第八話 親の七光りは最大限に活用するのが世渡りのコツである

 帝国宇宙軍の一個戦略機動艦隊には通常編成で大気圏突入能力を持った強襲艦四〇隻と惑星制圧・要塞攻略の専門家である空間突撃兵約二万名が配属されている。


 そしてそれとは別に各艦には敵艦からの白兵攻撃や小規模な偵察・制圧任務に備えた二十名から四十名の陸戦隊が配属されていた。


 エアハルトは私の任務部隊からその陸戦隊を抽出し、四百人程の上陸部隊を短時間で編成した。


 私は装甲指揮車に乗り、その上陸部隊の後方から惑星ハーゲンベックの地表を進んでいる。


 惑星ハーゲンベックはハーゲンベック侯爵領の首都星で、四億を超える人口を有する帝国でも有数の豊かな星らしいのだけど、今は宇宙空間での戦いからどうにか逃げ延びた損傷艦の上げる噴煙や、その損傷艦を追撃して攻撃を仕掛ける船の砲撃によって、地表のあちこちで黒煙が上がる、痛ましい光景を私の眼前にさらけ出していた。


 その、宇宙で繰り広げられるSF映画じみた光景が与える物とはまた別の生々しい破壊の気配が、ああ、私は戦争をしているのだなあ、と言う実感を引き起こして来る。


 ちなみに私が乗っている指揮車はごく普通の六輪駆動車だった。重力制御を応用した浮遊自動車エアカー歩行式移動機ウォーカーも実用化されているらしいが、コストや信頼性の問題から未だに戦場では昔ながらの装輪式や履帯式の車両が使われているらしい。


「あの砲撃」


 私は、すでに戦闘能力を失った巡洋艦に対し、執拗に攻撃を繰り返している一隻の駆逐艦を指して言った。放っておけば流れ弾が居住区まで飛んでいきそうだ。


「はっ」


 横にいた兵士が緊張した様子で答える。


「目障りよ、やめさせなさい」


「あの艦は、我が任務部隊の所属ではありませんが」


 兵士が軽く青ざめながら答える。


「それがどうしたの!?この私、ヒルトラウト・マールバッハがやめさせろと言っているのよ!?」


 私は渾身の演技力を発揮してヒステリックに怒鳴った。兵士が今度は真っ青な顔になると、慌てて通信機で連絡を取り始める。


 うん、許せ。君の行動は多分何人かの民間人を救うぞ。


 彼が通信を終えるとさほどの時間も掛けずに駆逐艦からの砲撃が止まる。

 こんな越権行為がまかり通ってしまうのはハンスパパの艦隊が軍事組織としてまともに機能していない証拠のような物だけど、今は私自身がその利点を最大限に生かしているのだから文句は言えなかった。


「敵の抵抗は今の所小規模のようです。次々と降伏して行っているようですね。ただ、すでに一部の味方部隊が略奪などを行っているようです」


 エアハルトが声に苦い物を交えながら報告した。


「お父様に繋いで」


「はい」


 すぐ指揮車のモニターに恰幅のいい中年男性が映し出された。

 ヒルトの父であるハンス・フォン・マールバッハ公爵。帝国では皇帝と帝国宰相に次ぐ権威と権力を持つ、大貴族にして帝国宇宙軍上級大将・第三戦略機動艦隊司令官。


 娘であるヒルトと同じく生まれの高貴さと言う物の価値を疑っていない選民意識に凝り固まった人間ではあるが、カッとしやすい娘と比べれば優柔不断な分だけ温厚であり、意図的な悪意を他人に向ける事は少ない。


 ヒルトの前世では過激な娘に引っ張られる形で門閥貴族の代表としてクレメンティーネと敵対し、最後は敗死している。


 ステータスは……何か見たくもないけど……


 統率25 戦略56 政治60

運営9 情報30 機動28

攻撃48 防御32 陸戦43

空戦40 白兵45 魅力80


 ……これに一個艦隊を指揮させるのは最早犯罪ですらあるな……


 統率25って私のほぼ半分じゃん。


「おお、ヒルトか。何かあったのか?」


 掃討戦に移っているとは言え、戦闘中の指揮官とは思えない吞気な様子でハンスパパは応じた。


「あ、パパ?制圧戦を行っている部隊が略奪をしているわ。すぐにやめるように全軍に厳しく通達して」


 私がそう言うとハンスは困ったような顔をして汗をふいた。


「ああ、それか。うむ、あまり乱暴な事はせぬようにと言っているのだがな。しかしまあ皆良く戦ってくれた事だし、勝ち戦で浮かれているのだろうし、そんなに厳しく言わなくても……」


 これでもまだマシな方、と言うのがだいぶどうしようもないんだよなあ……


「それよりヒルト、地上に降りていると聞いたのだが、あまり危ない事をしてはいかんぞ。後方から動かず、出来るだけすぐに自分の船に戻って……」


「もういい!私が自分でやるから!」


 私はそう言ってハンスパパとの通信を切ると代わりに全軍に向けてのオープン回線を開いた。


「第三戦略機動艦隊第四任務部隊司令、ヒルトラウト・マールバッハ准将です。艦隊司令ハンス・フォン・マールバッハ上級大将に代わって全軍に以下の通達を行います」


 全軍に私の声が響き渡った。


 うーん思えば私人前で喋るのそんな得意な方じゃなかったはずなんだけどな。

 自分でも不思議に思うぐらい堂々と喋れているのはヒルトの記憶が与える謎の自信のせいだろうか。


「捕虜並びに民間人に対する暴行、略奪、民間施設への破壊行為などを行い、皇帝陛下の臣民を害し、帝国軍並びにマールバッハ公爵家の威信と名誉を傷付ける者は、階級、身分の上下に関わらず、之を全て軍規に基づき厳正に処分します……名門貴族なら許されると思ってる奴がいたら大間違いだからね!」


 ……お前がやってる越権行為だって軍規違反だろう、と言う声がどっかから聞こえて来た気がしたが知るもんか。親の七光り万歳!


 この通達にどれほどの効果があるのかは分からないが、少なくともこれでクレメンティーネには私が良心的な人物である、と言う事は伝わってくれたはず……


 そう思っていたらそのクレメンティーネから通信が入った。


「マールバッハ准将、今の全軍への通達、お見事でした」


 クレメンティーネが相変わらず柔らかい笑みで言った。


「いえ、親の威光を借りただけです。褒められた物ではありません」


「権威も権力もどう用いるか、ですよ。それがどんな由来の物であるかは些細な事です」


 それはこの帝国では結構際どい発言では?と思ったが聞き流す事にした。


「マールバッハ准将、あなたに一つお願いがあります」


「何でしょうか?」


「3A=2地点で私の部下があなたの一族と対峙しているようです。向かっていただけませんか?私もすぐ向かいます」


 そうだった、私の従兄弟が二人、軍規違反でクレメンティーネの部下に射殺されるんだった。

 帝国軍は著しく規律を乱した者を上官が即決銃殺する事を認めている。さすがに滅多に適応される事は無いらしいけど……


 間に合わなかったかもしれないけど、急がないと。


「分かりました。すぐ向かいます。出来ればあなたの部下にも自重するようお伝えください」


「ええ。それで止まってくれればいいのですが」


 クレメンティーネが頷いた。


 何か、試されてる気配がするなあ。

 そう思いながらとにかく私は現場に向かう事にした。

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