第四話 まずは「よきにはからえ」型の主君に徹する事にする

「敵が仕掛けてくるとしたら、どのタイミングだと思う?エアハルト」


「敵の防御陣形が崩れ、こちらの艦隊がとどめを刺すために近接戦闘に入る寸前でしょう。こちらの陣形も乱れ、付け込む隙が大きくなります」


 私は頷いた。やっぱりエアハルトの予想は的確だ。

 戦闘開始から二時間。敵の防御陣形が崩れ、後ろに下がり始める。全艦隊全速前進、近接戦闘用意、と言う勇ましい号令が全艦隊に響いた。


 ヒルトの前世では、ここで高揚したヒルトは必死に止めるエアハルトを無視して味方を押しのける勢いで前進し、艦隊の隊列を乱した結果、奇襲を掛けられて酷い目に合うのである。

 後方からの奇襲を予想していたエアハルトとしては、気が気でなかっただろうなあ。


「どうしよう」


「後方に備えるため、と言う理由で待機を申し出るのも良いのですが、それでは敵の奇襲部隊が姿を現さないかも知れません。ここは陣形を維持したまま、形だけでも前進するのが良いかと」


「ではそのように」


 今の私が実戦の指揮をしても多分艦隊を混乱させるだけだろう。やはりここは最後までエアハルトに任せよう。


「後方に艦影!暗礁空域を迂回して接近してきたようです!」


 オペレーターの一人が叫んだ。


 艦橋の全員が緊張したのが分かった。私も含んで。


 今まで散々に軍務に対する無能さと怠惰さと不誠実さを見せ付けて来た上官が突然、敵の動きを的確に予想し始めたからと言って、急に信用出来る物でも無いだろう。


 最後まで上手く行くのか。その疑問を皆が抱いているに違いない。


 そして私も、初めての実戦から来る緊張と不安と恐怖から逃れる事は出来ない。


 この先何が起こるのかは、ヒルトの記憶から知っている。

 だけど本当に今回もその通りになるのか。何か些細な事がきっかけで、全く別の展開になってしまう事だってあるんじゃないだろうか。

 そうなった時、自分はあっけなくここで死ぬ事だってあり得るのかもしれない。


 ディスプレイに新たな黄色い艦船のモデルが次々と表示される。それだけでなく、艦橋のメインスクリーンに映し出される宇宙の映像に、星とは別の光点が無数に現れ、次第に大きく、鮮明になってくる。


 それらの数が増えるにつれ、自分の血圧が下がって行くのが分かった。


 私は息を一つ吐き、自分の隣を見やった。


 エアハルトはただ一人艦橋を包む緊張に呑まれてはいなかった。顔色一つ変えず、冷静にディスプレイを見やっている。


 これが、ただ未来をカンニングしているだけの私と違って、自分の能力でこの状況を予想していた人間の強さだろうか。


 そのエアハルトの冷静さが私にも平静を取り戻させた。


「数はやはり二百隻程です」


「少ないね」


「はい。しかし味方で後方に備えているのは我々の百隻だけです。そして恐らく敵は火力に優れた新鋭艦をこの別動隊に集中させているでしょう」


「大丈夫?」


「大丈夫です」


 エアハルトは全く気負いなく答えた。


 私の指揮の元―――それは実際にはエアハルトの指揮だったけど、あらかじめ後方に備えていた百隻の任務部隊は、整然と、まではいかないまでも、大きな混乱を起こす事無く次々と反転すると、新たに現れた敵に対する迎撃態勢を整えた。


 敵は奇襲の意図がまずはくじかれた事に気付いたのか気付いていないのか、どちらにせよ躊躇いも見せず猛然と突き進んでくる。


「まもなく砲戦の射程に入ります!」


 オペレーターの声が響く。味方の迎撃態勢が整っているの目にしてか、その声色は先程よりも若干落ち着きを取り戻している。


「ヒルト様、ご命令を」


「え、あ、うん」


 私は一度目を閉じ、自分の中にあるヒルトの乏しい軍事知識の記憶を引っ張り出した。

 それから深呼吸し、目と口を開く。


「全艦隊、砲門開け!射程に入った艦から砲戦開始!」


 私がそう叫んだと同時に。

 艦橋のメインスクリーンに激しい閃光が走った。


 敵から無数のビームとレールキャノンが放たれ、こちらの弾幕をかいくぐって各艦が展開しているシールドに達すると、それぞれのエネルギーの性質に応じたきらめきを放ってそこで四散する。


 戦場は当然真空空間だが、至近距離に張られたシールドが生むエネルギー空間は艦隊までその衝撃の振動を伝え、敵の攻撃が届くごとに不吉な音が艦橋を揺さぶった。


 こちらも負けじと砲撃を撃ち返しているが、数の差はいかんともしがたい。それだけでなく、敵の攻撃は明らかにこちらよりも効率的だった。


「押されてない?」


「敵の指揮官は優秀なようですね。的確にこちらの小型艦や旧式艦に攻撃を集中させ、防御陣形に楔を打ち込もうとしています」


「な、何か対処した方がいいんじゃないの?ちょっとでも陣形を組み替えたりさ」


「残念ですがこの激しい攻撃の中であらかじめ決めている以外の陣形に組み替えるにはこの任務部隊には練度が不足しています。混乱を生じ、却って敵に付け入る隙を与えるでしょう」


「でも大丈夫、と」


「敵の攻撃がどれだけ巧みでも、このまましばらくは耐えられるだけの陣形ではあります。そしてそれほど長く耐える必要は無いでしょう」


「分かった……」


 ここで動揺して余計な命令を出してエアハルトの邪魔をするようでは元のヒルトを笑えなかった。

 一度部下に任せると決めたら途中で口を出さず、最後までしっかり任せるのも名将の資質だ、と色んな本にも書いてある。


 私は黙って戦況を見詰める事にした。


「ヒルト様」


「うん」


「敵の奇襲を予想していながら、すべき進言をしなかった事は、申し開きもありません」


「許す。ただこれからは何か気付いたらすぐに言いなさい。私もなるべく聞く耳を持つようにするから」


「はっ」


 エアハルトは小さく頷いた。

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