第2話 後日談


ひとしきり泣いて、少し目元を冷やした後。うちに帰った。

家ではちょっといつもより豪華な夕飯とクリスマスケーキが待っていた。

兄はいなかった。どうしてそんな事をしているのか分からなかったが、今日はボランティア活動をしていたらしくその打ち上げで遅くなるらしい。

いや、本当に何故急にそんな立派な事をしてるんだ私の兄は?


ともかく、兄不在のまま家族で夕食を食べた。

テレビではバラエティ番組が賑やかしている。

ご飯を食べ終わると、私は自室に引っ込んだ。冬休みに入っているのがありがたい。

自室に戻ると電子オルガンのスイッチを入れ、ヘッドフォンのプラグを差し込むと小学生からのスコアを拡げて習った曲をひたすら弾いていった。

なんか、そんな気分だったのだ。

私は、とにかく習った曲を次から次へと弾いていく。

「……い」

私は次から次へと弾いていく。

「おいってば!」

「あれ、おにーちゃん?」

気付けば兄に肩を揺すられていた。結構な時間が経っていたらしい。私はヘッドフォンを外す。

「お帰り、おにーちゃん」

「お帰りって……ただいま。なあ、なんかあったか?」

「ううん、なんにもないよ?何で?」

「母さんが、様子がおかしいって……まあ、でもそっか。何もないか。ならいい」

「うん、何にもないよ」

「そういえば、ようやく作詞の方が出来上がったよ。見るか?」

「え、ほんと?見せてよ」

兄はカバンからノートを取り出すと開いて私に渡した。

私はそのノートを読んでいく。まあ、きっといつものスカした感じだろうなと思って読み進めていったのだが

「……ちょ、ちょっとおにーちゃん!妹になんてもの見せるのよ!」

「え、そんなにダメか?」

兄は傷ついたようだった。

「いや、ごめん!良い悪いでいえばすごく良いんだけど、身内がコレ書いたかと思うと見るに耐えられなくて!」

スカした感じなかった。むしろ血が通ってる感じがした。それはそれとしてそれを我が兄が書いてると思うとムズムズして仕方ない。私も顔が赤くなってしまう。

「あー、もう。すごくいいよ。今まで一番。でも急にどうしたの?今朝まであんなに悩んでたのに?好きな人でもできた?」

と尋ねてみたら、表情こそ変えなかったものの顔を真っ赤にしていた。なんだこの兄。

「ちょっとその反応止めてよ?こっちが恥ずかしくなるじゃん」

「いや。悪い。俺もこんな気持ち初めてで戸惑ってるんだ」

「だから止めてよその初々しい態度!」

「だから悪いってば!」

でもそっか。だからか。もう一度兄の書いた歌詞を見る。相手を好きだって気持ちが溢れていた。

「その好きって、もう伝えたの?」

「いや、勘弁してくれ。今日自覚したばかりなんだ、少し整理したい……って、おい!?」

「え?あ……」

兄の歌詞を見ていたら、また涙が零れてきた。

「う、う、………っ!!」

溢れだした涙は、もう歯止めが効かなかった。けれど涙は仕方ないにしても声だけは漏らさないように必死に歯を食いしばる。

兄はそんな私を見て何も言わずに泣き止むまで頭にポンっと手のひらを乗せた。うぅ、兄の歌詞に泣かされる日が来るだなんて。



「そっか。告白できなかったか」

「うん」

私はティッシュで涙と鼻水を拭いながら答える。

「よし、お前唄え」

「え?」

兄が急によく分からない事を言い出した。

「だからお前ナギサの曲唄えよ。歌詞、作ったはいいけど実際に曲に乗せないとどんな感じか分からねーだろ?」

「おにーちゃんが歌えばいいじゃん」

「俺が作っておいてなんだけど、女性ボーカルの方が合うって。なあ、頼む」

「でも私、きっと歌う資格ない」

「なんで?」

「私さ、ナギサ先輩のピアノ聞いて好きになったんだ。だからさ、ナギサ先輩が好きなんじゃなくて先輩のピアノの才能を好きになったんじゃないかって」

