衝導
松本貴由
衝導
今いちばん好きな人、といわれたら答えられる。
けれどそれが恋かと言われれば、そうじゃない。
オンラインゲームで知り合った“カリナ”さん。
好きなK-POPアイドルグループのメンバーの名前らしい。
同じチームでプレイする機会が多く、プレイスタイルがうまくハマりバディを組むようになった。
やがてカリナさんから声をかけられ、個人チャットでも会話するようになった。
無料の個人チャット機能はかなりの制限があったため、無課金勢の私はカリナさんとの個人的なやりとりが限られていた。
だからオープンチャットでの他の人とのやり取りを見たりして、カリナさんの大体のプロフィールを把握した。
男性であること。
年は三十代前半らしいこと。
神奈川県に住んでいること。
K-POP音楽と『スペース☆ダンディ』というアニメが好きだということ。
リアルの仕事まではわからなかった。
もちろん、パートナーの有無も。
私はコテコテの洋楽ロックが好きだ。だからK-POPなんて興味がなかったけど、カリナさんと話を合わせるために猛勉強した。
カリナさんの好きなグループだけでなくヒットチャートを上から順にリピートして、『メンバー 顔 見分け方』で検索しまくった。
動画の中でくねくねと腰を動かして大胆な振り付けを踊りこなす女の子たちに、K-POPって意外とダンス激しいんだなあ、そんなことを思った。
オンラインでは誰に対しても誠実で穏やかなカリナさんが、こういう音楽を好むなんて意外だった。
完璧な顔面、さらさらの髪、細くて長い手足、引き締まったお腹。
カリナさんに限らず、世の男性はみんな、こういう女の子が好きなんだろうな。
私みたいなのは女として見向きもされない、いや女とかどうとかの前に、人としてろくでなしだから。
自分でももう諦めている。
私はネイルもしていないささくれだった自分の指先を見た。
この期に及んで鏡なんて見たくもない。
『スペース☆ダンディ』も一気見したが、こっちも魅力がよくわからなかった。
私は『ID:INVADED』が好きだと言ったら、今度観てみますねと返ってきた。私はそこから話を広げることが出来ず、その話題は終了した。
それでもカリナさんはいつも必ず同じ時間にログインし、私に同じ挨拶をしてくれた。
いつしか私は、ゲームという娯楽よりもカリナさんとのささやかな交流のためにオンラインにアクセスするようになっていった。
カリナさんと知り合って半年後の夏、叔母を訪ねる母親の引率として横浜に行くことになり、勇気を出してカリナさんに声をかけた。
思いがけずカリナさんは二つ返事で了承してくれて、一往復のやりとりで日時と集合場所まで決定した。
私は花柄のワンピースを買った。
履き潰したスニーカーの奥に追いやった5センチのヒールのサンダルを引っ張り出した。二週間やそこらでもち肌艶髪に変わるわけがないと分かりつつも、フェイスパックやヘアトリートメントをしてみた。明るい色のアイシャドウパレットも買ってみた。ネイルまでは気が回らなかった。
地元では手土産の定番といわれる銘菓も用意した。
もしかしたらからかわれているのかも、なんて考えはつゆほども思い浮かばなかった。
実際、私はからかわれてなんかいなかった。
定刻十三時、待ち合わせのカフェに現れたカリナさんは、とてもすてきな男性だった。
本名は
歌舞伎役者みたいですねと言ったら、名前負けしてますよと笑ったカリナさん。
ダメもとでお仕事を聞いたら、カリナさんはまた照れくさそうに明かした。
