第十一話 たとえ親しい仲でもこまめにお礼を言うのは大切です
一台の装甲指揮車が走ってくると、そこから二人の女性が降りてきた。
カシーク准将が笑みを作るとそちらに向けて敬礼する。私も降りてきた内の片方の顔を見て慌てて敬礼した。
クレメンティーネだった。そしてもう一人は二十代半ばほどの私やクレメンティーネよりも頭一つほど背の高い豊かな銀色の髪を持つ、やはり准将の階級章を付けた美しい女性だ。
ラダ・ジウナー。
カシーク准将と同時期にクレメンティーネに仕え始めた、彼より二つ年上、二八歳の平民出身の女性軍人。平民出身者としては帝国軍史上最年少で准将に昇進した、もう一人の双璧。
カシーク准将と比べれば柔和な人物で個人としてはあまり表立って前世のヒルトと敵対する事はなかったけれど、それでも戦場ではクレメンティーネの片腕として散々に煮え湯を飲ませてくれた相手だった。
ステータスは———
統率94 戦略81 政治67
運営35 情報43 機動98
攻撃97 防御84 陸戦78
空戦92 白兵71 魅力87
圧巻の戦闘力だった。
エアハルトやカシーク准将と比べれば、より艦隊指揮に特化したような能力をしている。機動に至ってはクレメンティーネよりも高い。
あらためて数字としてみるとクレメンティーネ一派の能力飛びぬけてるなあ……
多分エアハルトも含めれば帝国でも提督として上位五人に入りそうな能力の人間がここに四人まで揃ってるんじゃないかな……
もっともティーネ達三人がこの先帝国軍の歴史上最高の提督達と言われるようになる事を考えれば、この能力は当然で、それに並んでいるエアハルトが一人おかしいのだけど。
クレメンティーネとジウナー准将は私とカシーク准将に敬礼を返す。
「済みません、マールバッハ准将。私がお願いしたせいで、何だか危険な事に巻き込んでしまったようですね」
クレメンティーネはそう謝って来た。彼女としても銃撃戦になるのは想定外だったのだろうか。
「いえ、身内の愚行の始末をカシーク准将にさせてしまいました。謝るべきはこちらでしょう」
「目の前で民間人の犠牲とマールバッハ准将の部下に負傷者が出たのは残念でした」
カシーク准将がぽつりと言った。さっきから本気で少女の死に憤ったり、悲しんだりしている節がある。冷たそうな見た目の割に意外と繊細で優しい人なのかもしれない。
「そちらは直接お目にかかるのは初めてですね、ラダ・ジウナー准将。ヒルトラウト・マールバッハです」
「ええ、初めまして。ラダ・ジウナーです。お名前はかねがね……もっとも、聞いている噂とは随分変わった方のようですけど」
ジウナー准将が微笑みながら言った。これもクレメンティーネと同じ柔らかさだが、何だか彼女の笑みにはそれに加えて妖艶さがある。
そう言えばこの人とカシーク准将は恋人関係にあるって噂がだいぶ後になってから流れてたけど、真偽はどうだったんだろうなあ……
何だか色んな意味でお似合いすぎてちょっと怖いぐらいだ。
「そうですね、正直な所私もあなたの事を誤解していたようです、マールバッハ准将」
クレメンティーネが相変わらず柔らかな口調で、しかし笑みとは別の真剣な表情でこちらを見て言った。
「あなたは大貴族の出身であると言うのに、戦いに巻き込まれる平民達の事を心底、気に掛けておられるのですね」
そりゃあ何しろ本当は中身がどこにでもいる平民だものね。
後クレメンティーネ自身がそう言う思考の持ち主だと分かっていたので、それに合わせた事もあるけど。
「そうですね、正直な所、以前の私は平民の命なんて私のような選ばれた地位の人間に比べれば何ほどの事も無い、と思っていました」
私の言葉を、クレメンティーネだけでなく、カシーク准将とジウナー准将も興味を持ったように聞いている。
「でも軍隊に入って、人の生死が間近に見える所で働いて、少し考えが変わりました。人の命が皆平等、なんて言うつもりはありませんけど、人が一人死ぬ哀しみは貴族だろうと平民だろうと想像が出来ないほどに大きい物で、それはなるべく、少なくすべきものだ、と」