「お前、ナギサへのプレゼント、何選んだ?」

「ガラスのブーツの金平糖」

「大丈夫、お前が好きなのはナギサだ、才能じゃねーよ」

「なんでそんな断言できるの!」

「滅茶苦茶あいつの好きそうなプレゼントじゃねーか。よくナギサのこと見てるよ。それに、ナギサと話してるときお前がどんだけ嬉しそうにしてたかも見てる。

なあ、好きのキッカケはピアノだったかもだけど、キッカケはキッカケだろ?お前のアイツの好きなところ、もうピアノだけじゃねーんじゃねーか?」

「……うん」

笑い方とか、少し意地悪なところとか、自由なところとか、案外ちょっと気を使ってるけどイマイチ伝わってないところとか、可愛いものが好きなところとか、とか、とか、とか……。

「……うん、いっぱいあるよ」

私やっぱり先輩の事が好きだ。

悔しい。兄の恋愛に対する理解度が深まってる!これが愛の力か!

「じゃ、歌録音しようか」

「え、ちょっと待ってそれは別というか。ほら、機材とか」

「俺の部屋にある」

「私歌上手くない」

「大丈夫、聞くのはナギサだけだから」

ちょっと、そこが一番私の見栄張りたい相手なんだけど!?



翌日のクリスマスの日、兄が歌詞が出来たから渡すとナギサ先輩を呼び出した。

白い息を吐きながら、コートのポケットに両手をつっこんで先輩を待つ私。手の中のプレゼントを感じながら。先生のによく似た、私のブーツで地面を踏みしめながら。頭の中ではずっと先輩の曲が流れている。

待っていると先輩はさほど待たずにやってきた。

「あれ?ライム先輩は?」

「私が代理です、ナギサ先輩」

私はまずは頭を下げて

「昨日はすいませんでした。言い過ぎました」

昨日の事を詫びた。

「ううん、俺の方こそ……昨日あれから、先生に好きって伝えたよ」

「え?」

「振られちゃったけど……不思議と悪くない気分だよ。ありがとう、サリナさんのおかげだ」

そっか。私の声が、先輩に届いたんだ。……私の声でも先輩に届くんだ。

「なら、良かったです。あ、これ、兄の歌詞です」

私はノートの内容をパソコンに打ち込んでプリントしたものを先輩に手渡した。

「それにこれ、良かったらどうぞ」

私は昨日渡しそびれたガラスのブーツの金平糖も一緒に渡した。

「へー、ありがとう。これすごく可愛いね。うん、すごくいい」

「で、これが」

私はスマホを操作して曲を再生した。

「私から先輩へのクリスマスプレゼントです」

「へー、え!?歌ってるのライム先輩じゃなくてサリナさん!?」

「はい」

その後先輩は、歌詞を見ながら曲に耳を傾けていた。

「……うん、思っていた以上に良かった。ライム先輩、良い歌詞書いてくれたよ。それに、サリナさんの歌もすごいよかったよ」

「ありがとうございます。ね、先輩?」

「うん?」

「好きです」

「え?」

「好きです。ずっと前から好きでした。すごい好きです」

「……ありがとう。嬉しいよ。でも、ごめんね、先生の事がまだ好きなんだ、だから」

「はい。だと思います。でも私も一緒です。今回振られても諦める気、ないですもん」

「え」

「だから頑張って先生振り向かせてくださいね?じゃないと、先に私の方が先輩の事を振り向かせちゃいますから」

「え、いや、なにそれ?」

「先輩たちが悪いんですよ?あんな曲作るから。あの曲ですごい応援されましたもん。今なら負ける気しないですから」

正直兄の事を舐めていた。歌になったら思った以上に勇気が貰えた。

あんな歌に応援された私は、もうね、ちょっとやそっとじゃ挫ける気がしなかった。


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