「歯医者なんです」
その瞬間、私の目の前が真っ暗になった。
「ジゼルさん」
カリナさんは私を終始そう呼んだ。
私の本名はダサすぎて伝えられなかった。
弁当屋で働いてますとだけ言った。ただの
カリナさんの都合で一時間半ほどしか会えず、話の内容はほとんどゲームとK-POPのことだけだったけど、カリナさんは聞き上手の話し上手だったので会話が途切れることはなかった。だけどプライベートの連絡先を交換することはなかった。
カリナさんはカフェのケーキセット代をスマートに奢ってくれた。
「横浜までの交通費分には程遠いけど」
並びの良い白い歯を見せて言ったカリナさんに、私はまた少し傷ついた。
気にしているようにみえたのかな。
会えてうれしいという気持ちは、お金なんかで計れないのに。
足首はずっと痛かった。後でそっと見てみると、踵が擦れて出血がサンダルに染み付いていた。イヤリングを外した瞬間、圧迫されていたところが熱を帯びて、すべてが馬鹿馬鹿しくなった。
カリナさんにからかわれたわけではなかったけど、私はこんな私が悔しくなった。
私には分かっていた。
“ジゼル”は“カリナ”と同じK-POPアイドルグループのメンバーの名前なのだ。
だからシンパシーを感じただけ。
そしてお互いのゲームのプレイスタイルが合っていて、気が合うと思っただけ。
それ以上の興味はない。
カリナさんは左手に指輪をしていなかった。
一時間半のあいだに、もしかしたらなにかがあるかもなんて、想像した自分に腹がたった。
横浜の叔母の用事とは娘の、母からみて姪っ子の結婚報告だった。
「親戚内であとはあんただけねぇ」
帰りの新幹線でこぼれた母のため息を、跳ね返す元気が私の背中にはなかった。
私がカリナさんに渡した銘菓は、横浜駅の物産展になに食わぬ顔で陳列されていたのだった。
それからの日々は特に色めき立つこともなく淡々と過ぎていった。
相変わらずカリナさんとはゲーム仲間だ。ともにオンラインでプレイし、無課金の範囲内で他愛もない話をする。
その中にカリナさんは少しだけ地元ネタを盛り込んでくるようになった。
きけばカリナさんは横浜ではなく川崎市在住なのだという。ほんの少しの変化だが、他の人には話していないことなのかと思うと嬉しくて、私も調子に乗って自分の地元のことや仕事の話をした。
制限によって会話が途切れるたび、もっと有意義な内容を話すべきだったと後悔した。
システムの仕様としてはどちらか一方が課金すれば個人チャットを続けられるのだが、“ジゼル”がもともと無課金を宣言していたからか、私への配慮か、カリナさんは一度も課金をしなかった。
“川崎市 なりたや 歯医者”で検索すると、とある歯科医院のホームページがヒットした。
スタッフ紹介のページで集合写真に映る白衣姿の男性は間違いなくカリナさんだった。
下の名前は“
ほんとうに本名なんだ。そしてほんとうに歯医者さんなんだ。
思い返せばカリナさんのゲームのプレイスタイルやチャットでの会話には余裕と知性が溢れ出ている。
そんな人でも私みたいなフリーターと同じゲームをしているんだという事実に、高揚するとともに不安にもなった。
ホームページの診療カレンダーをみてみると、土日も休まず診療していた。
午前診、十時から十二時半まで。
午後診、十六時から十九時まで。
カリナさんと会った土曜日も、変わらず。
……もしかして、あの日は中休みにわざわざ抜けてきてくれたのだろうか?
私のために?
