第33話 向かう先は

 数日後。

 ハンナとクレイは街中を歩いていた。

 その傍らを衛兵たちが護衛している。

 数が多いのは、これからアヤカシを祓うためだと言われたからである。


「これ、必要なの?」


 朝から何度となく呟いた言葉に、これまた何度となくうん必要とハンナに返され、クレイは言葉を失った。

 ため息をついて、前を進む。

 衆目を集めているのは、一行の数が多いせいでは無い。クレイの服装にあった。

 旅慣れた服装ではなく、簡素な生地と帯、それに冠をつけている。

 どれもこれも白い無地であり、冠はかろうじて意匠が施されているが、それも最低限なものだ。

 クレイが着ているのは、この地域に伝わる伝統的な婚礼衣装であった。


「あらあら可愛らしいわね」

「ほんと、昔を思い出すわ」


 時折、通行人から漏れる会話に、顔から火が出そうになる。

 これではまるで見世物ではないか。

 正直脱ぎたいが、これが必要となれば仕方が無い。

 クレイは鉄の精神で周囲のざわめきを聞き流し、多少うつむき加減ではあったが、歩を止めることなく進んで行った。


「これは必要、必要なんだ……」


 そう自分に言い聞かせるクレイ。

 元々は成人男性が着る衣装だが、クレイの背丈だと着られているみたいになる。

 それが道行く年配の方々には、とても好意的に受け止められていた。

 ついていく衛兵達が抱えている荷物も、衣装と相まって婚礼の引き出物にも見える。


 アヤカシを祓う準備のためにハンナは色々と手を回していた。

 その一端がこれである。別に追うのに時間がかかっていた訳ではない。

 用意するのに手間がかかっていただけである。

 婚礼衣装を着ているのはクレイだけで、その他の一行はいつもと変わらない。

 それがクレイの通行を、ますますと際立たせていた。


「この街に巣くうアヤカシが何なのか、だいたいは予想がついてきたわ」


 一戦から夜が明けると、ハンナは侵入した場所へと向かった。

 そこで何事かを調べると確信したかのように頷き、こう言い放ったのだった。

 場所もある程度、予想がつくのだという。

 すぐに行こう、そうせかせるクレイをなだめ彼女は首を振った。


「すぐに行っても駄目よ。今のままでは五分と五分。せめて準備してから行きましょう」


 もっともな事である。相手の実力はまだ未知数であった。

 対応出来るよう準備してからむかうのも当然だろう。


「その結果、クレイに集中するけど良い?」


 街に住むアヤカシの標的。

 それはこのままでは、誰彼ともなく狙われる危険があった。

 だから策を講じ、対象を指定するのだという。


「そんなのが出来るの?」

「ええ、クレイが了承してくれるなら。それと、衛兵さんたちの力も借りないといけないけれど」

「なんだいそんなこと。役に立てるならお安い御用さ」


 魔女は人の助けとなるために動く。

 その補佐をすべき従士が、他を狙われないようにと矢面に立つのは当然の義務であろう。

 一も二もなく承知し、事はつつがなく運んでいった。

 クレイはその時は知らなかったのである。

 まさか、その結果このような晒し者になるとは夢にも思わなかったのである。


 ハンナ達一行が向かっている先は、アヤカシと戦った路地では無い。

 目的地はとある建物にあった。

 そこが、アヤカシの居る場所なのだという。

 だいぶ歩いただろうか。

 人の目をくぐり抜け、ようやくその目的地へと辿り着いた。


 その場所にはクレイに見覚えがあった。

 街をぶらぶらしていたときに見つけた場所である。

 それは大人の社交場。娼館であった。

 場所が場所だけに異性は多く、そして格好が格好だけにクレイの姿は目立ってしまう。

 建物の前で佇む一行に、あちこちからひそひそ話が聞こえてきた。


「何の騒ぎでありんすか。許可は勿論頂いているでございまして、うちは真っ当な商売をしてるでありんす」


 嘴の囀りが館の奥にまで届いたのであろう。

 辿り着いてすぐに、この館の主人と思われる女性が姿を見せる。

 年齢は他の女性達より一回りほど年上か。

 その物腰から、世間に慣れ揉まれた雰囲気を醸し出していた。

 こちらを値踏みするように見つめながら、ポンポンと啖呵を切ってくる姿は、なるほど娼館を切り盛りするだけはある。

 衛兵は多少たじろぎながらも、女将に理由を説明しようとした。


「館主、本日こちらに出向いたのは訳がありまして。アヤカシを退治するのにご協力頂きたいのですよ」

「アヤカシぃ?」


