第九話 凶弾

「3A=2地点にいる士官の中に私の一族は?」


 エアハルトに訊ねた。


「オットマー・フォン・ケーラー中佐とバルドィーン・フォン・フュルマン少佐です」


 エアハルトが友軍の配置図を見ながら答える。


「あの二人かあ……」


 どちらも男爵の爵位を持つヒルトの従兄弟だった。

 特にバルドの方は半年遅く生まれただけの同い年で、幼い頃は兄妹のように接していて、彼が殺された事に関する前世のヒルトの怒りと恨みは相当な物だった。


 性格は何と言うか、オットマーの方がかなりの問題児で、バルドの方はそれに引きずられて損をするタイプだ。


 二人でつるんで相当な無茶をやっている、と言う噂も流れていたが、ヒルトは気にしていなかったみたいだ。


 現場に着いて指揮車を降りると、何人もの兵士が見守る中、三人の士官が対峙していた。

 その内二人は、オットマーとバルドで、もう一人は准将の階級章を付けた若い男だ。

 准将の足元には一人の女性が倒れている。服が真っ赤に染まっていて、生きてはいなさそうだ。


 そしてオットマーは個人用携帯光線武器ブラスターを抜いていた。


 その光景を見て、エアハルトが私を庇うように前に出る。


「あれは……」


 私はその准将の事を思い出そうとした。


 一九〇cm近い長身と淡い茶色の髪、独特の意匠の眼帯で隠した左目と、灰色の瞳の右目を持つ冷たい印象を与える二十代半ばに見える美男子。


 ヴァーツラフ・フォン・カシーク。


 クレメンティーネ配下の提督の中でも初期から彼女に仕え、下級貴族出身ながら二十代で准将に昇進し、後には双璧の片割れと見做されるだけの卓越した功績と名声を誇るようになる。

 ヒルトとはこの時の因縁を始まりに個人的にも勢力的にも何度も対立し、そのために手痛い目に合わされる天敵の一人である。


 正直ヒルトとしてはクレメンティーネ本人以上に嫌いな相手だったかも知れなかった。性格悪いし。


 そしてステは……


統率92 戦略91 政治87

運営55 情報73 機動77

攻撃95 防御90 陸戦88

空戦91 白兵90 魅力88


 つえー……


 エアハルトと甲乙つけがたい能力だなあ……


 オットマーとバルドのステはお察しだったので省略しておく。


「おや、これはこれは。マールバッハ公爵家の御令嬢ではありませんか」


 カシーク准将はブラスターを突き付けられながらも、平然とした様子でこちらを見やり、慇懃無礼のお手本のような口調でそう言った。


 オットマーは完全に平静を失っている様子で血走った目で私の方を一瞬見てまたカシーク准将に視線を戻し、バルドの方はすがるような目で私を見て来た。


「これは……どう言う状況か説明して頂けますか?カシーク准将」


「見ての通りですよ、と言っても伝わらないか」


 カシーク准将が形のいい唇を歪める。


「そちらの二人がこの少女を暴行目的で襲い、思わぬ反撃を受けて逃げ出された所を背後から何発もブラスターを撃ち込み、殺したのです。ちょうど自分は彼女が血だらけになりながら逃げて来る方向に居合わせましてね。救おうとしたのですが間に合いませんでした」


 口調は氷のように冷静で、そして剣のように鋭かった。

 淡々と語られる内容に凄惨さに、私は言葉を失う。


「ち、違う、俺は……」


 オットマーは顔を真っ赤にしながら何か言い掛ける。


「黙れゲスが!どう言い繕おうが彼女の傷を調べればそれが貴様のブラスターによって出来た物だと言う事は分かる!武器を持たない相手を背後から撃ち殺した事実を誤魔化す事は出来んぞ!」


 カシーク准将の氷の言葉の中から炎が出て来た。

 皮肉げで冷淡なように見えて、中身はびっくりするほど熱い人間らしい。


「そ、それがどうした!こんな平民の女が俺に傷を付けたのだぞ!殺して何が悪い!」


 オットマーが開き直って叫んだ。カシーク准将の顔色が白い物に変わる。怒りが限界に達したらしい。


 ああ。

 これは、もうダメだ。

 擁護の仕様がないし、擁護しようと言う気も起きない。


 それでも周囲の兵士たちは、将官と貴族の争いにどうすべきか戸惑っているようだった。


「オットマー、バルド」


 それでも私は口を開いた。


「あんたらの行動は明白に軍規に違反した犯罪行為よ。もうこれ以上罪を重くしないために、大人しく武器を捨てて逮捕されなさい」


「ひ、ヒルト姉さん」


 今まで黙って震えているだけだったバルドが口を開いた。丸顔の、何とも頼りない表情の男だが、オットマーよりはまだ冷静さを保っているようだ。


 カシーク准将が露骨に舌打ちする。私が自分で逮捕する事によって二人を助けようとしている、と思われたのかも知れない。


 まあ、そう見えるよなあ。


「カシーク准将、ここは私に任せてもらえませんか」


 私は勇気を振り絞ってそう言った。


「何故でしょう?」


 カシーク准将が冷たい視線をこちらに向けて来た。うう、怖い。


「彼らは直接のあなたの部下ではありません。そしてあの二人は冷静さを失っています。ここでこれ以上あなたが刺激してこの場で即決銃殺を行うような事になれば、後日面倒な問題が起こるでしょう。ここは私が彼らを逮捕します」


「逮捕して軍事法廷に掛けたとして、彼ら、特にケーラー中佐の方はさほど議論の余地もなく銃殺刑になるでしょう。裁判が公正に行われれば、ですが。それでも敢えて逮捕すると?」


「信じて下さいませんか?マールバッハ公爵家に自浄の機会を下さい。必ず彼らには公正な裁きを受けさせます」


 割と必死だった。ここでカシーク准将が二人を撃ち殺してしまえば、例えヒルトにそのつもりが無くても門閥貴族達とクレメンティーネ一派との対立が激しくなるだろう。


 私がじっとカシーク准将を見つめ続けると、彼は目を閉じ、首を小さく横に振った。


「分かりました。ここはあなたに任せる事にしましょう」


 その顔は決して温かみがある物では無かった。


 私が約束を守るとは微塵も思っていない、もし私が約束を破るようであれば、それはそれで後日全力で叩き潰すので構わない、と言う冷たい意思がその眼から見て取れた。


「ありがとうございます」


 私は息を吐いた。後日自分の一族達に公正な裁判の邪魔をさせない、と言う難題は残ってしまったけど、どうにかこの場は収まったようだ。


 私がそう思った時、エアハルトが突然私を突き飛ばした。


 何すんじゃ、と言い掛けた時、ブラスターの射撃音が響き、一瞬前まで私がいた場所に入れ替わるように立つ事になったエアハルトの体を赤い閃光が貫いた。


「えっ……」


 エアハルトが赤い液体をまき散らしながら、そのまま態勢を崩して倒れた私に向かって覆いかぶさってくる。

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