思わず顔がほころぶ自分を戒める。
出来る人は僅かな空き時間にも予定を捩じ込むものだ。逆に言えば、私ごときの訪問など一時間弱もあれば十分ということ。
時間しか余裕のない私とは違うのだ。
弁えろ、弁えろ。私なんかが釣り合う人じゃない。
けれど気づけばまたネットサーチをしていた。
カリナさんはプライベートのSNSをやっていないらしく、出てくるのは“成田屋蔵之介”という華々しい名前と歯科医師としての華々しい経歴だけ。
逆に私の名前はありふれすぎていて、検索したとしても“私”にはたどり着かない。
“成田屋先生”と“名もなき弁当売り”。
きっとカリナさんは、私がひとつでも多く弁当を売るためにしていることなんか比べ物にならないくらいのたいへんな努力をしてきたのだ。
釣り合うとかじゃない、そもそも人間のレベルが違うのだ。そう自分に言い聞かせた。
遅めの昼休憩、自前の巨大塩むすびを齧りながら、私はスマホを覗き込む。
例のK-POPアイドルの情報を求めてSNSを眺めていたら、あるアカウントに目が止まった。
“kurumi”。
それは港区キラキラ女子大生のアカウントだった。
K-POPアイドルが好きで、バイトはオシャレなカフェ店員、毎日ジムに通い、いつでも華やかな友人に囲まれ、映え写真の中でいつでも無加工で微笑むかわいい女の子。
その彼女の隣にいつも映り込んでいる男性の顔は絶妙にぼかされている。
だけどハッシュタグや投稿内容と照らし合わせて、“カリナさん”と“成田屋蔵之介さん”を両方知っている私には、それが彼だと分かってしまった。
『kuraは今日もゲームおたく。寂しい、涙』
『エスパ公演初日♡ kuraはカリナ推し、でもkurumiの最推しはkuraだかりなー』
『ホテルビュッフェでシャインマスカットふぇあ♡ もちろんkuraの奢り♡』
『週イチでホワイトニング行ってるわたし、kura好きすぎ笑』
そんな投稿のイイネ欄には『kuraさまイケメン』『クラクラ♡』『お幸せに!』などのコメントがたくさん寄せられている。
kurumiちゃんはとてもいい子にみえた。
ただの若さと自己顕示欲の塊ではなく、投稿からは育ちと賢さがにじみ出ている。カリナさんのことも“kura”というSNS上のキャラクターとして確立させプロデュースしているように見える。
……そうだよね。
カリナさんに釣り合うのは、こういう子なんだ。
社会的地位もあって大人の魅力あふれる三十代の男性。いないわけがない。
kurumiちゃんの新着のショート投稿が流れてくる。
『クリスマスプレゼント!! 私は歯磨き粉あげたよ爆笑』
文章とともに投稿された写真は、イルミネーションツリーを背景にしたブランドのネックレス。
……そうか、今日、クリスマスだった。
私はスマホの画面を消した。
本人に直接きけばいいものを、少ない個人情報からSNSを漁って覗き見る、こんなの完全にストーカーだ。
なにをしてるんだ、私は。
塩しか味のない米をろくに噛まずに飲み込み、ラップをくしゃくしゃに握る。
“ジゼル”だから“カリナ”とお喋りできるだけ。
現実の私は、ただの寂しい現実逃避女だ。
彼の好みだというだけで興味のない音楽を聴きまくって、ゲームをして、自分語りをして。
彼の知らないところでしか彼のプライベートを知ることができない。
私はなにに執着しているんだろう。
私は彼のなにを知りたいんだろう。
知ってどうしようというのだろう。
なにも知らないのに。知る権利すら無いのに。
どうにかしようという勇気もないくせに。
ひとりで舞い上がって、ひとりで落ち込んで、なんて恥ずかしい私。
「おい、山田! お前これ、なに入れた!」
大川シェフの声が飛んできて、私はびっくりしてスマホをテーブルに落とした。
――私は間違いなく、レシピ通りあごだしのポットから顆粒を入れたのだが、そもそもそのポットに補充してあったのが別の粉末だった。
そしてそれをやったのは、大川シェフのお気に入りの潮見さんだ。
「補充ミスだあ? そんなもん味見すりゃわかったことだろうが!」
「す、すみません、でも……」
