第七話 違和感
ヤバい、ヤバい、優しそうなのに圧が凄い。何もかも見通されそうな視線も怖い。
後滲み出るカリスマがヤバい。モニター越しでも伝わる戦争の天才オーラがヤバい。
ああ、時間と立場が許されるなら軍事についてとことん質問攻めにしたい……!
私がこの世界の歴史に名を残すであろう名将と———もっともロスヴァイゼの予言通り、この世代で人類が滅びなければだが———会話した事の興奮に打ち震えていると、エアハルトが遠慮気味に声を掛けて来た。
「あの、ヒルト様……」
「あ、ごめんごめん、エアハルト。聞いた通りだから適当に陸戦隊を編成して指揮してね。私も一応降りるからそのつもりで」
「ヒルト様も降下されるのですか。本格的な陸戦になるとは思えませんが、それでも危険です」
「大丈夫よ、あんたが守ってくれるでしょ?」
陸戦90白兵93のボディガードに対する信頼は絶対だった。
「それは、当然そのつもりですが」
「それに戦闘に参加する気はないわ。私はただ、お父様の部下がバカをやらかした時、それを止める役をするつもりなだけよ」
「バカ、ですか」
「そうバカ」
民間人に対する略奪や暴行や虐殺、とはっきり口には出さなかったが、エアハルトには分かったようだった。
何と言うか、門閥貴族の軍と言うのは、帝国軍の中でも基本的に練度も規律も低い。
特に大貴族になればなるほど、高級士官に実戦経験どころかロクに軍事知識もない貴族が増えてくるため、その傾向が強くなる。
もちろん前世のヒルトはそんな自覚など持っていなかったが。
そんな軍隊がうっかり勝ち戦の高揚に呑まれてしまうと次は何が起こるか、エアハルトにも容易に想像は付くようだった。
全く、国や時代によっては貴族階級は戦士階級と切っても切り離せないような存在で、強い軍隊を持っている事が貴族のステータスみたいな事もあったのに、何でウチの帝国の貴族達はこんなていたらくなのか……
この戦争が終わったら一度この世界の歴史を勉強し直してみたいなあ……とにかくヒルトの知識だけでは全体的にふわっとし過ぎている。
「一つ伺って宜しいですか?」
「なあに?」
「何を、考えておられるのです?」
「そうね。今はエーベルス提督と仲良くしたい、ってだけかな」
「失礼ですが、ヒルト様、突然お人が変わられたように見受けられます」
さすが忠臣にして幼馴染は鋭かった。
そりゃまあ、違和感あるよなあ。
ほんの少し前までクレメンティーネの悪口言いまくってたもんなあ、この子。
「実は私がずっとダメダメな貴族の令嬢をわざと演じていただけだった、って言ったらあんた信じる?」
「少し、信じがたいですね」
エアハルトが苦笑気味の表情で答える。
私はふと、後ろめたさに襲われた。
確かにヒルトは客観的に見てもどうしようもない選民意識と傲慢さに凝り固まった悪人で放っておけばこの先ほぼほぼ世の中の害になる事しかしない上に、最後にはエアハルトの事まで死なせてしまうのだが、それでも彼女がエアハルトに抱いていた恋心は本物だ。
彼女がエアハルトを死なせてしまうのは決して本意では無かったし、彼が死んだ時にはそれは身勝手な物であっても、深く大きな哀しみの記憶があった。
ここで彼女のふりをして彼と接し、彼の事を利用しているのは、何だかその彼女の思いを踏みにじっている事のような気がする……
ヒルトは同情すべき相手では無いのかも知れないが、記憶を共有している分どうしても感情移入してしまっていた。
「そうね、あんたにならいつか本当の事を話すかもしれないわ、エアハルト」
私はヒルトとしての演技をしながら、それでも真正面からエアハルトの顔を見て言った。
「本当の事?」
「私が突然、変わった理由。それを話すまでの間は、私の事を信じて、力を貸してくれない?」
これが精一杯の誠実さだった。エアハルトから不審を抱かれたままでは、この先を戦い抜く事は出来ないだろう。
今私が頼れるのは彼しかないのだから。
「陸戦隊の編成に、入ります」
しばらく考える素振りを見せた後、エアハルトは頷き、そう答えた。
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