我ながら偉そうな事言ってるなあ。
でもこれは今私がわずかな間でも戦場で失われる命を見て、心の底から思った物だ。
戦争で多くの人が一瞬で死んでいくのは、あまりに哀し過ぎる。
クレメンティーネがまた表情を笑顔に変えた。これも、先ほどよりは温かさが増している気がする。
カシーク准将とジウナー准将の二人は目を合わせ、少しだけ肩を竦めだけだった。子どもっぽい、と思われたのかも知れない。しかしあまり悪意は感じなかった。
「あなたさえ宜しければ、是非この先もあなたと親交を持ちたいと思います、マールバッハ准将。友達になって下さるかしら」
クレメンティーネはそう言って握手を求めて来た。
「はい、喜んで。エーベルス少将」
私も握手を返す。
「もし良かったら、ティーネと呼んでくださいませんか?エーベルスと言う姓は爵位と共に賜った物ですが、未だに馴れず、身近な人間にはそう呼んでもらっているんです」
「分かりました……いえ、分かったわ、ティーネ。良ければ私の事も、ヒルトと呼んで」
「はい、ヒルト。次は戦場では無い所でお会いしたいですね」
良し、と私は内心でガッツポーズをした。
戦略や政治の高さが示す通り、彼女―――ティーネは決して単純な人間ではないし、善良で優しいだけの人間ではない。
誠実さを示す必要が無い相手だとみなした時は、いくらでも本音と建前を使い分ける事だってする。
可愛い顔をして平気で大嘘を付くような事だってする。
だからこれでティーネの警戒が解けたとか、彼女と友達になれた、等と手放しに喜ぶわけにも行かないだろうけど、それでも彼女との邂逅は、ヒルトの前世と比べれば断然に上手く行ったようだった。
衛生兵の手当てを受け、肩を吊ったエアハルトがやって来る。
「そちらは?」
「私の副官の、エアハルト・ベルガー大尉です」
エアハルトが敬礼をした。
「彼は良い副官です。この先も大切になさる事だ」
カシーク准将がストレートな賞賛を口にした。エアハルトが困ったような顔をする。
「あら、ヴァーツラフが他人を褒めるなんて珍しい」
ジウナー准将がおかしそうに笑った。
「俺が褒めるほどの人間との出会いが無いだけだ」
笑われた事にむっとしたようにカシーク准将が言い返す。その反応はどこか子どもっぽかった。ティーネもそれを見て軽く笑う。
そのまま和やかな雰囲気で三人との邂逅は終わった。
私はエアハルトと共に指揮車へと戻る。
「傷は?」
「問題ありません。軍医に見せるまでも無いでしょう」
衛生兵が現場で使える簡易キットで初歩的な再生医療が出来る時代だった。単純な外傷であれば完治に数時間と掛からない。
あー、本当に軽傷で良かった。私が本来のヒルトがしてない行動をしたせいでいきなり死んじゃう展開かと思った。
これでエアハルトを死なせていたら色々な物に申し訳が立たないし、私のこの先の展望も真っ暗になってしまう。
「それでも一応、後で軍医に見せなさい。何があるのか分からないんだから」
「はい」
「それと、守ってくれてありがとう」
本物のヒルトなら恐らく照れくささのせいで言えないであろうセリフを、私はやはり相当な照れくささを押しのけながらどうにか口に出した。
エアハルトが数回瞬きし、それから目を背けながら「いえ、これが務めですから」と先程と同じセリフを、今度は少し顔を赤くしながら言った。
「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ!いくら私を守れてもあんたが怪我してたらダメなんだからね!」
その反応に照れくささが限界に達して誤魔化すように叫んでしまった。
おかしいな、私こんなツンデレキャラだったっけ?
エアハルトが吹き出し、「つ、ツンデレ……」と横の兵士が小さく呟いたのが聞こえたので、二人を軽く蹴飛ばしておいた。
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