第十話 小さな貸し
そして二発目の射撃音が響いた———逆方向から。
やはり一筋の赤い閃光がカシーク准将の右手から発せられ、それがそのままブラスターを構えたままのオットマーの眉間を貫く。
オットマーが私を撃とうとし、それをエアハルトが庇った。そして二発目を撃つ前にカシーク准将がオットマーを射殺したのだ、と言う事がようやく私にも理解できた。
「うっ、うわっ、うわあああああっ!」
目前で倒れたオットマーにパニックを起こしたのか、バルドが自分もブラスターを抜く。
しかしその動作はとてもぎこちないもので、すでにブラスターを抜いているカシーク准将を相手にしてはただの自殺行為だろう。
「エアハルト!」
バルドを死なせたくない。そう思った私は咄嗟に叫んだ。
相手はたった今私を庇って撃たれ、倒れている相手。
無茶ぶりもいい所だが、それでもエアハルトなら、と言う確信が何故か私の中にはあった。
三回目の射撃音。
エアハルトが倒れた姿勢のまま放ったブラスターは正確にバルドが右手に持ったブラスターを撃ち抜き、破壊していた。
バルドはそのまま放心したように尻もちを突く。
ほう、と感心したようにカシーク准将は呟き、自分のブラスターの銃口を下げる。
「エアハルト!ねえ、無事!?傷は!?」
私はエアハルトに半分押し倒されたまま叫んだ。私の服も血で染まっている。
「大丈夫……です」
エアハルトが両手に力を込め、体を起こす。撃たれたのは左肩のようだ。
「突然、失礼しました、ヒルト様。お召し物も、私の血で汚してしまい」
「そんな事いいから!早く手当てしないと!」
カシーク准将が衛生兵を呼び、それからこちらにやって来るとエアハルトの傷を見る。
「フム、うまい具合に急所は外れているな。いや、避けたのか」
「ギリギリでしたが」
「ごめんね……エアハルト……私のせいで……」
泣き出しそうになるのを必死にこらえた。自分を庇ったせいで他人にこれだけの怪我をさせるなんて初めてだ。
何故かまたカシーク准将が感心したような声を上げる。
「いえ……これが務めですから……」
エアハルトが出血のせいか少し白くなった顔でにこりと笑う。
やめてときめいちゃう。
どうせヒルトの事を恋愛対象として見てないくせに!
「良い副官をお持ちのようですな。銃の腕も自分より上のようだ」
カシーク准将が応急の血止めをエアハルトにしながら言う。
「准将も、すみませんでした。私が余計な口出しをしたばかりに」
まさかオットマーがあそこまでバカな事をするとは思っていなかった。あれならあのままカシーク准将に撃ち殺させておけばエアハルトが怪我をする事も無かったのに。
……私も思考が物騒になってるな
「いえ、まさかマールバッハ准将の方を狙うとは思っていなかったので、自分も反応が遅れました。あの男が愚か過ぎただけで、あなたに責任はないでしょう」
エアハルトが衛生兵の手当てを受けている間、私は座り込んでいるバルドの方へと向かった。カシーク准将も付いてくる。
私達が近付くとバルドは怯えるように身を竦める。
「御令嬢とその副官に感謝するのだな、フュルマン少佐」
カシーク准将が冷たい口調で言った。
「彼が先にブラスターを破壊しなければ、俺が貴様の相棒と同じように貴様も撃ち殺していた」
「ぼ、僕は……見てただけで女の子には手を出してない……後ろから撃ったりもしてないんだ……信じて……ヒルト姉さん……」
バルドが俯いたまま、ぶつぶつと言った。
「そう、例えそうだとしてもね」
私はそのバルドに歩み寄る。
「あんたは軍人である以上、オットマーの事を止めなくちゃ行けなかった。自分で止められないのなら、上司に報告しなきゃいけなかった。出来る事なら、身を挺してでも民間人の事は守らなくちゃいけなかった。それが出来なかった時点で同罪……とまで行かなくても、あんたの罪は軽くないの」
バルドが泣き出す。私は自分もしゃがむと、泣いている彼の頭を抱いた。
「でも、あんたがやってない、って言うんならそれは私は信じて上げる。だからもう大人しく捕まって、軍事法廷に出なさい。あんたがやってないのなら、それはきっと裁判で証明されるから、銃殺刑になったりはしないわ」
バルドは泣いたまま、何度も頷いた。
「准将」
しばらくしてようやく自力で立ち上がったバルドが兵達によって連行され、オットマーの死体も運ばれた後、私はカシーク准将の方を見た。
「もし本当にバルドが自分では何もやっていないのなら、それはあの少女の遺体を調べれば分かるでしょう」
「そうですな」
「その点に付いては、法廷で公正な検証がなされる事を約束します。ですから、彼がブラスターをあなたや私に向けた事は、どうか一時の精神錯乱の故、と思って忘れて頂けませんか?」
逮捕されることに抵抗して上官に銃を向けた、と言うのはそれだけで罪としては軽くない。
本当はバルドもここで撃ち殺されているはずの人間だが、もし彼が言う通り本当に自分では何もしていないのなら、命は助けたかった。
私がそう言うと、カシーク准将は少しだけ考える素振りを見せた。それから今までより少しだけ温度が感じられる表情で笑う。
「いいでしょう。自分も決して許せないと思う事がいくつかあるだけで、別に絶対の規律の擁護者と言う訳でもないのです。あなたに小さな貸しを作るのも悪くなさそうだ」
良かった、と私は前世より小さくなった胸をなでおろした。
射殺された理由が私を撃とうとしたから、では他の一族も納得せざるを得ないだろう。この事件のせいでクレメンティーネと門閥貴族達の関係が悪化する事は無いはずだ。
そしてカシーク准将に私が与えた印象も、決して悪い物ではないらしい。
結果としては、エアハルトの負傷以外は物事は私にとって都合のいいように転んだのかも知れなかった。
一台の装甲指揮車が走ってくると、そこから二人の女性が降りてきた。
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