第三話 デレがあるかないか。それが決定的な差だった
「確かにエーベルス提督の艦隊なら奇襲攻撃があっても適切に対処してくれるでしょうね。でもそれをあてにして何もしない、と言うのも癪だわ」
別に何もしなくても大勢は問題無さそうだが、ここで私も自分の艦隊に功績を立たせておきたかった。
この先の事を考えると家柄だけで出世しているろくでなしの公女と言う評判はなるべく早く覆しておきたいし、エアハルトを少しでも昇進させておきたい。
「敵が来る、とも限りませんが。我々が後方に備えれば、その分正面への戦闘参加の機会を失います」
ヒルトなら仮にエアハルトに進言されても、恐らくそう理由を付けて後方に備える事を却下しただろう。
エアハルトが自分の方からそう言い出したのは、多分私の言動があまりに普段のヒルトらしくなくて戸惑ったからかもしれない。
だけど私はヒルトらしく振る舞う事を早々に諦めていた。
彼女っぽい行動と判断をしていたらどう足掻いても人類より先に破滅するわい!
「来る方に賭けるわ。より悪い事が起こる方に賭けて失敗するのはその逆よりも大抵マシよ。特に戦争ではね。それにあんたの勘は敵が来ると言っているんでしょ?」
「はい」
「我が第四任務部隊は後方からの奇襲に備える。エアハルト、艦隊の陣形について進言しなさい」
「私が、ですか」
「自分でも分かっているんでしょ。あんたが一番適任よ」
本来副官の役職は事務の担当で、作戦に関して口を出す権限はない。
だけど私はその辺りの軍規も他の幕僚も無視して今はエアハルトに艦隊指揮を丸投げする事にした。
帝国軍の宇宙艦隊は皇帝直轄領と各大貴族の所領でそれぞれ編成された私設艦隊連合軍の色合いが強く、その程度の無茶は効く。
それにハンスパパが用意してくれた私の他の幕僚たち、ロクなのがいないよ!
エアハルトに及ばないのは仕方ないにしても、揃いも揃って戦略能力が私より低い参謀団って何さ!
たかだ大尉に百隻の艦隊を実質任せる、と言う事にその参謀達はあからさまに難色を見せたが、そこは本来のヒルトらしくじろりと彼らを睨みつけて黙らせた。
数字で見るステータスも大した事無いし、どうせ実際に奇襲を受けた時は右往左往する事しか出来ないのが分かっている。遠慮する事は無い。
エアハルトが後方に備えた艦隊陣形の変更案を出し、私がそれをそのまま承認して陣形変更の命令を出した所で、互いに射程に入った正面の艦隊が戦闘に入った。
前線からの映像が艦橋のモニターにも映し出される。
各艦がビームやレールキャノンを放ち、逆に敵のそれもこちらに届く様子が激しい閃光に彩られている。
しかし意外なほど、双方の被害は出ていない。
この世界の艦隊戦、と言うのはそう言う物らしい。双方が強固なシールドを展開し相互に連携しながら防御するため、正面から撃ち合っても中々互いに致命傷は与えられない。
ただ多くの艦は全周囲を完全に覆えるほどのシールドは持っていないため、どの方向を重点的に防御するか、と言うのが常に問題になる。
だから陣形の組み方、攻撃を仕掛ける方向、敵の防御の隙や攻撃のパターンを見抜くのが優れた指揮官の能力とされている……
そんな事をヒルトのふわっとした知識の中から引っ張り出しながら、私は戦況図の方へと視線を戻した。
互いに艦の性能に差が無く単純に正面から撃ち合うのであれば、後は数が多い方が勝利する。
負荷に耐えかねたシールドが徐々に効果を失い、それ自体ではビームやレールキャノンに対してはほとんど有効な防御能力を有しない艦船の装甲へと届き始める。
一隻、また一隻と双方の船が損傷して後退、あるいは後退する間も与えられず爆散し始める。その割合は、3対1以上の割合で相手の方が多い。
あの爆発している船には一隻で最低でも数百名単位の人間が乗っている。
それを知識として認識した時、私は不意にどうしようもない気分の悪さを憶えた。思わず立ち上がり掛け、口に手を当ててしまう。呼吸も脈も乱れているのが分かった。
一瞬で数百人の人間が死んでいる。今眼前で繰り広げられているのは盛大な殺人行為で、私はそれに加担しているのだ。
怖い、怖い、怖い。ひたすら怖く、寒く、痛い。気持ち悪い。
「ヒルト様」
エアハルトが立ち上がり掛けた私の肩に手を当てた。
「ご気分が優れないのであれば、お下がりになりますか?」
私は反射的にその手に自分の震える手を重ねてしまう。暖かかった。
「ううん、大丈夫。ただ、少しだけ手を握っていて」
ここで逃げ出せば戦争を甘く見ているお飾りの提督、と言う評判を覆す事は出来ないだろう。
そしてこんな事でくじけていれば、この先の戦いを切り抜けられない。
今の私の身長はエアハルトよりもやや低く彼を見上げる形になった。
エアハルトが頬をわずかに赤く染め、それから目を逸らす。
ん?
初めての実戦の恐怖で思わず取ってしまった咄嗟の行動だったけど……何か予想外の反応が……
エアハルトは結局忠誠心はあってもヒルトの事を恋愛対象としては見ておらず(ヒルトの性格を考えれば残当としか言いようが無いけど)、それがヒルトが彼を本気で憎む原因の一つになったはずだったが。
そして艦橋内が軽くざわついた。
“おい、今日の殿下は一体どうしたんだ?”
“頭打ったんじゃないか?”
“変な物でも食べたんじゃないか?”
“なんだあのしおらしさは”
“デレたぞ”
“まさかベルガー大尉が報われる時が来たのか?”
……おい、全部聞こえてるぞ。
私は素の照れくささもあって艦橋をまた、ぐるりと一周するように睨みつけた。艦橋スタッフが一斉に顔を下げる。
まあ、このやり取りでだいぶ私の気持ちも落ち着いていた。
正面の撃ち合いは味方有利に進んでいる。このままならエアハルトの予想通り、私達の仕事は無いだろう。このままならば、だ。
そうで無い事を私は知っている。そしてエアハルトも半ば確信しているだろう。
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