古代に宇宙を支配していた高度な知的種族が用いていた移動手段の名残であると言う説を唱えたが、それらを肯定する材料も否定する材料も今の所確たる物は見付かっていない。


 何にしろ、人類が初めて太陽系外惑星にその足で降り立ったのは西暦二七一七年の事であり、一般的にはこの年を持って西暦は終わり、翌年から銀河歴が始まる。


 その年までに人類が支配領域としていた有人惑星は地球、火星、金星の三つに過ぎなかったが、その数は銀河歴一〇〇年までには三百を超えていた。テラフォーミング中の惑星やそもそも居住に適さない資源開発のみを目的とされた惑星も含めれば、恐らく一万を超える惑星が人類の手中に収められただろう。


 それらの惑星の開発は主に地球統一政府による国家プロジェクトとして行われたが、実際にはそのための資金を出していたのは旧国家の色合いを強く残した地球の各自治政府とそれと結び付いた大企業グループであり、当然の事ながら各惑星の自治政府も地球上の各政治・経済グループの影響を強く受けて色分けされ、それぞれが様々な利権を巡って争う事となった。遥か昔、地球上で行われていた植民地時代と同じ歴史が宇宙で繰り替えされたのである。


 もっとも、当時のそれと比べれば原住民と言う被害者が存在しなかった時点で、比較のしようもないほど人道的にはマシではあったのだが。


 各恒星系を繋ぐエーテル航路の確保はかつての地球における制海権の確保と同等かそれ以上に重要な物となり、複数のエーテル航路が重なる地点は銀河におけるチョークポイントと見做された。


 結果として、広大な宇宙空間の中のごくわずかな限られた部分を巡って、膨大な数の戦闘用宇宙艦艇と人命を費やす宇宙戦争が行われるようになった。


 かつてSF映画やアニメの世界で数多く描かれ、主に推進力の限界と言う問題のため現実には不可能とされていた宇宙空間における艦隊での機動戦が、これもまたエーテル航法と言う手段をもって現実の物となったのである。


 そんな発展と混乱と退廃が並立した時代に現れたのが、後に銀河の半分を支配する事になる神聖ルッジイタ帝国初代皇帝アルフォンス・ラムブレヒトである。

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