第六話 クレメンティーネ・フォン・エーベルスとの邂逅

「どうされますか?」


 エアハルトが恐らく確認の意味で訪ねて来た。


「動く必要はないよ、もう味方の勝ちは決まってるし。あそこに敢えて私達が出て行っても、大勢には何の影響もないでしょ」


 艦隊を率いて戦いに勝つ事に興奮と楽しさが無かった訳ではないけれど。


 それでも今は初めての戦いに疲れた、と言う気分の方が強くあるし、勝ちが決まった戦いで無用に血を流す事にも加わりたくなかった。


「では兵達に降伏したクライスト艦隊の武装解除と後は一旦休息を命じますね」


「お願い。それと、エーベルス艦隊に通信を」


「はい」


 エアハルトの表情が少し緊張した。

 ここに来て突然の変容ぶりを見せた主君をまだ信用し切れていないのだろう。クレメンティーネを相手に何を言い出すか、と警戒しているのかもしれない。


「大丈夫だよ、おかしな事は言わないから。ただお礼を言うだけ」


 私は笑ってそう言った。


 メインディスプレイに映し出されたのは、ヒルトと同い年程度に見える、金髪で赤い目をした驚くほどの美少女だった。


 公平な目で見てその美しさはヒルトを超えている……ヒルト本人は絶対に認めないだろうが。

 あの女神ロスヴァイゼには及ばないのかも知れないが、彼女と違って一見した印象は何だか大人しげで儚げな表情なのが好印象だ。


 こんな子がこれから数年の内に史上最年少の帝国軍元帥に昇進し、さらに帝国最大の権力者になるのだから分からない物だった。

 さてステは……


統率99 戦略98 政治90

運営58 情報69 機動91

攻撃98 防御97 陸戦55

空戦64 白兵35 魅力100


 こんなんチートや!チーターや!


 いやー、分かってたけど凄まじいステータス。

 統率99に魅力100とかもう人の上に立つために生まれて来た人間じゃん。


 よーこんなんと張り合おうって気になったな前世のヒルト。多分エアハルトをフル活用してもちょっとしんどいぞ。


 まあ今回私は彼女と真っ向から敵対する気なんて微塵も無く、むしろ彼女を利用するつもり満々なのだから、彼女がどれだけ強くても困る事なんてきっと無いはず。

 ただ、分かってはいても魅力の差がこうして数字ではっきり表されるとちょっと悲しい。


「ヒルトラウト・マールバッハ准将です。救援に感謝します。また救援を受けておきながら、最後を攫うような真似をしてしまい済みません」


 若干……いや、かなり緊張し、敬礼しながら私はそう挨拶した。

 それに対し、クレメンティーネもやわらかに微笑みながら敬礼を返す。くそう、可愛い。


「クレメンティーネ・フォン・エーベルスです。宮廷や軍務省で顔を合わせた事はありますが、こうして話すのは初めてですね」


「ええ」


「降伏勧告については気にしないで下さい。叛乱軍とは言え元は同じ帝国の臣民。無駄な犠牲を避けるのが一番ですし、そのためには少しでも早く勧告する事の方が大切だったのですから」


 それから、クレメンティーネは微笑みの中に少しだけこちらを試すような色を加えた。


「それに、ひょっとしたら我が艦隊の援護は不用だったのではないですか?」


「いえ、そんな事は。あの艦隊運動が精一杯でしたよ。最初からあなたの艦隊が救援して下さるのをアテにしていました」


「そうですか」


 クレメンティーネが穏やかな笑みのまま頷く。

 怖いっ!その笑顔が怖いよっ!


「これから私はハーゲンベック星系の地上制圧に移るつもりですが、あなたはどうされますか?」


「あー……えーっと……」


 気圧されていたが何とか気を取り戻し、この先の推移を思い返した。


 確かこの先、ヒルトの父であるハンスは地上制圧部隊の統率を取れず、酷い虐殺と略奪を占領地で引き起こすのである。

 それをクレメンティーネの配下が止めようとし、その結果ヒルトの一族である貴族が殺された事が、またヒルトとクレメンティーネの間での対立の理由の一つになったような……


「でしたら、私の部隊も使っていただけませんか?エーベルス提督」


 少しだけ考えて私はそう答えた。放っておけば面倒な事になる。だったら現場にいてクレメンティーネの点数を稼ぐ事を考えよう。


「あなたの部隊を?」


「恐らく敵の制圧よりも、味方の暴走を抑える方が大変になるでしょう。もし父上の部下で扱いに困る者がいた場合、私に振って頂ければ面倒が無いかと思います」


 クレメンティーネの微笑みの中に若干、困惑の色が混ざった。


「警戒されているようですね」


「そうですね。あなたにそこまでしていただく理由が分からないので」


 ヒルト個人の感情は別としても、クレメンティーネは全体として門閥貴族達から大きく反感を持たれている。警戒されるのは当然だった。


「理由はまたいずれ機会を取ってゆっくりお話ししたいと思います。今はただハーゲンベック領に住む帝国臣民の保護のために、私にもお手伝いさせて頂けませんか?」


 ちょっと低姿勢過ぎて却って警戒されるかな。

 そうも思ったが、クレメンティーネは笑顔を作り直し、それから頷いた。


「そこまで言われるのでしたら、ご厚意に甘えましょう。我が艦隊は二時間後には降下を開始するつもりです」


「分かりました。私も降下部隊に加えてもらうよう父上にお願いします。降下後はあなたの指示に従います」


 クレメンティーネとの通信はそれで終わった。

 私は大きく息を吐く。心臓がバクバクと鳴っていた。

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