「人のせいにするんじゃねえ! 仕事舐めてんのか!」
大川シェフは昔気質の職人だから、こうして大声で怒鳴られて意気消沈するのは私だけではない。
しかし私には大川シェフより堪えるものがあった。
「フリーターさんはこれだからねぇ」
「しかも山田さんって高卒ですよねぇ、やっぱ経歴って重要〜」
カウンターの陰でパート長の原口さんと潮見さんがこそこそ喋っている。
潮見さんは大卒入社したエンジニアの正社員を一年で辞めて飲食業界に転職した。愛嬌のある笑顔で常連さんにも気に入られ、入社半年にして給仕のエースとして活躍している。
私はといえば、ランチタイムの弁当の売り子を三年務めて、仕込み程度だがやっと厨房に出入りできるようになった。
この前入社一年目のバイトの男の子が社員に引き上げられたから、私もありえない話ではない。そう期待してやってきたけど、私はいまだに自分の売っている五百円の幕の内弁当すら買えない。
「あの年の子っていつ結婚して辞めるか分かんないし、扱いづらいのよねぇ」
「いや原口さん毒舌〜、カレシいたらクリスマスにバイトなんかしないですよ〜」
「あっ、だからシオちゃん今日早上がりなんだ。若いっていいわねぇ」
「はぁい、お疲れ様でぇす〜」
二人に悪気はない、だって聞こえていないと思って喋ってるから。
悪いのは言い返せない私だ。
愛嬌もない。彼氏もいない。コミュ力も、若さも、能力もない。お金もない。なんにもない私。
歯を食いしばって一升の米を研いだ。
研ぎ汁がいつまでたっても白い。
どれだけ洗っても汚れがとれない。
何回流せば透明になるんだろう。
私は何回失敗を繰り返せば懲りるのだろう。
いや、そもそも、この人生自体が失敗なのだとしたら、もうどうしようもないけれど。
ゲームのようにやり直しはできない。
私はこんな私のまま生きていくしか無い。
だからせめて、“カリナさん”にとっての“ジゼル”でいられるように。私はそっとスマホからゲームの個人チャット履歴をのぞいた。
最後の話題は例のK-POPグループの新曲について、メンバーのソロパートについて熱く語るカリナさんのコメントが表示された。
『ジゼルに見とれてしまいました』
――わかっているのに、こんなにも悲しい。
『あいたいです』
送信を押す前に消そう。
そう思ったのに、親指が痙攣してしまった。
個人チャットは個別の送信取り消しができない仕様になっている。慌てて追加メッセージを入力した。
『まちがえましたごめんなさい、』
『ともだちのラインとまちがえました』
ひらがなばかりが並ぶ情けない画面の下に、“メッセージ送信上限に達しました”の通知。私はスマホ片手にうずくまった。
会話も、メッセージすらもろくに送れない私。
クリスマスなのにひとりぼっちな私。
虚構の世界にしがみつく私。
情けない、情けない。
「……泣くほど腹が痛いなら今日はもう帰れ」
大川シェフの声が背中に落ちた。
早退した私はいつもWi-Fiスポットにしているカフェチェーンに入った。クリスマス限定ドリンクとスイーツのセットを勧めてくる店員さんに一番安いブレンドコーヒーを頼み、窓際のカウンター席に座った。
いつもならゲーム画面を眺めているのだが、今日はなにもできなかった。
こんな時間に帰っても、スーパーのお惣菜はまだ値引きされていない。でも値引きされた250円をここで時間つぶしのコーヒー代に使っているなら、結局同じか。無意味な考察を巡らせ、虚しくなる。
店内BGMはもちろんクリスマスソング。テーブル席ではカップルが例の限定セットを食べて楽しそうに談笑していた。
コーヒー一杯で二時間も居座る私は迷惑な客だ。
ふと、テーブルに伏せたスマホが震える。ゲームの通知だ。
“カリナさんからメッセージが届きました”
――カリナさんが課金をしてくれた。
『ジゼルさん、今どこにいますか?』
『仕事もう終わりました? 今柳橋市場の“志の屋”ってとこにいるんですが』
「えっ、志の屋?」
思わず声に出していた。私の職場の一本向こうの通りにある料亭だ。
じゃなくて、カリナさん今、神奈川からこっちに来てるってこと?