 衛兵の言葉をうけて女館主の眉が吊り上がった。

 不快な気分を隠そうともしていない。


「アヤカシだなんてそんな、うちの子たちはどれを取っても器量好しでありんすよ」


 喧々囂々と非難する館主を、衛兵は何とかなだめようとする。

 どうやらぞろぞろと衛兵がやってきたのは、娼館の粗を探しに来たのかと疑っているようだった。

 税は納めているだの、非合法なことはしていないだのと、まくし立ててくるのを何とかおさめ、こちらの言い分を聞いてもらうことに成功する。


「はあ、そうでありんすか。それはそれはようござんしたね」


 礼を言うその目は訝しげだ。

 まあ自分の店に化物がいると言われて、はいそうですなどと納得してくれる人間は少数であろう。

 変な言いがかりをつけやがって。

 館主の目はそう物語っていたのである。


「それでこれが魔女様と従士様でありんすか?」


 義憤をさんざん衛兵に叩きつけて多少は溜飲が下がったのか、ハンナとクレイを見る館主の目は幾分穏やかであった。


「まだ子供ではございやせんか。役目とはもうせ、こんな場所に来られて難儀でやすな」


 ふう、とため息をつく所作はどことなしか色っぽい。

 険が取れて地の艶が出てきたようである。

 館主の迫力に押されクレイは口ごもっていたが、同性であるハンナは影響が少ないのか、前に出ると一礼して名乗った。


「ハンナと申します。商売の邪魔をするような真似をしてすいません。お話しは伝わっていたと思っていました」


 ハンナはそう謝罪する。

 実はアヤカシの棲息場所は来る前から確信していた。ここに居るので間違いない。

 だから行く前に、衛兵に伺うことを先方に伝えて欲しいとお願いしたのだが、どうやら行き違いがあったらしい。


「いや、報告は受けておりましたでありんす。しかし何しろ、うちで不審なことは起こってなかったものでありますから」


 アヤカシがいるとは思ってはいなかった。そう言って館主は微笑んだ。

 部外者には立ち入って欲しくない。

 そういった態度をプンプンと臭わせてはいたのだが同性、そして年下ということもあって強くは出てこない。

 衛兵が話すより自分がここで訴えるほうが良いと判断したハンナは、そのまま館主と話しあった。


 アヤカシが街に出現していること。

 すでに被害が出ていること。

 そして、そのアヤカシがここに潜んでいること。

 そういったを包み隠さず話し、中に入らせてもらう許可を願い出るのだ。


「はあ、そんなことを言われましてもなあ……」


 説得を受けても、館主は首を傾げながら曖昧な態度を取っていた。

 まあ、それも無理ないかもしれない。

 ここで事件があったというのならまだしも、余所の出来ごとである。

 うちとは関係ないと突っぱねられるのもむべなるかな。

 だがそれでも、相手が子供ということもあって、邪険にすることはなかった。


「では、一緒についてきてください。それならば良いですか?」


 そばにいて、人の目につかせたくない場所は引き留めても良い。

 ハンナはそう条件を出す。

 これにはクレイが反応した。


「いいのかい? ハンナ」


 先日戦ったことを思い出す。

 言い方は悪くなるが、足手まといを増やして勝てる相手とは思わないからだ。

 クレイの懸念を察したのか、ハンナは頷く。


「この人なら大丈夫よ」


 それよりむしろ、と衛兵達のほうへと顔をむけた。


「衛兵さんたちが一緒に来る方が、あまり良い結果にはならないと思う」

「魔女様、それはどういうことでしょうか」


 存外に、来るなと言われて衛兵から抗議の声があがった。

 それにハンナは詫びる。


「ごめんなさい、そういう意味じゃ無いの」


 と、クレイのほうを見つめた。


「アヤカシの攻撃を集中させたいから。衛兵さん達が一緒だと分散して受けづらくなると思うの」

「なるほど、ひょっとして僕の服装もそのためかい?」


 クレイの言葉にハンナは頷いた。


「こちらとしてもあまり大勢は困ります。そちら二人であればご案内致すでありんす」


 館主の言葉に衛兵達は互いに顔を見あわせ、仕方ないと首を縦に振った。


「では私たちはここで待機します。何かあれば大声でお知らせください」

「ありがとうございます」


 ハンナは衛兵たちに深々と頭を下げる。

 館主に案内され、ハンナとクレイが娼館へと入っていく。

 その後ろ姿を、衛兵達は不安そうに見守っていた。

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