第1話びしょ濡れの少女  玲奈①

残暑厳しい8月下旬の午後3時、久しぶりに雨が降った。

しかも、雷を伴う激しい大粒の強い突然の雨。

東京中野のライブバー「ボレロ」のドアが開き、びしょ濡れの少女が入って来た。

かなりの美少女で18から19歳。

「あの・・・雨宿りさせてください」と震え、目には涙をためている。


ママの黒田良子は、カウンターにいたウェイトレスに声をかけた。

「桜ちゃん、あの子に着替えを」

「濡れた服は洗濯してあげて」


ウェイトレスの「桜」も、かなりの美少女。

「はい、ママ」と、びしょ濡れの美少女に近づき、声をかけた。

「え・・・いいんですか?」

びしょ濡れの美少女の声がした。


桜はそのままびしょ濡れの彼女を連れて、店の奥のドアに消えた。


その数分後、一人の若い男が入って来た。

杉田俊、この店と契約しているミュージシャンである。

「ごめん、遅れた」と、ピアノを拭き始めた。

少し間があった。

「飛び込みで、中央線が止まってさ」


ママは、ため息。

「本当に多いよね、どうにかならないのかな」


杉田俊は、ピアノを拭きながら、低い声。

「それぞれに、どうにもならない事情はあるさ」

「もう、どうにもならない、生きていたくない、死ねば楽になると思うんだね」

「一度止めても、状況次第で、また飛び込むかもしれないよ」


ママは、杉田俊を手招き。(耳元でささやいた)

「あのさ、さっき女の子がびしょ濡れで入って来て」

「今、着替えさせている」

「雨宿りとは言ったけれど、見るからにワケありかな、そんな感じ」

「実は、二三日前にも、店に来ていてさ、俊ちゃんが誰かの相談に乗っているのを見ていた、それも、熱心に何度も」


俊は店の奥のドアを見た。

「ママがそこまで言うなら、何かあるのかな」

「でも、相談目当てでなかったら?」


ママは、軽く俊の背中を叩いた。

「それならそれでいい、何か聞かせてあげて」


店の奥のドアが開いた。

グレーのジャージ上下に着替えた、少女が出て来た。

シャワーを浴びてシャンプーもしたようで、長い髪がまだ濡れている。


「申し訳ありません」

「ただの客なのに、こんな親切にしていただいて」

そこで、涙があふれた。

「こんな・・・私なんかに・・・」


ママは、その少女をしっかりと抱いた。

「そんなことないよ、こんなに可愛いじゃない」

「お名前を教えてもらってもいい?」

「下の名前だけでもいいから」


少女は、ママに抱きかかえられた途端、ワッと泣き出した。

しばらく泣いて、「玲奈です」。

「玲奈」は、また、しばらく泣いて、「ごめんなさい」と言ったので、ママは声をかけた。


「玲奈ちゃん、水分を取って、カウンターに置いた」


カウンターには俊が立っていた。

「はい、熱いよ、やけどしないように」

玲奈は、その熱い飲み物(ゴツゴツとした湯呑に入っていた)を一口飲んだ。

また泣いた。

「美味しい・・・甘酒なんて・・・」

俊は、やさしく玲奈を見つめている。

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