『しごとおわりました、しのやいきます、まっててください』
私はまたも頭の悪い文章を送信し、すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干した。ちゃんと苦い、現実だった。久々に走った。胸が痛かった。
――街の喧騒から少し離れた柳橋市場は夕方には閉まる。
そんなシャッター街の一角にある“志の屋”の前に、スーツに紺のトレンチコートを羽織ったカリナさんが本当にいた。
「ジゼルさん前に、柳橋市場近くの仕出し弁当屋さんで働いてるって言ってたから、それで検索したらここがでてきたんです。冷静に考えたら、当てずっぽうにも程がありますよね……」
カリナさんは恥ずかしそうに言いながら、“本日休業”と書かれた志の屋の看板を見た。私はなんと言うべきかわからず、とりあえず頭に思いうかんだことを口走った。
「このあたり、仕出し屋多いから……」
「そうですよね、ただの馬鹿ですね、僕」
そうじゃない。
このネットワーク全盛期時代に、頭の良いカリナさんがそんな賭けみたいなアナログな行動をするはずがない。
カリナさんが馬鹿なんじゃなくて、カリナさんにそんな馬鹿みたいな行動をさせたやつが馬鹿なんだ。
「あ、え、あの、出張とかですか?」
「いえ、メッセージ見てすぐ新幹線乗りました」
情けなさと同じくらいの嬉しさと申し訳無さでもう泣きそうだった。
俯く私の頭にカリナさんの心底沈んだ声が降り注ぐ。
「すみません、ストーカーみたいなことして。気持ち悪いですよね」
必死に頭を振るが、声はどうしても震えてしまった。
「職場どこって、チャットで、きいてくれたら良かったのに」
「プライベートなことだから遠慮してたんです。ライン……とかも、この前きいておけばよかったですね」
「だって、急で、な、なんにも準備してないです、せっかく来てくれたのに、こんなかっこうで……」
ちがう。違う。言うべきことはそれじゃない。
たいへんな仕事を投げ出させてしまったかもしれない。こんな地方まで来てもらって、あまつさえ彷徨わせてしまった。私のせいで。私なんかのせいで。
それでもカリナさんを前にすれば、いやしくも私の女としてのプライドが顔を出す。
調理キャップのあとがついたぼさぼさの髪。仕事用の地味なメイクは涙のせいでさらにぐちゃぐちゃ。汚れたシャツにダサいパーカー、よれよれのスニーカー。こんな姿を見られたくなかった。こんな“ジゼル”でいたくなかった。
そんな私を見透かしたように、カリナさんは微笑んだ。
「僕もですよ。今晩の宿もとってないし、クリスマスなのに手ぶらです」
カリナさんの革靴が一歩前に出た。
「でもあなたに会いたくて来ました」
涙腺があっけなく決壊した。
私はもしかしてもう死んでいて、これは神様が私を憐れんで最期にくれたプレゼントなんじゃないだろうか。そう思った。
顔を上げるのがこわい。そうしたら私は、涙でぐちゃぐちゃの顔をした私は、“ジゼル”ではいられなくなる。
私の中のつまらないプライドはなおも食い下がった。
「くるみちゃん……」
一瞬の間のあと、カリナさんのくぐもった声がする。
「もしかして、インスタのkurumi?」
私が頷くと、カリナさんは困ったように笑って言った。
「クルミは妹なんです。十歳下で、すごく懐かれてて。すみません、話してなかったですよね」
カリナさんの言葉に、私ははっとして思わず顔を上げてしまった。
予想に反して、カリナさんは声音と寸分違わず優しい顔をしている。
話していないのになぜ知っているんだ、という警戒を微塵もみせないカリナさんは、ひょっとしたら天然なのかもしれない。それでも、SNS特定という私の行動は客観的にみてだいぶ気持ちが悪い。涙がさあっと引いていった。
「私も、ストーカー……です、ごめんなさい……」
恐る恐る言う私には、カリナさんは優しく目を細めて首を横に振った。
「僕たち、不器用なところがなんだか似てますね」
カリナさんが私と同じ不器用だなんて、そんなのあるわけない。
そう言おうと思って、私は私を見つめる彼のまっすぐな目に出逢う。
「最初からもっと素直に話せばよかった。でもまたこうして会えました」
耳に心地よく入ってくる、優しすぎる声が私にはこわい。
“ジゼル”。行かないで、“ジゼル”。さよなら、“ジゼル”。
そう言って追い縋る左手と突き放す右手はどちらも私の手だ。
神様、私を憐れむなら、どうか今すぐこの手をふたつとも切り落として。
こんなプレゼントは、私には持てない。
両手を握って震える私にむかって、ゆっくりと歩み寄る。
「僕は、成田屋蔵之介といいます。ジゼルさん。あなたのお名前を教えてください」
温かく、すこしだけ湿度のある指先が、私の荒れてかさついた指先をたしかに包みこんだ。
衝導 松本貴由 @se_13
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