第15話 そして旅はまだまだ続く

 うっそうとした茂みの草を刈り、地面を露わにした土地に造られた簡素な墓。

 その前にいるクレイは大きな汗をかいている。

 無理も無い。

 穴を掘り、白骨を埋め、墓としての装丁をこしらえたのは中々難儀な作業だ。

 だが胸中にはやりきったという胸がすくような気持ちがあった。


「やったわね、クレイ」


 代弁するかのようにハンナが言った。

 満足げに頷き、クレイは墓を見つめながら呟いた。


「でも、本当にやったのかな」

「どうしたの?」

「墓を造ることがアヤカシを祓うことに、本当になったのかなって」


 そうなのだ。

 放っておけないとお墓を造る。それは良い。

 しかしアヤカシに対してこれで良かったのかは、まるでわからなかったのだ。

 何しろ自分はアヤカシに対する知識が全く無い。


「ああ、そういうこと」


 ハンナは疑問を氷解させるように笑顔を向けてくる。


「なったわよ」

「どうしてそう言えるのさ?」

「もしアヤカシをまた生む行為だったなら、私が反対しているわ」

「でもアヤカシってよく分からないモノなんだよね」

「ええ、そうよ」


 だったらなぜそう確信できるのか。

 なお尋ねようとするクレイにハンナは答えた。


「歪んだ魔力がアヤカシ、そう言ったよね」

「そう言えばそんなことも言ってたような気がする」

「私たち魔女が魔法を使うとき、魔力に方向を持たせるの」


 方向とは魔力の行き先道筋なのだそうだ。

 頭の中でイメージを膨らまし、そのイメージを魔力で包み、言葉として外へと発する。

 そうすれば体内に渦巻く魔力は形となって現れるらしい。


「だからクレイもそういったイメージを生む訓練を積めば魔法をつかえるようになるわ」

「僕には魔法の才は無いよ」

「魔法の才は無くても、生物には魔力が備わっているの。それが多いか少ないかの違いだけよ」


 アヤカシは言い換えれば、自然発生した魔法なのだ。

 自らのイメージに引っ張られ、アヤカシの中で蠢く魔力はとりとめなく如何様にも変化する。

 だからこそ、アヤカシはよくわからないモノなのだ。


「何でも無い人にも魔力が備わっている、それが行き倒れる人にもね。ねえ、クレイ。力尽き倒れた人が最後に願うのは何なのかしら」

「願う、ことか……」


 ハンナの問いかけ。

 その言葉を耳に入れながら、クレイは墓を前に考え、詩人の姿を思い返した。

 はじめは彼の姿をアヤカシとは見抜けなかった。

 だがあの陽気な物腰は彼の生前だったのではなかったのではないか。

 勿論これはただの想像である。

 だがこれが事実と仮定して、陽気な彼はどうしたかったのだろうか。

 クレイは目を閉じ、しばし思いに耽る。

 飢え。疲れ。横たわる自分。

 道に迷いここがどこだかわからない。

 陽は高く昇ろうとも、助かる道は残されてはいない。


「せめて、誰かが見つけてくれば……そう考えたんじゃないかな」


 もちろんこれは想像だけどね、とクレイは言った。

 彼がどうして亡くなったのかは誰にもわからない。

 だが、さぞかし無念であったのは想像に難くない。


「そういった行き場の無い思いが体内の魔力と結びあい、思いもよらぬ魔法を発動させてしまう」

「それがアヤカシってわけ?」

「ううん、これは私の想像。最初に言ったけど、アヤカシはよくわからないものなの」


 だから、これも私の想像とハンナは墓を前に呟いた。


「わからないことばかりだね」

「うん、わからないことばかり」


 思えば自分たち二人は村の中で過ごすばかりで、外のことなど全く知らなかった。

 フレイとストゥンに教えられたこともあるが、うろ覚えの知識ばかりで経験などあるわけない。

 そう考えると、アヤカシと出会って無事だったのは幸運だったのかもしれない。


「ひょっとしたら、これは僕たちの自己満足かもしれないね」

「ううん、私はそうは思わないわ」

「なんでそう思うのさ?」


 クレイの疑問をハンナは笑って返す。


「だって、クレイがそういったから、かな?」

「なんだい、それ」


 墓の前で少し小競り合いをしたあと、二人は簡素な埋葬を済ませた。

 墓の下には遺骸と竪琴が埋まっている。

 野ざらしになって寒い思いをすることはない。

 安らかに眠っていて欲しいと思う。

 ふと見上げれば、陽はもう高くなってきている。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 クレイの言葉にハンナも頷く。

 なにしろ旅はまだ始まったばかりなのだ。

 こんなところで立ち止まっている時は限られている。

 先導するクレイのあとをハンナは続こうとした。

 その背に、誰かが声をかけられたような気がして彼女は振り返った。

 後ろを見ても何も無い。

 あるのは陽に照らされる墓と、うっそうとした木々だけだ。


「ハンナ、行こうよ」

「あ、待って。今行くわ」


 クレイに急かされハンナは踵を返した。

 きっと風のざわめきだったのだろう。

 上を見上げれば空は晴れている。雨で無くて良かった。

 少年と少女が山道を進んで行く。

 そのはるか頭上を、鳥が高く高く飛んでいた。

 二人が進む旅路の先はまだ、遠い。

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